魔女のオルガン

@kasyokuyuki

序章 破壊者の記録

 自分の能力に誇りを持つ者の方が、この世には多い。

 でもそんな世の中で、ボクだけが違っていた。


「能力なんて、いらなかった……」


 心からの言葉も、空気に溶けていってしまう。

 いつも通り誰からも返事はない。それどころか、誰も僕がここにいることすら知らないのだろう。


 じりじりと強い日差しの中、ボクは誰もいない森の中を歩いていた。

 靴は履いていない。なんか、そういう気分だった。

 日差しが当たる体は火照っているが、地肌で感じる土はひんやりとしていて気持ちがいい。

 

 気ままに歩く。

 がさがさと、動物たちがボクから逃げる音が聞こえる。

 いつもそうだ。ボクは生き物全てに嫌われている。ボクと同じ種族の魔女にさえ。

 まるで、ボクが生まれてきたことを全てに否定されているようだ。


 勿論、寂しい。


 孤独に押し潰され、母さんが仕事に行った後はいつも涙を流している。


 でも……

 

「あなたは私の宝物。ずっと一緒にいましょうね」

 

 ボクは、母さんの言葉のおかげで、今日もなんとか生きていられるのだ。


 しばらく歩いていると、ボクが大好きな大きな湖に着いた。

 湖は、まるで鏡のように木々を映していた。


 そこへ、片足ずつ足を入れる。

 水面に映る木々が、僕の足が生み出した波によって揺らいだ。


「そこにいるのは誰?」

「⁉」

 

 急に声をかけられたことに驚いて、上体が前のめりになる。

 そのまま、バランスを崩して湖に落ちた。


「ぷはっ!」


 水面から顔を出すと、長い黒髪の女の子がボクに手を差し出していた。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫……」


 手を取って湖から上がると、服が水浸しになっていて重くなっていた。

 必死に服を絞って乾かそうとするが、しばらくして「後で家に帰って着替えたらいいや」、という結論に至って諦めた。


「一人なの?」


 女の子はボクにそう質問した。

 他人と話すのは初めてだった。

 ボクは緊張していて、上手く喋ることができなかった。


「う、うん……」

「一緒だね」


 小さな声で答えると、女の子はにっこりと嬉しそうに笑った。

 彼女の服はみずぼらしく、ボロボロで汚かった。だが、そんな彼女の笑顔は宝石みたいにきれいだった。

 そんな彼女に、ちょっとした好奇心で聞いてみた。


「キミは、どうして一人なの?」

「……『能力』のせい」

「いっしょだ!」


 ボクは嬉しそうに、大きな声をあげてしまった。

 女の子は目をまんまるにしてこちらを見ている。


 しまった、おかしかったかな、と口を抑える。

 すると、ボクは女の子にぎゅっと抱きしめられた。


「すっごく辛いよね。普通の魔女が、羨ましいよね……」


 ボクを抱きしめる手は震えていて、力がとても強かった。

 少し痛みを感じたが、その力の強さは彼女が『能力』にどれほど苦しめられてきたかに比例しているのだと、直感的に思った。


「キミの能力は?」

「私も君の能力聞きたい。そうだ、一緒に言おう!」

「分かった」




「せーのっ」





 それが、彼女との最初の出会いだった。

 それから、ボクと彼女はたくさん遊んで、たくさん一緒に時間を過ごした。

 たくさん笑ったし、たくさん幸せを感じた。


 今となっては全て、ボクだけの思い出になってしまったけれど。


 今のボクは、部屋の天井を眺めることしかできない。

 体が思うように動かなくなっているのだ。


 そのくせ、急に意識が飛んでは、気が付くとボクの周りにある全てのものが壊れている。

 体は動かないくせに、この『能力』だけは立派に使えるようになってしまった。


 いや、使えるという言い方は、語弊があるかもしれない。

 なぜなら、それは自分の意思によるものではないからだ。

 

 自分の身に何が起こっているかは分かっている。


 『能力』が、暴走しているのだ。


 それはボクが昔から、ひとりぼっちだった理由。


 母さんはボクのこの暴走を止めるために、本を読み漁ったり、暴走を止めることができる能力を探し続けた。


 だが、ボクはなんとなく分かっていた。

 能力の暴走は、もう治らない。


 これからもボクの能力は暴走し続ける。

 そしてこの力はより膨大ぼうだいに、より残酷になっていくのだろう。


 ボクは、『重力の魔女』……

 『重力の魔女』モノ。

 

 その名の通り、幼い頃は物が勝手に浮く程度だった。

 だが、成長するにつれてその能力は暴走し、暴力性を増した。


 その果てにボクの能力の暴走は、単なる破壊行為と化したのだ。


 だからボクは憎しみを込めて、自分の能力に改めてこう名付けることにした。



―『破壊の魔女』、と。

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