番外編 第7話 猫じゃらし


 お猫様にお留守番をお願いして、お昼と夕飯の買い出しに行きます。どうやら母さんが食事の作り貯めをしてくれるそうです。ありがたや~!


 ついでにお猫様のご飯も買ってこよう。カリカリとか食べるのかな?


 母さんと二人でスーパーまで歩きながら、お家の様子を聞いて見ました。


「東京の家は大丈夫なの? 姉さんは彼氏出来た?」


 ちょっと実家が気になって聞いてしまった。兄貴はアメリカに留学中だけど、姉さんは国立大学に通っている。3人兄弟の中で上の二人が凄く勉強が出来るので、僕は肩身が狭いのでした。


「おじいちゃんもおばあちゃんも元気ですよ。ちょっと寂しそうだけど、そのうち慣れます。美姫みきちゃんは……難しそうですね」


「……そっか」


 姉さんはすごいのだ。勉強が出来る事はもちろんだけど、超が付く程の美人なのです。下手な芸能人やモデルさんと比較するのが可哀想になるくらい、輝いているのです。でも残念ながら……彼氏を作らないのでした。なんでだろね?


「春希くんも好きな人が出来たらさっさと結婚しましょうね。美姫ちゃんみたいになっちゃだめですよ?」


「うぇ!? あ、相手が居ないとダメだから、頑張らないと……それに、僕はモテないし……」


 そうなのです。僕は身長が低い事もあって、女性からモテないのだ。普段から姉さんのような美人を見慣れてしまっている事もあり、ドキっとする女性が居なかったのです。はぁ、どうしたら良いんだろうか。椎名さんにアタックしてみようかな……。


「そんな事を言ってると、楓ちゃんのところに永久就職になっちゃいますよ?」


「うぅ……それは困る」


 親戚の中野楓なかのかえでさんは金髪美人な人妻さんで、僕みたいな小柄な男性が大好きらしいのです。楓さんはすごいお金持ちだし、独身のまま居たら次男の僕は家を追い出されてしまい、路頭に迷って楓さんに身売りする事になるのだろう……。まずい、お金を稼いで結婚しなければ!!





 そんな事を話していたら、スーパーに着いた。今日は椎名さん居るのだろうか?


「へぇ、結構品揃えが良いですね。それにリーズナブルです」


 母さんは主婦の血が騒ぐのか、片っ端から食材を吟味し始めました。僕には同じように見える野菜でも、良し悪しがあるようです。


「ちょっとペット用品見て来るね」


「はーい」


 母さんが熱中しているので、僕はお猫様のご飯を仕入れに行きます。


 ペット用品売り場へ行ったところ、僕の気になるあのお方、椎名さんが品出しをしていたのだ! 屈みながら商品を棚に詰めていた。やっぱり美人だ……。


「こんにちは、椎名さん」


「あら、ハル君こんにちは。もしかして、寂しくて私に会いたくなっちゃったの~?」


 椎名さんが僕を見上げながらからかって来た。薄っすらと浮かべる笑顔にドキッとしてしまった。赤いフレームのメガネが似合ってます!


「そ、そんな事ないですよ? 子猫のご飯を仕入れに来たんです。……そうだ、椎名さんは店員さんだから詳しいですよね。子猫にはカリカリと猫缶のどっちをあげたら良いんですか?」


「え、ええ? どっちかしら? うーん、子猫だったら柔らかい缶詰かしら?」


 ふふ、からかわれてしまったのでお返ししちゃいました。ちょっと困った顔の椎名さんが、可愛く見えてしまった。やばい、ドキドキするぞ。


「猫缶も種類がいっぱいありますね。まぐろにカツオ、ササミもあります。うっ……猫缶って結構高いんですね」


「そうね、ペットを飼うのは大変よ」


 今の僕は実家から家賃とか学費を出して貰っていて、生活費もバイトしないで生活出来るくらいのお金を貰えている。詳しくは知らないけど母方のお祖父ちゃんが会社を持っているらしく、お金持ちのようです。実家は東京にある大きなタワーマンションだし、今思えばうちってかなり裕福な家庭だったのだろう……。


 一応生活費の中からお猫様のご飯代とかやり繰りしようと思っているけど、猫缶だと食費がやばいぞ……。よし、カリカリも買おう。これからは節約だな!


「試しにカリカリも買ってみます。こっちの方が安いので……。あ、このお皿可愛いです」


「ふふ、肉球マークが可愛いわね」


 ピンクの肉球マークが中央に大きく描かれた子猫用の食事皿がありました。よし、これをお猫様の専用にしよう! 節約しようと心に誓ったばかりなのに猫グッズをカゴに入れてしまいました。これは必要経費、良いね?


「春希くん終わった~?」


 色々と物色が終わった頃、カートを押した母さんがニコニコの笑顔でやってきた。


「え!? ……誰よあれ?」


「ひ、ひぃ!」


 椎名さんが今まで見た事の無い鬼の形相で僕を見つめて来た。底冷えするような怖い声でしたよ? さっきまでおっとりした優しい笑顔だったよね? どうしてしまったのでしょうか……。


「あれ、まだ選んでたの? あ、この猫じゃらし可愛い。きっと猫ちゃん喜びますね。買って行きましょう」


「う、うん……」


 やばいぞ、椎名さんの目が殺人鬼のような鋭い目つきになっている。は、早く誤解を解かなければ……。


「ち、違うんです椎名さん、この人は僕のお母さんなんです!」


「……お母さん?」


「あら、春希くんのお友達?」


 どうやら母さんがやっと椎名さんに気が付いたようだ。ふぅ、危ない危ない、セーフです。


「本当にお母さんなの? どう見てもお姉さんか妹さんにしか見えないじゃない」


 椎名さんが僕にだけ聞こえるように小声で聞いてきた。椎名さんの甘い香りを感じてしまい、ドキドキします。


「ほ、本当ですって。……母さん、この人が大学の先輩で椎名睦月さんです。昨日知り合ってお世話になってます」


「っ!! へ、へぇ、そうなんですね。お世話になります。この子、一人暮らしで寂しいかもしれないから、いつでも遊びにきて下さいね。あ、そうだ、良かったらお夕飯食べに来て下さい。今日はお鍋にしようと思ってるの」


「え!? で、でも急にそんな……」


「遠慮しないで下さい。後で春希くんに連絡させますから。絶対ですよ!? 絶対に来て下さいね!!」


「わ、わかりました!」


「……あれぇ?」


 どうやら今晩、椎名さんを夕飯にご招待する事になってしまいました。どうしたんだろうか、やけに母さんが積極的な気がするぞ?


「そうだ春希くん、お肉が足りないと思いますので取って来て下さい」


「う、うん……」


 確かに3人で鍋にするには量が少ないかもしれない。僕は一人、お肉売り場へ急ぐのだった。


 それにしても気になる。いつもの母さんらしくない、非常に焦った雰囲気を感じた。何かあるのだろうか……?

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