番外編 第3話 ちゅるーん
綺麗な夕焼けが庭を赤く染める頃、僕は縁側で桜を眺めながら考え事をしていた。
昔、母さんに言われた事があった。もしかしたら子供たちの誰かが、不思議なものを見る事が出来るかもしれないと……。確か僕が小学校の高学年の時だったと思う。その言葉を聞いた僕は、本気で両親を疑った。この人達は、怪しい宗教にでものめり込んだのだろうかと……。
詳しく話を聞くと、どうやら父さんが不思議なものを見る事が出来るらしい。幽霊でも見えるのかと思ったら、漫画に出て来る吹き出しのようなものが見えるそうだ。意味不明である。
漫画の吹き出しが見えてどうなるのだろうかと思ったけど、説明された内容によると個人情報とか占いが吹き出しに表示されるらしい。意味不明である。
その時は僕を含めて兄弟の誰も信用していなかった。だって、誰一人としてそんな現象になった事がないのだから……。でも今思うと、兄弟の中で僕だけが父さんから不思議な力の一端を受け継いで居たのだろうか? だって猫と会話出来る能力なんて、普通じゃ考えられないもんね。全ての猫と会話出来るのか、それともうちのお猫様が特別なのか……。
そんな事を考えていたら、後ろから気配がした。振り向いて見たら、お猫様がちんまりと座っていた。可愛い。
「お猫様、良く寝られましたか?」
『良く寝たの。でも、お腹ペコペコなの』
「すぐにミルクを用意しますね」
『ミルク好きなの』
お猫様が前足で顔をクシクシしてペロペロしている。ああ、可愛いずっと見て居たい。だがしかし、僕はお猫様の下僕であり、ミルクを献上しなければならないのです!
台所へ向かい、洗っておいた哺乳瓶へミルクを注ぐ。子猫の規定量をしっかりと注いでみたけど、もし少なかったら足りないって言って来るだろう……。
「お待たせしました。どうぞ……」
哺乳瓶の口をお猫様に近づけると、小さなお口をパクっと咥えてチュパチュパと音を立てながら飲みだした。ウミャーウミャーって言ってる。ああ、何故僕はスマホで動画を取らなかったのだろうか。この可愛い動画を投稿すれば、億万長者になれるぞ!
そんなバカな事を考えて居たら、すぐに哺乳瓶が空っぽになってしまった。
『おいちかったの。お腹いっぱいなの』
「良かったです。えっと、お猫様の声は誰にでも聞こえるのでしょうか?」
お手々をペロペロして毛繕いしているお猫様に聞いてしまった。だって、すごく気になったんだもん。
『今のところ、お前にしか聞こえないの』
やっぱり僕にしか聞こえないのか……。というか会話が出来ている。つまりこのお猫様は普通の猫とは違うと言う事だろうか……。
「えっと、お猫様は神様ですか……?」
『ふふ~ん、神様なの!』
尻尾をピーンと立て、嬉しそうに歩き出した。そして僕の近くに来ると、前足で頭をクシクシしている。
『ほら、見てないでナデナデするの!』
「わ、わかりました!」
僕は緊張しながらお猫様に手を伸ばした。優しく頭をナデナデすると、フワフワな感触が伝わってくる。ああ、なんて気持ちが良いんだ……。
よ、よし、喉のところもナデナデしようかな! ナデナデしていると、お猫様の目が細くなりゴロゴロという音を鳴らしだした。
『なかなか上手なの~』
やったぞ、お猫様に褒められた!! よし、ポッコリ膨らんだお腹もナデナデしちゃおうかな!? そっと手を伸ばし、お腹をナデナデした瞬間、お猫様が豹変した。
『そこは違うの! ぶっコロなの!!』
「ぎゃー! ごめんなさい~」
お猫様が僕の手を嚙んできた! 猫のお腹は触っちゃダメなのか。ポッコリと膨らんでいて可愛いのに……。
◇
お猫様は客間の座布団の上でゴロゴロしているので、僕は夕飯の支度をします。ご飯を炊いて豚の生姜焼きでも作ろうかな!
炊飯器にご飯をセットしてからスマホで生姜焼きの作り方を見てみると、豚ロースに薄力粉をまぶしてタレに漬け、焼くだけだそうです。うん、薄力粉って何ですか? すりおろし生姜なんてありませんよ?
薄力粉が無いとダメなのだろうか? いや、そもそも生姜が無ければ生姜焼きにならないぞ。ふぅ、スーパーに行くか……。
「お猫様、ちょっと買い物に行ってきます」
『お土産期待してるの!』
「あ、はい……」
神様にお土産って何を買えば良いのだろうか。とりあえず子猫用のおやつでも買おうかな! でも見た目は子猫だけど、神様なんだよね。子猫用のご飯とか、不敬じゃないのかな……。うう、誰かに相談したい。
とりあえずスーパーにやってきた。今日はもう3回目だけど、これ以上来ることは無いよね……。
薄力粉とチューブになっている生姜をカゴに入れ、ペット用品売り場へ移動します。子猫用ミルクも追加で買っておやつを選ぼう。棚に貼ってあるポップを見ると、ちゅる~んというテレビCMで良く見るスティックのおやつがあった。これはまだ早い気がするので、焼きカツオというものにしてみた。ふふ、お猫様が気に入ってくれるかな。
レジを見たが椎名さんは居なくなっていた。そりゃあずっと居る訳ないよね……。少しガッカリとしてしまった。
買ったものをマイバッグへ詰め、スーパーから出たところで声を掛けられた。
「ハル君また来たの? もしかして……私に会いたくなっちゃったの~?」
「うぇっ!?」
驚いて変な声が出てしまった。声の方を向くと、美女が居た。白いブラウスに淡い水色のスカートを装備した美女だ。
「ふふ、冗談よ。それよりまたお買い物? そういえば引っ越したばっかりって言ってたわね」
「……そうです。生姜焼きを作ろうと張り切ってみたところで、調味料が無い事に気付いて買いに来ました」
椎名さんが笑顔で僕を見つめている。こんな美人に見つめられるとドキドキしてしまう。
「へぇ、生姜焼きか。良いわね。家はどっちなの?」
「え? えっと、あっちの方です。歩いて10分くらいのところにある郵便局の近くです」
まだ地理を詳しく理解していないため、指を指して方向を伝えた。そう、郵便局が近くにあるのだった。
「ふーん、近いわね。途中まで一緒に帰りましょう」
「は、はい……」
僕は生まれて初めて、大人な女性と二人きりで歩く事になってしまった……。
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