番外編 第4話 ハラペコ


 桜の花びらで出来た道を歩きながら、ふと隣を歩く椎名さんを見つめれば、綺麗な夕焼けが椎名さんを照らしていた。おっとりとした印象を与えてくれる母性溢れる彼女だけど、夕焼けに染まる横顔が綺麗だった。ずっと見つめていたからだろうか、彼女が振り向いて来た。


「うふふ、そんなに見つめちゃって~。もしかして、惚れちゃった?」


「うぇっ!? ご、ごめんなさいー!」


 きっと僕の顔は真っ赤になっている事だろう。でもよく見ると、椎名さんの顔も赤くなっている気がする。きっと夕焼けのせいじゃないと思う……。


「そっか、私振られちゃったのか~」


「ち、違います……」


 僕の返事を聞いた椎名さんが立ち止まり、僕の顔を見つめて来た。こんな美人に見つめられた事なんて無いから、どうして良いのか分からないよ……。


「ふふ……じゃあ私の事、好き?」


 いったいどうしてしまったのだろうか? 椎名さんにからかわれているのだろうか……。僕は今まで、こんな体験をした事がない。椎名さんは大人な女性だし、きっと恋愛経験も豊富なのだろう。つまり、僕をからかっているんだな!


 そんなヘタレた考えをしてしまったが、見つめて来る椎名さんの顔を見たら、その考えは吹き飛んでしまった。期待と不安の入り混じった眼差しは、からかっているようには見えなかったのだ。


 この時僕は、きっと恋をしたんだと思う。この女性の事が知りたい、この女性と仲良くなりたい、そんな考えで頭がいっぱいになってしまったのだ。


 きっと、椎名さんも勇気を出して言ってくれたのだと思う。そんな相手に、いい加減な返事をする事は僕には出来そうに無かった。


「えっと、僕は恋をした事が無いので分かりません。……でも、生まれて初めて気になる女性が出来ました。すごく綺麗で、見ているだけでドキドキしちゃうんです」


 椎名さんを見つめ、言ってしまった。すごく恥ずかしくて、ドキドキしてしまって、頭が真っ白になってしまったのだ。


「そっか」


 椎名さんが満面の笑みで答えてくれた。包容力のある、優しい笑顔だった。これでもし、『ははは、うける~! 何マジになってるの~』とか言われてしまったら、きっと人間不信になって実家へ逃げ帰る事になるだろう……。大丈夫だよね?


 今度は僕が不安そうに見つめていたからだろうか、僕の頭を撫でながら話しかけて来た。あぁ、こんな美人に頭を撫でられてしまった。これが幸せか! 今なら分かる、お猫様が頭をナデナデされて目を細めるのはこれの事かと!!


「私は椎名睦月しいなむつきって言うの。そこの大学に通っている3年生よ。ハル君は?」


 僕が人間不信になるルートは無くなったようだ。ふぅ、危なかった。でもそのお陰で椎名さんの名前が分かった。睦月さんか。大人っぽい名前でカッコイイね!!


「今年から同じ大学に通いますので、椎名さんは先輩ですね」


「ふふ……先輩だし、色々と教えてあげるわ。いっぱいね……」


「え、あ、ありがとうございます?」


 何だろうか、椎名さんの目が妖しくピンク色に染まったような気がした。この感じ、知ってるぞ! 親戚の中野楓なかのかえでさんという金髪の美人が僕と会った時に向けて来る、舌なめずりするようなエッチな視線なのだ。楓さんはショタが大好きな危険な女性だって父さんから聞いたことがある。お前は狙われるから二人きりになるなと注意された記憶があるぞ。僕はもしかして、椎名さんの好みのタイプだったのだろうか……?


 まあ今までの人生で僕を好きになってくれた女性は居なかったし、全然オッケーですけどね。






 それから僕の家に着くまで大学の事とか色々と情報交換し、連絡先まで交換する事が出来ました。お引越し初日から、なんて幸運なのだろうか!!


「へぇ、こんな立派なお家に一人で住んでるの? ご両親は?」


「両親は実家の東京で暮らしています。椎名さんのご両親はどこに住んでいるんですか?」


 椎名さんの質問に答えてから、しまったと思ってしまった。僕の返事を聞いて、少しだけ彼女の笑顔に影が差してしまったように見えた。……何かあるのだろうか?


「私は物心ついた時から施設で暮らしてたんだ。だからちょっと分からないかな~」


「ご、ごめんなさい!」


 寂しそうな横顔を見てしまい、僕が無神経な事を言ってしまったのだと思った。


「ふふ、気にしないで。もう大人だもの。それに、今はこうして大学にも通えて素敵な男の子と出会えたんだから、楽しまなきゃ損でしょ?」


 寂しそうな表情から一変、笑顔に戻った。きっと椎名さんの中で終わった事なのだろう。部外者の僕が立ち入って良い話じゃない。よし、僕が椎名さんをもっと笑顔にしてあげよう。


「そうですね。……そうだ、お詫びじゃないですけど、良かったら子猫をお見せしますよ。いつでも良いのでご招待しますね!」


「うん、ありがとう。今度お邪魔しようかな」


 そうして笑顔で椎名さんと別れた。ずっとドキドキさせられっぱなしだったけど、こんなに異性と長い時間を会話した事が無かったから楽しかった。まあ異性と言っても家族は除いてだけどね!






 玄関を抜けて手洗いうがいをしてから客間に行くと、お猫様が座布団の上で仰向けに寝転がっていた。あれがへそ天というものだろうか……。よし、写真を撮って椎名さんへ送っちゃおう!


 初めてのチャットにドキドキとしていたら、お猫様から声が聞こえて来た。


『……おなか……へったの……』


 寝言かと思ったけど目が合ってしまった。よし、チャットは中止してお猫様のご飯を用意しよう。……あれ、そう言えば買い物に行く前にミルク飲んでなかったっけ?


「いま用意しますから、お待ちくださいね」


 どうやらうちの神様は、食いしん坊なようです。

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