学園島生徒会能力戦。

直行

椎田スミレ

第1話 生徒会長vs米田群青


 生徒端末を机に置いて、珈琲と茶請けの用意を確認。


 設定を大画面に変更して、試しに一度映像を確認。


 生徒端末が机の上に大きな画面を展開。空間のように広がった映像には、何処かの街並みが映し出されていた。


 良く作りこまれているな、とスミレは感心した。


 いま映し出されているのは、実際にある場所ではない上、そもそも市街ではない。技術部が今回の戦いの為に、たった数分で用意したという、架空の街の模型である。


 恐らく自分の手で作ったものではなく、そういう能力者が居るのだろう。


 それにしたって、わざわざ仰々しい舞台を用意するのだから、生徒会役員達の本気具合が伺える。


 スミレは思った。これは職権乱用の延長線上に当たるんじゃないか。


「もう始まった?」


 台所から声を掛けてきたのは、同居人である治田モエギだった。スミレは首を左右に振ると、早く来るように手招きで急かした。


「俺に淹れさせておいて図々しい」


「別に僕はインスタントでよかったのに。ついでだからーって用意したの、そっちでしょ」


 モエギが自分の珈琲を手に、スミレの隣に腰掛けた。


 珈琲の入れ方に手間を惜しまない同居人のせいで、試合開始時間まで猶予なんて無くなってしまっていた。


 用意していた最中の一つを器用に割って、乗せた皿をスミレは同居人に差し出した。


「別に俺はクッキーでも良かったんだぜ」


 先ほどの仕返しなのか、わざわざ和菓子を用意したスミレに、モエギが嫌味のような台詞を投げた。


「だったら自分で買いに行けばいいんだ。僕の好みでいいんなら、絶対に和菓子なのは知ってるでしょ」


 楊枝で一口大に切り、二人は最中を口に運ぶ。


 なにぶん栗と餡子の相性の良さは、秋だけでは無いようだ。二人は同時に緩んだ表情を浮かべた。


『生徒端末をご覧の皆様、お待たせしました。生徒会能力戦の準備が整いました』


 待ってましたと言わんばかりに、二人は食い入るように映像へと目を向けた。


 模型で出来た町並みの中に、二体の大きな人間が特撮映画のように立っていた。


 映像だと大きく見えるが、仕組みは殆ど特撮のようなもの。立っている二体も能力で出来た分身で、実際は男子の手の平より少し大きいくらいである。


 けれど分身とはいえ本人だから、ちゃんと個々が能力を使えるようになっている。


 東に立つのは、我が学園最強の能力を持つと言われている生徒会長。


 そして西に立っているのは、挑戦者である男子。スミレ達と同じ、二年B組の米田グンゼだった。


 やはり生徒会長候補戦だけあって、再生数も桁違いだ。学園島生徒数を上回っているくらいだが、一体ほかに誰が見ているのだろうか。不思議に思いながらも、スミレは試合開始の鐘を固唾を呑んで待ち構えていた。


『試合開始』


 無機質な教師の宣言と共に、大きく鐘が鳴り響いた。飲もうとしていた珈琲をよそに、スミレもモエギも画面へと注目する。


 まず始めに動いたのは、挑戦者である同級生。米田グンゼの分身だった。両脇を締めて拳に力を入れるような動作を取ると、米田グンゼの鼻が大きなツノのように変化した。


「サイかな?」


 スミレの問いにモエギが珈琲を口に答えた。


「サイだな」


 分身とはいえ本人だから、ちゃんと個々の能力は使えるようになっている。米田グンゼの能力は獣化といい、あらゆる動物の性質を身に着けられるものだ。


 髪が盛り上がって、歯が剥き出せば獅子。羽根が生えて、クチバシが出来れば鳥。見た目にも分かり易く模した動物の特徴が現れる。


 サイといえば突進だろう。スミレの思惑通り、獣化した米田グンゼは生徒会長に向かっていった。


 正真正銘の正面突破は、全身全霊だからこそ手強い。この猛攻にどうやって立ち向かうのか、二人は生徒会長の対処に期待の目を向けた。


 どうやら生徒会長も、真っ向勝負は嫌いではないようだった。しっかり両足で地面を踏みしめ、真正面から米田グンゼの突進を受け止める。


 普通ならば突き飛ばされても無理ない猛攻なのに、生徒会長は押されながらも受け止めていた。


 まるで相撲の場面を見ているようだが、生徒会長は背はあるが細身だ。米田グンゼと比べると、あからさまに体格の差がある。


 このままだと、生徒会長が押し負ける。


 そんな状況に見えるが、スミレもモエギも有り得ないだろうと確信していた。何故なら生徒会長の能力は、相手の状態を可視出来るものであるからだ。


 何か取っ掛かりでも見えたのだろう。ぶつかり押していた筈の米田グンゼが、生徒会長の脇を抜けて模型の建物へと突っ込んだ。


 まるで引っ張っていた糸が切れたかのように、すっぽりと相手の懐から抜けてしまった。


 恐らく生徒会長が状態を可視して、隙を突くか何かしたのだろう。しかしスミレもモエギも、何をしたのか分からなかった。


 立ち上がろうとした米田グンゼに駆け寄ると、生徒会長は彼の腹に蹴りを入れた。


 スミレは目を丸くした。普段なら温厚な生徒会長が、自分から追撃に動くのは珍しいのだ。そんな余裕が無いくらい、米田グンゼを強敵と見做しているのだろう。


 分身の痛みは本人に直結する訳では無いが、それでも衝撃や損傷は分身の身体に残る。


 分身には耐久値が設けられており、ゼロになると消滅で負けとなる。


 また耐久値は本人しか可視出来ないので、後どれくらいで止めを刺せるかは当人でしか知り得ないのだ。


 倒壊した模型の建物を踏みしめて、米田グンゼが再び生徒会長へと対峙した。いつの間にか形態が変化しており、ツノのあった場所にクチバシ。何より目立つのは、背中に生えた大きな羽根だ。


「ハヤブサ?」


「ワシじゃね?」


 目元を見ると鋭くなっていて、どこか猛禽類を思わせるような風貌だった。闘いに挑むのだから、鳩やスズメなど平和な感じな大人しい鳥を選ぶ訳がないのだ。


 大きな羽根を広げて、米田グンゼが宙を舞った。戦闘会場である模型が置いてある机から落ちたら敗北だが、上空に関しての規定は無い。


 しかし飛んだからとはいえ、遠距離攻撃の手段が出来た訳ではない。


 滑空のように生徒会長へと飛来し、鋭いクチバシを相手に向ける。


 真正面から当たれば一撃必殺になりうる凶器に、生徒会長はどう立ち向かうのだろうか。スミレもモエギも、ずっと画面から目を離せないでいる。


 想像以上に速度は出ていたようで、間に合わなかったのか生徒会長は転がるように模型の建物の裏に避難した。米田グンゼも対処出来なかったのか、そのまま建物に突っ込んだ。


 爆ぜるように壊れた模型の建物から、飛び出してきたのは生徒会長を抱えた米田グンゼだった。


 何で出来ているのかは不明だが、そこまで模型に強度は無いようだった。突っ込んだ筈の米田グンゼは、まるで無傷のようである。


 抱えられて空に連れられた生徒会長だが、相手の状態を可視出来るだけの彼に現時点での攻撃方法は無い。


 分身であろうと体重はあって、重力も働く。会場一メートルくらいの高さまで飛び上がった米田グンゼは、投げ捨てるかのように生徒会長を放った。


「おいおい……マジかよ」


 モエギが呟き、スミレは唖然とした。放り投げられた生徒会長の分身は、会場の外へと吸い込まれるように消えていった。


 生徒会長候補戦結果。戦闘会場離脱により、挑戦者の勝利。


「「会長、あっけなっ!」」


 あまりにも淡泊すぎる生徒会長の敗北に、スミレもモエギも同時に声を上げた。


 学園最強と謳われた筈の存在が、こうも簡単に負けるとは誰も思わなかっただろう。


 折角用意した珈琲も冷めてしまっていて、まるで今の自分達の心境と同じようだとスミレは思った。

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