Slime Human.tohru

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プロローグ

プロローグ1 

*本作のプロローグは変わった一人称で書かれています。一話以降は普通の一人称視点で書かれています。何かとご理解をお願いします。


 あれは三年前の話。

 俺が速水透でない事が全ての始まりだった。


 当時、小学四年生だったはやとおるは気づかないうちに体に何らかの手術が施されていたのだ。


 その日の速水透はいつも通り日常を過ごしていた。何かがあったとすれば速水透の両親が喧嘩をしていたことだろう。



 速水透は滋賀県金湖市の駅から徒歩数分ほど離れた住宅街で家族五人で過ごしていた。速水透には父と母に、六つ離れた姉と二つ下の妹がいた。家族は特に問題無く普通に過ごしていた。


 ただ、両親はあんまり仲が良く無く、話をしているときは大抵喧嘩だった。今に思えば離婚や虐待に及ばないだけマシなのかも知れない。しかし、当時の速水透にとっては中々居心地の悪い空間に思えただろう……


 

「お兄ちゃん、ご飯まだかな?」


 その日両親が喧嘩をしてもう一時間は経つ頃、いつもなら夕食の時間だが二人の喧嘩は終わりそうに無い。速水透と妹は居間で静かに待っていた。


「……そうだね。姉さんがもうすぐ帰ると思うからもう少し待とうね」


 速水透はヘッドホンを外して妹の問いかけに渋々答える。いつも両親が喧嘩をしているときはヘッドホンでお気に入りのゲームサントラの曲を聴いて耳を塞いでいた。しかし、夕飯の買い出しに行った姉に妹の事を任されているので相手をしてあげないといけない。


「今日はまだ終わらなそうだし、ゲームでもしよっか」


 速水透は姉ほど面倒見が良くないのでこう言った時にどうやって接すれば良いかよく分からない。だから無難にゲームに誘うことにした。


「えぇーでも六時過ぎたらダメってお姉ちゃんもお母さんも言ってるよ」

「いいよ。こんな日くらい。きっと水に流されるよ」


 本来なら「水に流してくれる」と言う方が正しいだろう。しかし両親の場合は水に流すなんて情けをかけるのでは無く、ただただ怒っていて目に入らないだけだろう。姉は流してくれるものだが両親の場合は流されるというべきだろう。


 速水透の家ではゲームができる時間が夕方の六時までと決まっている。母が生活にメリハリをつけるためらしい。今どきケチ臭いとも思ったが文句を言うのも喧嘩の引き金になりかねないので黙って従う事にしている。


「お兄ちゃんいけないんだー。約束破ったらダメなんだよ」

「……そうか分かったよ。お前は宿題でもしてな」


 せっかく妹の機嫌でも取ってやろうかと思ったのに……。

 速水透は居間のソファーに寝転んで再びヘッドホンを付ける。しかし一度耳に入った両親の怒鳴り声は塞いだ耳を通り越してくる。何を喋っているかまでは分からないが高い声と低い声が交わってとても不快な音だ。


(クソ……イライラするな。何でこんなに喧嘩してんだよ)


 勿論、速水透も両親だって一人の人間なのだから喧嘩くらいすることは分かっている。しかしこう言った事が月に一回以上は起こりその度に不快な思いをしなければいけない事に憤りを感じていた。


「お兄ちゃんお母さん達まだかな」


 ヘッドホンが外されると妹の呑気な声が聞こえた。


「お前、俺のヘッドホン外すなよ!」


 いきなり取られてしまったことで怒鳴り声が出てしまい、妹が取ったヘッドホンを取り上げようと手を伸ばすと妹の手に勢いよく当たってしまった。


「……痛いよぉ。お兄ちゃん、怒らないでよぉ~~!!」


 妹がその場で泣き出してしまう。


「あぁ……ごめん。ごめんね」

「うぅ……ううぅ」


 妹をなだめようとするが一向に泣き止まない。


「あぁ、ごめんよ。頼むから泣き止んでくれ」


 速水透は立場上兄であるが、自身も含めて妹の面倒はいつも姉が見てくれたから妹に対して兄らしい事が全く出来ない。下手したら妹から年上として見られていないかも知れない。

 

 とにかく今は頼れるのは自分だけなので「あぁ助けて姉さん」と言った声をグッと堪えて妹を泣き止ますために


「悪かったよ。兄ちゃんお詫びに何かするからさ」

 

 自分なりに妹に媚びることにした。


「……グスゥン……本当?」

 

 泣いていた妹が涙を堪えながらこちらを向く。


「あぁ。できる限りは」

 

 流石に何でもとは言えないので一応保険をかける。


「だったらお兄ちゃんがお父さんとお母さん呼んできて」

「えっ!? マジかよ」


 そんなキツいことを頼んでくるとは。

 確かにただ呼ぶだけなら簡単だろうが、今は一階まで聞こえるような怒鳴り声で喧嘩をしている最中だ。まだ十歳の速水透にとってこう言った場合の両親は恐れの対象だった。ましてや喧嘩中の両親に話すなんて考えられないことだ。


「う~ん。お姉ちゃんがもう少しで帰ってくるからそれまで」

「やだ~お兄ちゃん何でもしてくれるんでしょ?」

「グッ。確かにそうは言ったが」


 本当によく口が回る妹だ。我ながら関心している。しかし、何でもすると言ったのは自分だから。


「……分かったよ。呼ぶだけ呼ぶよ。でも期待しちゃダメだぞ」

「うん。行ってらっしゃい」


 妹は背中を押して急ぐように催促してくる。

 正直、気が重いが妹と約束をしてしまったので仕方が無いだろう。

 それにこの際夕食だって教えれば喧嘩を止めてくれるかも知れないと少しだけ期待してた。


 


 

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