第56話 お義父さんの探しているお酒はどこですか? 答えは20話参照
いつもより時間を掛けて丁寧に手を洗います。指の隙間から手首まで、更には爪の中までキレイキレイしちゃいます。そう、僕は時間を稼いでいるのです。そして稼いだ時間で考えるのだ!!
さっき聞いた葉月ちゃんの言葉を思い出す。ポイントは2つ。1つは大事なお話があるという事と、もう1つはお義父さんを呼んだ事だ。つまりお義父さんが必要な大事なお話という事になる……。
僕はこの20年、真面目に生きて来たと思う。やましい事が無い訳ではないが、一生懸命に生きて来た。お義父さんに関わる大事なお話がどんな内容なのか、考えても思い浮かばない。お義父さんに関係ある人……お義母さんか!?
もしお義母さんが関係あって僕が呼ばれるとなると、ここ最近の僕とお義母さんの接し方だろうか……?
確かにお義母さんのお手伝いで一緒に買い物へ行く事が増えているが……。あれか、僕がお義母さんと腕を組んで歩いている事がお義父さんの耳に入ったのか! これはマズい。娘の旦那になろうという男が、自分の妻にも手を出そうと思われている事になる。もしかしたら葉月ちゃんが僕とお義母さんの関係を疑ってお義父さんに相談したのかもしれない……。
「……先輩、まだですか~?」
リビングから葉月ちゃんの声が聞こえた。さすがにこれ以上時間を稼ぐのは無理そうだ。よし、きっと僕が全部悪いのだ。お義父さんにごめんなさいしよう。
◇
リビングへ行くと、いつも食事を摂るテーブルにみんなが大集合していた。葉月ちゃんはいつもの席に座り、僕を見つめていた。その目が少し潤んでいるように見えてしまった。ああ心が苦しい。
お義母さんはお義父さんの隣に座り、赤ワインをグビグビと飲んでいた。僕との関係を疑われて激おこなのだろうか?
そしてお義父さんはテーブルに両肘を付き両手を口元で組み、目を瞑っていた。どこかアニメで見た指令のようなポーズをしていた。乗らないなら帰れ! ってやつです。つまり僕はこれからこう言われるのだろう、『葉月との婚約は無効だ、帰れ!!』と……。
僕は死刑囚になった気持ちで席へ座り、まず最初にお義父さんへごめんなさいしました。
「えっと、お義父さんすみませんでした……」
ヘタレな僕は、とりあえずごめんなさいをするのです。何に謝っているのか分からないけど、とりあえず謝っておけば悪い方に進まないのです。でも怖い女の人の場合、『何に対して謝ってるの?』っていうカウンターが来るのでご注意ください。漫画に載ってました。
僕のごめんなさいを聞いたお義父さんが目を開け、僕の方を向いてきた。顔が赤いけど、もしかしたらお酒をいっぱい飲んでいるのかもしれない。お義父さんのワイングラスは空っぽです。
「おかえり薫くん。夕飯は食べたのかね?」
「い、いえ。食べないで帰って来てしまいました……」
「あら~、残り物で悪いけどすぐに用意するわね~」
「す、すみません」
お義母さんが一人でキッチンへ行ってしまった。思ったよりもお義父さんの僕を見る目付きが優しいぞ。これはどういう事だろうか?
「早速で悪いんだが、ニュースは見たかね?」
「ニュースですか!?」
ニュースとは何だろうか? 僕とお義母さんの関係がニュースにまで取り上げられたのだろうか……。いや、きっと僕とお義母さんが腕を組んで歩いているところがテレビの中継に映ったという事だろう! なんてことだ……。
「……先輩、変な事考えているようですけど違いますからね。宝くじの超高額当選が出たってニュースで流れていたんですよ」
「た、宝くじ……」
ふぅ。どうやら僕の勘違いだったようだ。お義母さんと腕を組んで歩いているのは大丈夫って事だ。安心しました。
それよりも宝くじ……この前ロト6当たったけどそれじゃないよね。……金曜日は確かロト7の当選日だ!! 僕と葉月ちゃん、お義母さんの3人で買ったのだ!!!
「やっと思い出しましたね。ロト7の1等が出たんです。キャリーオーバーで27億円らしいですよ」
「しゅごい……」
キャリーオーバーで27億円だけど、1口で貰える最高は10億円だった気がする。そもそも10億もあったら何が出来るのだろうか? 葉月ちゃんにエッチな服をたくさんプレゼント出来そうだぞ。やばい、混乱してきた。
「WEBで調べて当選番号を見たんですが……先輩、1等が当たってたんです」
「……ええぇ」
やっぱり当たってたのか。ロト6が当たっていたからもしやと思ったけど、本当にロト7も当たっていたなんて……。僕はあの日、神様のお導きでレンタルスキル『
「葉月から聞いたが、薫くんに言われた番号を買ったそうだね。もしかして占いに出ていたのかね?」
「えっと……そんな感じです」
「やはりそうか! この前の電車の件も助かったよ。あの日の路線は一日中遅延していて、しかも私が乗ろうとしていた時間帯では人身事故が発生してまったく電車が動かなくなったそうだ。迂回路も無かったから、乗っていたら悲惨な事になっていたよ。ありがとう」
「お役に立てて良かったです」
以前お義父さんを占った結果、電車の乗らない方が良いという内容だったのだ。占いを信じて車で移動したため、大事な打ち合わせに間に合ったそうです。良かった!
「薫くんおまたせ~。夕飯の余りでごめんなさいね~」
「ありがとうございます!」
お義母さんが夕飯の残りという揚げ物盛り合わせを持って来てくれました。カツやエビフライ、コロッケまであります。お味噌汁もあるし、最高だね!!
「食べながらで良いから、大事な話をしよう」
僕はエビフライを咥えたままお義父さんの方へ向いて頷いた。タルタルソースと中濃ソースを掛けたエビフライは最強だった。小市民の中野家には、タルタルソースなんていう贅沢品は常備されていなかったのです。
「調べたところ、1等の当選者は3口と出ていた。つまり、君たちが27億もの大金を手にしてしまった事になる……」
「もう良く分からない金額ですね……」
「金額が大きすぎて良く分からないわね~」
僕も金額を聞いてもサッパリです。それよりもこのエビフライは尻尾まで食べたほうが良いのかを考えていた……。よし食べちゃおう!!
「……先輩、エビフライの尻尾は食べなくても良いですよ?」
「えっ!? 食べないのか……」
どうやら黒川家ではエビフライの尻尾は食べなくて良いらしいです。僕は食べるけどね!!
「まあつまり、高額当選の危険性は重々分かっていると思うが気を付けて欲しいというのが1つ、そしてこっちが本題なのだが……」
お義父さんが赤ワインを一気に飲み、僕の方を向いて真剣な表情になっている。この状況はエビフライなんて食べてる場合じゃない! 僕も姿勢を正し、お義父さんの目を見つめた。
「薫くんも葉月も大金が手に入った事になる。それでその……」
お義父さんは何か言いにくいのか、眉をひそめて悩んでいるようだ。僕と葉月ちゃんが大金を持つとどうなるのだろうか……?
「もうパパったら。ごめんね薫くん、パパは二人が大金を手にしちゃったからこの家を出て行くんじゃないかと心配しているのよ~」
「えっ?」
言われて初めて気が付いた。僕と葉月ちゃんが大金を手にしてしまったからには、自分達で家を手に入れる事も可能なのだ。この家と遜色のない立派な豪邸だって選択肢に入るのだろう。そういえばお義父さんには僕が2億円当たった事を伝えてない気がしてきた。だから気にしていたのか……。
「……先輩、二人でどこか家でも買いますか?」
葉月ちゃんが不安そうに見つめて来る。僕は神様に誓ったのだ。葉月ちゃんを不安にさせる事をしないと! だから僕の答えは決まっている。
「そんな事、考えたことも無かったよ。追い出されるまで居させて下さい!」
「そうか!!」
「だから言ったでしょパパ~」
「お父さんは心配し過ぎです」
僕の返事を聞いて、みんな笑顔になった。特にお義父さんは不安そうな顔から一転、今まで見たこともないようなニコニコの笑顔です。そっか、これがお義父さんも呼んだ大事なお話だったのか。最初はビックリしたけど、お義父さんも僕を家族として見てくれている、一緒に暮らしたいと思っているのだと実感して嬉しくなってしまった。
「よし、良いお酒があるんだ。飲もう!!」
お義父さんは余程嬉しかったのか、自室へ向かってしまった。お義父さんが戻って来るまでの間、お義母さんが事情を話してくれた。
「私が宝くじの結果をパパに言ったら、すぐに会社から帰って来たのよ。それで3人とも当たってるって分かったら急にソワソワしちゃって。……それで薫くんの気が変わっちゃうんじゃないかって心配してたのよ」
「お金はありがたいですけど、僕も葉月ちゃんもこのお家で過ごす事が幸せなんだと思ってます」
「……先輩」
「うふふ、葉月ちゃんは良いお婿さんをゲットしたわね~」
葉月ちゃんの方を向いてみたら、嬉しそうに笑っていた。僕もこんな葉月ちゃんと一緒になれて幸せです。
「でも、先輩は大金を手にしたので何でも出来ますよ? たくさんの女性を囲ってハーレムだって出来ます。本当に私で良いんですか?」
幸せをかみしめていたら、葉月ちゃんがからかうように言ってきた。これだけの大金があれば、女性にも困らない爛れた生活が出来るだろう。まさにラノベのハーレムのように。でも、どんなに大金が有ろうとも葉月ちゃんの愛は買えないのだ。
それに僕は最初の頃から神様に金運アップを望んでいたが、クリスマスプレゼントとかデート代の足しになるくらいの金額が得られれば良いなってくらいの気持ちだった。しかし望んだ結果がこの大金で、ちょっと神様は匙加減を間違ってしまっただけなのである。
「僕は宝くじが当たる前から、葉月ちゃんしか考えられないよ。他の女性とか、考えた事も無かった」
僕の言葉を聞いた葉月ちゃんが、返事の代わりにキスをしてくれた。お義母さんが目の前にいるけれど、もう気にしません!
「あらあら、羨ましいわ~。でもでも、男の人って綺麗な女性に迫られるとすぐにコロッと行っちゃうから、葉月ちゃんも不安よね~」
「う……そう言われると不安です」
「ぼ、僕は大丈夫です!」
お義母さんやめてください、葉月ちゃんに変な事を吹き込まないで下さい! 僕は必死に違うと伝えたかったが、伝わっていないようです。それより僕の味方はどこですか? お義父さん何してるの早く帰ってきて~!
「そんな葉月ちゃんに良いものをプレゼントしちゃうわ~。はい、どうぞ」
お義母さんが葉月ちゃんへ一枚の紙とペンを渡していた。どこから出したんですかその用紙? そして葉月ちゃんが必死に何かを書き出した。チラッと見たけど、婚姻届って書いてあったよ……。
「必要になるだろうと思って貰って来たのよ~。結婚記念日は二人で相談してね。私たちは提出日を結婚記念日にしたのよ~」
葉月ちゃんが書き終わったようで、僕に席を譲って来た。その目は真剣で、早く座って書けと言っているようだ。僕の席にはまだ夕飯の揚げ物盛り合わせがあるのでした。
もうご飯を食べてる場合じゃないと思い、葉月ちゃんが座っていた席に座り婚姻届に名前とかを書き込んでいく……。
別に嫌な訳じゃなく、急過ぎて驚いてしまっただけである。葉月ちゃんが卒業してからだと思ったけど、数か月早まっただけです。これによって葉月ちゃんの不安が解消されると言うのなら、何枚だって書きます!!
「月曜日になったら一緒に提出しに行こう。それと、指輪買いに行こうね」
「ふふ……ありがとうございます先輩」
書き終わって葉月ちゃんへ渡すと、お返しにキスをしてくれた。まだ捺印してないから未完成だけど、今はこれで良いのです。
僕が座っていた席に葉月ちゃんが座り、揚げ物盛り合わせをあ~んして食べさせてくれた。それよりもお義父さん、いつ帰って来るの?
もうすぐ僕は、黒川家の人間になるのだ。
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