解禁インテリ・リハーサル

安達粒紫

らら太の黙考



らら太は、Twitterにも書いてあるように鷗外のヰタ・セクスアリスの続きを読み始めた。

まだ、読んでいる。

そう、らら太は読むのが遅い。

遅読である。

そして、らら太は、遅読で騒がれたことが一度だけあった。

詳細は明かさないが…(遅読で騒がれることも、そんなにないだろう)ーーーふと、そんな事を考えたりもした。


ところでここは、九州内に出店されている、あるファミリー・レストランだ。

おかしな言い方だが、大雑把に詳細を述べれば、九州方面に強いらしいジョイフルという、こちらでは有名らしいレストランだった。

という事は勿論、らら太も九州地方に滞在してるのに違いはなかった。


鴎外の作品を書見しているが、熊本県にいたことがある漱石などが、頭に浮かんできて少し気が散った。

だが、これは別段、不思議なことではないかもしれない。

らら太も熊本へいたことがあるからだ。

しかしここは、かの聖地である熊本ではない。

気を取り直して鴎外へ再度視線を集中しようとつとめた。


しかし、なかなか作品内へ意識を没入させることはできなかった。

(レストランは五月蠅い事はない…俺自身の問題か?…)


一体、鴎外というのは所謂高踏派だ。いや、その高踏派の定義をよそによけても、インテリ的知識ここに極まる、みたいな存在「かもしれない」

……そう知識。

例えばこのヰタ・セクスアリスでも順番を気にしなければ、

ペルセフォネ、アドニス、外道哲学、ショーペンハウエル、frigiditas、ゾラ、ジェルミナール、ロンブロゾー、Liebeswerbung、Cher-chez lafemmeーーーたったこれだけでも列挙するのに疲れるためこの程度でやめるが…ーーーーご存知の通り基本的に、今あげたカタカタのものも、英語かラテン語などで書かれているーーーー

こういうインテリ的記号に満ちている。

無論、登場人物が哲学者というのは、そういう記号の主たる理由と原因に繋がるだろうが…。


…らら太はページをパラパラとめくりながらインテリ的感触を味わっていた。

それは、らら太が高卒だから…という事によって余計際立って味わえるものかも知れなかった。


らら太はレストランという場所の性質上、人目もあるため沈思黙考した。

これらの博学を全部取っ払って、文学的気質と実相を捉える眼のみを鷗外に残した場合、彼は、実質的に同等のもの(つまりインテリ的記号等は無いが本質的に同じもの)を書いて見せてくれるのかどうか。ーーーを考えた。


結論を言えば、らら太の高卒の頭では、それは可能ではないかと思われた。

大学で学ぶ…鷗外のように一般的に良いとされている大学で学ぶ…という経験がないため、ひょっとしたら素人馬鹿特有のある種の鋭い直感から導き出されるものかも知れなかった…そのインスピレーションは。


らら太は本をテーブルに置き、(となると知識というのは一体なんなのか…)という単純なことに思索を巡らせ出した。

要するに知識というのはアクセサリーみたいなものではないのか?着ける人に「似合うかどうか」が、それの定着の度合いを表し、ピアスの様に身体の一部に近づくかに思われるものを身に着ければ身に着けるほど、体現的に極めているのに近づく…そんな気がしないでもなかった。

しかし畢竟それは嘘を隠すエナメルに違いないとも思われた。

となるとーーー…つまり道を究める様な、精神的修練を積み、人として本物を感ずる眼を持つことーーーとなると知識も扱いやすいだろう…

まあ、そういったことではなかろうかと、らら太は、思考が飛躍したことなどに気づかず勝手に納得してしまった。

であるからして…世の中のお偉いさんというのは…などと繰り返し飛躍した思考を続けたが…(いや…ダメだ)らら太は、それ以上持論を導きだすのをおそれた。たかが自分は高卒の身じゃないか…という自身を矮小化する気持ちが芽生えたからだ。ーーー「インテリ的なものの存在の弊害」というものが有るとするならば、こう言った「矮小化」的なところに表れるかもしれなかったーーーー

そういえば以前、読んだ本に(もう殆ど全然覚えていないが)ある尋常じゃないほど大量に読書を重ね沢山ものを知る男があり、何やら有名な文学者がその読書家に興味をもって、しばらく…数ヶ月か数年か…一緒にすごしたという。

しかし、文学者は、その男から何も得られるものが無いと、すごすごと帰って来たらしい。そんな逸話が思い出された。



ーーーーしまった!理系分野というものがあるじゃないかーーーー

らら太は、もう考えるのが面倒になっていたため…出発時間も迫っていた…だが切羽詰まった頭にも、「小林秀雄と湯川秀樹の対談」というものがあったな、等と思い出していた…会計を終え、外に出たらら太は、北風を浴びながら、なんだ結局高卒だな、何も纏まっちゃいない、と自分のさっきから考え思い巡らせた事に微苦笑を落とした。


らら太は、颯爽とタクシーを拾い、被っていたニット帽を整え、小倉から新幹線で、埼玉のマンションに帰る、はじめの一歩を踏み出した。


…上述のこと大体殆どが芸術家のことについての思考でしかなかったことに気づかないまま……。



付記


らら太は、タクシー内で気分を変えようと、所謂AV女優が割と本音を赤裸々に語ったインタビュー本を読み始めた。

この本以外にも、これ系の書物に親しんだことはあった。

そのためか、やはりこの本もパラパラと流し読みだった。

が最後の2,3ページで手を止めた。

「今までの俺は何だったのか…」

そこには、若葉かおり、というセクシータレントの、特集の中の一つのーーー人生は魂を磨くーーーという紹介があり、

『人生は「課題」の連続。乗り越えるたびに魂が磨かれる』という言葉が載ってあった……。



ふと、らら太は、今日一番心が洗われるのを発見した…。

何もなくとも……無一文でも、学【がく】などなくても、あらゆるものから「まなび」というものは得られるのだったーーー

らら太は、眼が充血してくるのを感じだしていた……



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解禁インテリ・リハーサル 安達粒紫 @tatararara

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