第59話 誕生石ですか?
葉月ちゃんの妊娠という鑑定結果を見た翌日である月曜日、朝の集合場所に向かいながら昨晩の事を考えていた。実はまだ、葉月ちゃんに妊娠の事は伝えていなかったのである。単純に忘れていた訳ではなく、なんとなく言い出せなかったのである。こんな時にヘタレてどうするんだって思うけど、自分自身が驚いてしまい現実を受け止めきれていなかったのだ。
この年で子供が出来るというのはどういう感じなのだろうか……。僕なんかが父親で大丈夫なのだろうか……。色々と考えてしまうけど、葉月ちゃんの妊娠の事は今日の婚姻届提出を行ってから伝えたいという気持ちが強かったのだ。
そんな事を考えていたら、集合場所に着いてしまった。既に修二と玲子さんは到着していて、楽しそうに笑っている。
「いいよね修二は、悩みなんて無さそうで……」
「どうした薫、バカにしてるのか?」
「おはようございます薫さん、随分とヘタレてますわね」
思わず本音が漏れてしまった。でも許して欲しい、
「ごめんごめん、今日は予定がいっぱいあって混乱してたんだ」
「予定って、何があるんだ?」
「午後の授業サボって役所に行って来るよ。婚姻届を出しに……」
「あんま嬉しそうじゃないな」
「そうですわ、もっと喜んだらどうですの?」
二人から見ても今日の僕はヘタレているように見えるらしい。まあ僕は常にヘタレてるかもしれないけどね!
「なんか急に結婚とか考えちゃうと、僕で大丈夫なのかなって思ってね。これがマリッジブルーなのかな……」
「そんな事気にしてたのか。お前らなら大丈夫だ」
「薫さんにマリッジブルーなんて似合いませんわね。心配するだけ無駄ですからいつも通りに笑ってなさいな。葉月ちゃんを心配させたらダメですわよ」
「うん、ありがとう」
二人の励ましを受けて心が軽くなった。たった二人の親友の言葉を聞いただけで悩みが軽くなる僕は、単純なんだと思う。でもしょうがないじゃないか、こんな素敵な親友は世界中のどこを探しても居ないと思う。僕には勿体ないくらい素敵な親友に励まされたら、自然と元気になってしまうのです。
「そうだ玲子さん、今日葉月ちゃんと婚約指輪を買いに行くんだけど、お店紹介して下さい!」
「はぁ……。うちのグループに宝石を専門に扱う会社があるので紹介しますわ」
「ありがとう玲子さん!」
「やっぱり薫はヘタレだな」
修二に笑われてしまったけど、僕は自然と笑顔になった。買い物当日になってお店も調べてないとか、ヘタレも良いところだ。ヘタレな僕には婚約指輪を売っているお店を探す事は出来ても、良いお店なのか判断が出来ないのです。その点、エリートお嬢様な玲子さんなら安心出来るよね!
◇
午前中の講義を済ませ、午後の1コマだけ外せない講義に出て来た。必修科目を落としてしまうと留年してしまうのです……。
最寄り駅のロータリーにある時計台で待ち合わせしていたけど、どうやら葉月ちゃんの方が先に着いていたようだ。時計台の下に天使が居た!! 遠くから見ても可愛くて美人な完璧な美少女が僕の奥さんになるのか……。ちょっと頬が緩んでしまった。
「お待たせ葉月ちゃん」
「ふふ……大丈夫です」
天使が僕に微笑んでくれた! もう僕は天に昇ってしまいそうな気分になった。この感じ、初めてのデートを思い出す。あの時もこの時計台の下からスタートしたんだった。
「玲子さんにお店を紹介して貰ったから、指輪買いに行こう」
「はい!」
僕の左腕に葉月ちゃんが抱き着いて来た。初めてのデートでは手を繋ぐのも勇気が必要だったけど、もう腕を組んで歩くのも当たり前になってしまった。そういう意味では、僕も成長したのかもしれない。
二人で並んで駅へ歩いていると、たまにこちらを見てくる人がいる。きっと葉月ちゃんが可愛いから見てしまうのだろう。この人は僕の奥さんになりますよ。ふふ……ちょっと優越感に浸ってしまう。
「どうしたんですか先輩、ニヤニヤして不審者みたいですよ」
今日の葉月ちゃんはクールでした。最近はこういう事を言われる事が少なくなったが、出会った当時は葉月ちゃんが可愛くて、ついついからかってしまいジト目でクールに怒られたのを思い出した。
「こんな可愛い女の子が僕の奥さんになるんだと思ったら、ニヤニヤしちゃったんだ」
「……もう、そんな事言っても騙されませんよ」
そう言って葉月ちゃんが僕の腕を強く抱きしめて来た。腕に当たる柔らかな感触が気持ち良い。いつからだろうか、この感触にも慣れてしまったのだ。最初の頃はドキドキしてしまい、顔が赤くなってしまった。葉月ちゃんも僕の言葉で顔を赤くすることが少なくなった気がする。
「さあ先輩、役所が閉まる前に指輪買いに行きましょう」
「うん、良いの選ぼうね」
僕たちは、恋人として最後のデートに出発したのだ。短い恋人期間だったかもしれないけど、最後まで楽しもうと思う。
電車に乗り隣町に移動し、玲子さんから教えて貰った綺麗なお店にやってきた。外観からして小市民な僕には敷居が高いぞ。銀色にキラキラと輝く店構えで、大きなガラス張りの自動ドア、外から見える店内は照明もそうだけど床までキラキラと輝いていて見る人を圧倒させる。玲子さんの紹介が無かったら絶対来れないお店な気がする……。
「すごいお店ですね。さすが玲子お姉さまです」
「僕一人じゃ絶対に来れなかったと思う。葉月ちゃんが居てくれて心強いよ」
「もう……しょうがないですね先輩は」
葉月ちゃんも僕のヘタレ具合が分かっているのか、率先して店内に入ってくれました。さすが葉月お嬢様です!
店内には指輪やネックレス、ブローチなどなど、至る所で宝石がキラキラしています。この中から選ぶとか、難易度が高すぎるぞ……。
「いらっしゃいませ」
「えっと、天王寺玲子さんから紹介して頂いたんですけど、お話聞いてますでしょうか?」
「はい、中野様ですね。こちらへどうぞ」
メガネをかけた知的な美人さんに連れられて奥のお部屋に連れていかれてしまった。あれ、店内で指輪選ばないで良いのかな?
綺麗な個室に案内され、コーヒーを出してくれました。葉月ちゃんは紅茶です。良い香りがしてリラックス出来ます。
「玲子様より婚約指輪と聞いておりますが、よろしかったでしょうか?」
「そうです。えっと、表の店舗で選んで買うのだと思ってました……」
「うふふ、既製品を購入する方はそうですけど、ほとんどの方は指輪にイニシャルを刻印したりするのでセミオーダーかフルオーダーで購入されていきます」
「そうだったんですね……」
「セミオーダーで1~2ヵ月、フルオーダーで3ヵ月くらい見て頂けると助かります。宜しければ結婚指輪もご用意させて頂きます」
僕の無知さを披露してしまった。てっきり店頭にある指輪を選んで『これ下さい!』って買って終わりかと思ってました。やばい、玲子さんの紹介なのに恥ずかしいぞ……。
しかも注文してから数ヶ月も掛かるとなると、早めに注文しておかないと結婚式に間に合わないとかいう人が出て来る事もありそうだ。玲子さんの紹介だし、結婚指輪もここで相談してみようかな?
結婚は僕だけの事じゃないから、葉月ちゃんにもしっかりと確認します。
「えっと……葉月ちゃん良いかな?」
「はい、素敵なの選びましょう」
ああ、笑顔の葉月ちゃんを見れただけで幸せになってしまう。よし、お値段を気にせずに素敵な指輪を購入しよう!!
店員さんが持って来てくれたカタログを広げ、店員さんと葉月ちゃんがアレコレと言い合っている。僕のセンスは神様が認める程ダメダメなので、大人しくしておきます。
「……先輩、何か意見とか無いですか?」
急に葉月ちゃんの無茶振りが来たぞ。でも大丈夫。こんなこともあろうかと朝から神様にお願いしておいたのです。今日の運勢は普通の内容だったけど、キーワードがあったのです!!
【
※今日の運勢※
肉汁溢れるハンバーグが食べたいニャン!
※ラッキーワード※
誕生石
「葉月ちゃんは名前の通り誕生日が8月でしょ、8月の誕生石であるペリドットを使った指輪とかどうかな?」
「良いですね! お姉さん、そういうのありますか?」
「ええ、ございます。誕生石を選ぶお客様も多いのですよ」
ふぅ、どうやら僕の回答は間違ってなかったようだ。コッソリとスマホで8月の誕生石を調べていました。ペリドットは綺麗なエメラルドグリーンの宝石です。スマホの画像で見ただけだから、実物を見た事はないけどね!
そんな事を思っていたら、店員さんが現物を持って来てくれた。スマホの画像と違い、周囲の照明の光を浴びて本当に光り輝く緑色の宝石は、葉月ちゃんのイメージにピッタリだった。僕はこれが良いなって思ってしまった。
「わぁ~! これがペリドットですか。すごく綺麗ですね!」
「葉月ちゃん綺麗だよ」
店員さんが持って来てくれた指輪を嵌めた葉月ちゃんは、より一層大人っぽく見えた。世の男性が女性に宝石をプレゼントしたくなる気持ちが分かったかもしれない。
1時間以上話し込んでしまったが、今日だけでは決まらなかったので、また日を改めてデザインとか決めることになった。でもさすがに手ぶらで帰る訳にもいかないので、既製品の指輪とネックレスを買いました。ふふ、今の僕は神様に恵んで頂いたお金があるのです!
「ありがとうございます先輩、すごく嬉しいです」
「本当はもっと早くプレゼントしたかったんだけど、遅くなってごめんね」
既製品だけど、小さなダイヤモンドが綺麗な指輪とネックレスをプレゼントしました。葉月ちゃんは嬉しいのか、その場で付けてくれた。そして指輪は僕が左手の薬指に付けてあげました。
「婚約指輪が来るまでの仮りだけど、似合ってるよ葉月ちゃん」
「ふふ……嬉しいです」
店員さんが微笑ましくこちらを見ているけれど、僕は女性にアクセサリーをプレゼントするのは初めてなので、緊張してしまった。
店員さんに見送られ、僕たちは地元の役場へ婚姻届を提出した。役場では何か質問攻めに合うのかとドキドキしていたら、書類に不備が無いためすぐに受け取って貰えた。
そして今日、12月17日が僕と葉月ちゃんの結婚記念日となったのだった。
「あっさり終わっちゃいましたね」
「うん……もっと色々とあるかと思ったけど、あっさり終わっちゃったね」
「これからも宜しくお願いしますね、薫さん」
「っ! こちらこそよろしくね。僕のお嫁さん」
葉月ちゃんから初めて薫さんって言われてドキっとしてしまった。美しい夕焼けが僕たちを照らし、世界が祝福してくれているようだ。そんな中、ニコニコと微笑む葉月ちゃんと一緒に帰路へ着いた。さて、ちょっとドラッグストア寄って帰ろうかな。
◇◇
家に帰り、早速お義母さんへ婚姻届を提出した事を報告した。そして、僕が黒川薫になったことを報告したのだ。今日から僕は、黒川家の一員になりました。
「よろしくね薫くん! 嬉しいわ~」
「ありがとうございます」
お義母さんが笑顔で喜んでくれた。僕も嬉しいです!
「夕飯まで時間があるから、ゆっくりしててね」
「分りました。ちょっと葉月ちゃん、お話したい事があるから良いかな?」
「はい……大丈夫です」
僕は葉月ちゃんを連れて自室へ向かった。鑑定の事はお義母さんには内緒なので、葉月ちゃんにコッソリと伝えなければならないのです。
新しく届いたソファーに座り、どう伝えれば良いか考える。勢いで自室に連れて来てしまったが、何て伝えれば良いんだろうか。葉月ちゃん子供が出来ました! って伝えるのも違うと思うし……。しょうがない、ありのままを伝えよう。
「どうしたんですか薫さん、顔が怖いですよ?」
「ごめんごめん、ちょっと考え事をしてました。……実は大事なお話があります」
「大事なお話ですか?」
僕が悩みすぎて顔が強張っていたようだ。僕の言葉で葉月ちゃんが真剣な表情になってしまった。
「えっと、昨日言い出せなかったんだけど、葉月ちゃんを鑑定したらこんな内容でした。これ今日の分ね。言うのが遅くなってごめん……」
僕は今朝鑑定した結果をメモ用紙に記入して、葉月ちゃんへ渡したのだった。
【
都内に住む高校3年生。
身長150cmくらいの小さな体ですが、お胸が大きくて肌はまさに処女雪のように白いのです。
見た目は小さいけど、健康体で健やかに育っています。
中野薫を婿養子に迎え、本日結婚します! お幸せに~!!
あと妊娠してますよ、おめでとうございます! 元気な子が産まれるでしょう♪
ヤンデレ度5%(±0)
※今日の運勢※
指輪選びは妥協しちゃダメですよ~♪
メモ用紙を見つめる葉月ちゃんの表情は真剣で、メモ用紙から目を離さないでいる。きっと本人に自覚症状が無いのだろう……。そうだよね、急に妊娠してますって言われても驚くだけだよね。
「これ、本当でしょうか?」
「うん……。紫苑さんのお家に居たお手伝いさんも鑑定結果に妊娠って出てて、結果的に妊娠してたから間違いないと思う。……あと、これさっき買って来たから使ってみて下さい」
「……ちょっとやってきます」
僕はコッソリとドラッグストアで妊娠検査薬を何種類か買って来たのだ。男性がこれを買うのは勇気が必要だったけど、他の買い物に紛れ込まさせたから大丈夫なはず!
妊娠検査薬を手に持って部屋を出て行った葉月ちゃんを見送った後、僕に出来る事はないのでとりあえずお義母さんのお手伝いをしようと思います。検査薬の説明文を見たら、数分掛かるって書いてあったからね!
「お義母さんお手伝いします」
「あら、ありがと~。じゃあサラダの盛り付けお願いしようかしら」
「分りました」
どうやら今日の夕飯はハンバーグのようです。今朝、お義母さんに夕飯は何が良いか聞かれたので占いの通りハンバーグと言っておいたのだ。
しばらくお義母さんと夕飯の用意をしていたら、葉月ちゃんが戻って来た。手には例の検査薬を持っている。結果はどうだったのだろうか?
「……お母さん、私……妊娠したかもしれない」
「えええぇええ!!!」
検査薬をお義母さんに見せていた。僕もコッソリと横から見てみたが、薄っすら縦線が見えていた。見えるか見えないかぐらいの薄っすらとしたものだけど、もう少し経ってから使えばもっとくっきりと表示されるのだろうか?
「薫さん、赤ちゃん出来ました!」
葉月ちゃんが泣きながら僕に抱き着いて来たので、優しく受け止めてあげた。これから葉月ちゃんはお母さんになるため、体調の変化など色々な負担があるだろう。僕は葉月ちゃんの旦那として、しっかりとサポートして行こうと心に誓った。
「ありがとう葉月ちゃん」
黒川薫になり葉月ちゃんの旦那になった今日、僕はパパになる事が決定した。あの日、鑑定能力を授かってから僕はこんなにも幸せになってしまった。いつか不幸な目に会うんじゃないかとビクビクしている。でも、これからは僕がこの小さな女の子と産まれて来る赤ちゃんを守って行くのだ。
どうか神様、僕たちを見守って下さい……。
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