空を紡ぐ者と白い死神は想像世界を往く

白鷺雨月

第1話 悲しい別れ

 窓から見る空は鉛色をしていた。

 冬の寒い日であった。

 黒崎仁くろさきじんは壁にかけられた雑誌の付録のカレンダーをちらりとみた。

 ああ、もう十年になるのか。

 彼は一人思った。


 十年前、黒崎仁は二十五年の人生で唯一で最高だと考える親友を失った。

 親友の名は白神愛しらがみめぐみといった。

 女性のような優しい顔をした少年だった。

 彼はある難病にかかり、十五年という短い人生をおわらせてしまった。

 家が近かった。話があった。同い年だった。

 理由はいろいろあるが彼らは仲の良い友人であり、お互いのことを親友だと思っていた。


 白神愛は眉目秀麗な少年だったが、その人生の間際は痩せていてかなりひどい状態だった。

 そんな愛のもとに仁は毎日のようにかよいつめた。

 愛の母親は仁君が来ているときだけ愛は笑うのよ、とよく言った。

「ねえ、またあの話の続きをきかせてよ」

 愛は仁によくそう言った。

 仁は想像力豊かな少年でよく愛に自分のつくった話をきかせた。

 愛はそれをいつも楽しみにして聞いていた。

 仁のつくった物語を聞くときだけ、愛は薬物治療の苦しさを忘れることができた。

 ある日、いつものように仁はつくった物語を聞かせていると愛が冷たい手でそっと手を握ってきた。

「僕はこうしてずっと君の物語を聞いていたかったよ。でも僕にはそれほど時間は残されていないようなんだ」

 愛は言った。

 愛の手はとても冷たかった。

 それはもはや生きている人間とは思えないほどであった。

 仁はそんな愛の手を両手で握った。

 自分の体温を与えて、もとの生の世界に戻そうとした。

 だがいっこうに愛の手は暖かくならない。

「人は死ねばどうなるんだろうね」

 愛は言った。

「そんなのわからない。それにそんなこと言うなよ」

 仁は言葉を強めて言った。

 軽々しく死ぬなんていうな。

 彼は心底、そう思った。

「いいんだよ、仁。僕は君と友達になれて本当に良かった。僕が死んだら君を守る守護霊になるよ。そうして君といつも一緒にいれるようにするよ」

 ふふっと笑った後、愛は激しく咳き込んだ。

 仁は彼の背中をさする。

「そんなこというなよ、愛。君は病気を治して、この先僕と同じ高校に行って、同じ大学に行って、ずっと友達であり続けるんだ。愛は絶対に死んじゃあだめだ。愛は僕のただ一人の友達なんだから……」

 仁は言った。

 たった一人の友人を失いたくなかった。

 その言葉は魂の叫びに似ていた。

「そう言ってくれて嬉しいよ」

 愛が言った。

 それが愛と交わした最後の言葉であった。



 あれから十年か。

 カレンダーを見ながら、仁は一人ひとり言った。

 この季節になると仁はいつも愛と最後に交わした言葉を思い出す。

 やつが生きていたら一緒に酒でも飲んだのかな。

 黒崎仁は想像力豊かな青年であった。それは少年のころからかわらない。

 彼は今ではネットに小説やエッセイを投稿するいわゆるWeb作家というものになっていた。

 数こそ少ないが、いつも読んでくれる人もいる。

 コメントや応援メッセージを送ってくれる人もちらほらでてきた。

 いつかは自分の作品が書籍になったり映像化されたりしないかなと仁は妄想をふくらませていた。

 そんな妄想をしている彼だったが、空腹を覚えたので近所のスーパーに食料を買い出しにでかけた。

 いくつかの惣菜やお茶のペットボトル、レトルト食品や缶詰、日用品を買い込むと独り暮らしのマンションへの帰路についた。

 時刻はすでに午後六時を終えようとしていた。

 あたりはもう真っ暗で道路を買い物をした荷物を持ちながら、一人あるいていた。

 自宅まであと少しというところで、彼の目の前に小さい動物があらわれた。

 それは白い猫であった。

 街灯に照らされた白猫の目は金色に輝いていた。


「やあ、じん。やっとこっちにくることができたよ」

 その猫は言った。

 それは人の言葉で人の声だった。

 仁が驚愕して、荷物を落としそうになった。

 その猫の声に聞き覚えがあったからだ。

 その猫の声は間違いなく十年前にこの世をさった白神愛の声だったからだ。

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