第37話 それが罰ですか?
「じゃあそろそろ始めたいとおもいま~す! 第1回薫くんの浮気裁判で~す♪」
「……ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が止まったかと思った。
正面にいるお義母さんはニコニコの笑顔を浮かべ、楽しそうにしている。そして横にいる葉月ちゃんを見ると、こちらもニコニコの笑顔だ。そっか、冗談か……。
「えー、葉月ちゃんからの情報によると、被告人の薫くんは今日のお昼頃にエッチなお姉さんと浮気していると聞きました。間違いありませんか?」
いや、冗談じゃなさそうだ。早いところ弁解せねば!!
「ぼ、僕は浮気していません! 葉月ちゃんだけを愛しています!!」
「あら~? 薫くんは否定してますよ~。葉月ちゃんの嘘なのかしら~?」
「ふふ……先輩、証拠ならあります。これを見て下さい
葉月ちゃんは自分のスマホを取り出し、何やら画像をお義母さんに見せている。どうやらお義母さんが裁判官らしいです。
お昼に玲子さんが送った僕の画像かな……。いや確かにちょっとグラビアアイドルの写真を見てたけど、それだけで浮気というのは許して欲しいです。
「あらあら~! 薫くんのだらしない顔の写真ね~。それでこっちの写真は……キャー! エッチな女の子じゃな~い」
うう……。お義母さんからエッチな女の子の写真と判断されてしまった。弁解せねば!!
「ち、違うんです
「……先輩、じゃあなんでそんなだらしない顔をしているんですか?」
「そ、それは……」
マズいぞ。さすがにこの水着を着た時のエッチな撮影風景を鑑定で知ってて、それを妄想していたなんて言う訳にもいかない……。
「うふふ~。薫くんに反論はありますか~?」
「え、えっと。すいません。僕がエッチな写真を見てだらしない顔をしていました……。でも浮気じゃないんです!!」
「う~ん、薫くんも若いからしょうがないわよね~。でもでも~、昨日婚約したばかりなんだからそういうのは良くないと、お母さん思うわ~」
「す、すみません……」
そうだよね。昨日僕はこのお義母さんに向かって娘さんと結婚させて下さいって言ったばかりである。それなのに、その信頼を裏切るような事をしてしまった……。反省しなきゃ。
「じゃあ葉月ちゃん、薫くんにどうして欲しいですか~?」
葉月ちゃんからどんな罰が待っているのだろうか。でも僕が悪いんだから、どんな罰も甘んじて受け入れる所存です!
「も、もっと先輩と一緒に居たいです。ギュッと抱きしめたり、キスしたり、その……いっぱいしたいです……」
「葉月ちゃん……」
僕ももっと葉月ちゃんと一緒に居たい。朝から晩まで、ずっと一緒にイチャイチャしたい。葉月ちゃんも同じ気持ちだったのか……。
「は~い! じゃあ私が判決を下しま~す。私の判決は絶対ですよー? 薫くんも葉月ちゃんも私の判決を守れますか~?」
「は、はい!
「わ、私も誓います」
いつもと違う雰囲気のお義母さんは、迫力があった。笑顔だけど、目が笑っていないのだ。もしかしたら、すごく怒っているのかもしれない。
鍋から出る湯気が、お義母さんの笑顔をより一層怪しくする。僕は、一体どうなってしまうのだろうか……。
「判決は……」
「ご、ゴクリ……」
「うぅ……」
お義母さんが無駄に長い溜めを作っている。早く判決を言って欲しい。そんな嘗め回すようの視線を向けないで欲しいです……。
「薫くんは明日からこのお家に住んでもらいま~す!!」
「えっ!?」
「先輩と同棲ですね!!」
明日から、このお家に住むの? 僕が? え、ちょっと待って、流れが速すぎてついていけないぞ……。
ふぅ、落ち着くんだ。内容を整理してみよう。グラビアアイドルの画像を彼女に見られたら、彼女の実家に住むことになった。うん、訳がわからないね。
「え、えっと、さすがに急にここに住むのは……」
「あらあら~? 薫くんのさっきの言葉は何だったのかな~?」
「そうですよ先輩、さっき誓ったじゃないですか!」
まさかこんな事になるなんて思わないよね? 安易な気持ちで誓っちゃだめだと分かりました……。
「薫くんのお家に葉月ちゃんが住むのは難しいでしょう? 何より、葉月ちゃんは家事がまだまだ慣れてないから、大変よ~」
「そうですよ先輩、私いま家事のお勉強を頑張ってるんです。先輩が居てくれたらもっと頑張れそうです!!」
「葉月ちゃん……」
良く考えてみよう。今のボロアパートに葉月ちゃんと住むのは物理的に無理だ。狭すぎる。こんな広いお家に住んでるお姫様を迎え入れる訳にはいかない。
打開策としてもっと広いお部屋に引っ越す事を考える……。
頭の中で引っ越しの考えが纏まる前に、お義母さんから言われてしまった。この言葉を聞いたら、もう僕には断れないな。
「お母さんね、この広いお家に一人になっちゃうの。パパは仕事が忙しくて週末くらいしか帰って来ないし、葉月ちゃんが出て行ったら本当に一人になっちゃうわ。お母さん、すごく寂しいの。だからね薫くん、一緒に住んでくれないかしら……」
「お義母さん……」
今まで見たことのない、悲痛な表情を浮かべるお義母さんの顔を見た瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。僕はこの人に、なんて悲しい思いをさせてしまったのだろうか。
僕が葉月ちゃんと二人暮らしをしたいと思ったのも、イチャイチャするのを見られるのが恥ずかしいとか、そんなちっぽけな理由だった。
家族3人で仲良く過ごすこの家庭を引き裂いてまで、僕は二人暮らしがしたいのか?
この優しいお義母さんを一人ぼっちにしてまで、僕は二人暮らしがしたいのか?
一人ぼっちの辛さは僕が良く知っているじゃないか。大学に入ったばかりの事を良く思い出せ!
修二と玲子さんに出会い、葉月ちゃんと出会った。それから今日まで、たくさんの良い人達に囲まれて満たされてしまったのだ。僕はもう、この状態から一人ぼっちにはなりたくない。
だから、お義母さんを一人ぼっちにする訳にはいかないじゃないか!
僕はお義母さんの顔をしっかりと見つめ、気持ちを伝えた。
「僕をこのお家に住まわせて下さい!」
「先輩……!」
「……本当に良いの?」
お義母さんが手を口に当て、目に薄っすらと涙を浮かべて驚いている。やっぱり不安だったんだろうね! ここはビシッと安心させる事を言わないとダメだよね。
「明日から荷物を取ってきます。家も今月で解約しますので、お部屋の方、お願いします!」
僕はお義母さんに向けて頭を下げた。僕は明日からこの家に住み、葉月ちゃんと家族になるのだ。
「うふふ、嬉しいわ~。お部屋は任せて頂戴ね。使ってない大部屋があるから、そこで葉月ちゃんと一緒よ。葉月ちゃんも荷物の整理をしましょうね~。あ、もちろん防音もしっかりしてるから、エッチしても声は漏れないから安心してね♪」
「分かりましたお母さん、今日から荷物移します!」
「は、はい……」
葉月ちゃんと二人部屋か……。エッチの話までされてしまった。やっぱり葉月ちゃんのお母さんなんだなって思った。
「さぁお鍋がいい感じだから食べて頂戴ね~♪ あ、私はちょっとパパに電話してくるから、お先にどうぞ~」
ルンルンな感じで奥の部屋に移動するお義母さんを見た瞬間、もしかして最初からこの流れが出来ていたんじゃないかと思ってしまった。
遠くから、微かにお義母さんの話し声が聞こえる。作戦成功とか不穏な単語が聞こえたような気がしたが、聞かなかった事にする……。
「どうぞ先輩、今日は海鮮鍋ですよ~。このカニとか身がギュッと詰まってて美味しいですよ」
「あ、ありがとう葉月ちゃん……」
葉月ちゃんが器によそってくれました。立派なカニの足が美味しそうです。こんな立派なカニなんて食べた事ないよ……。このお家に住まわせて貰うのに、家賃とか幾らくらい入れれば良いのだろうか?
カニの身をモキュモキュと食べながら明日からの事を考える。ここから大学に通うとして、服や勉強道具くらいあれば良いのか? 家電とかは必要無さそうだし、もしかしてあんまり荷物ないかもしれないぞ……。
「先輩、明日は私も一緒に行って荷物運ぶの手伝いますね」
「ありがとう葉月ちゃん。とりあえず洋服とか最低限必要なものを持ってこようと思ってます」
しばらく葉月ちゃんと予定を話し合っていたら、お義母さんが戻って来た。すごい笑顔でルンルン気分です。
「パパも喜んでいたわよ~。あと家具とか必要な物があったら買って良いって♪」
お義母さんがどこからか
「薫くんも一緒にこれを飲みましょうね~。お鍋に合うのよ~」
「い、いただきます……」
濃い青の陶器で出来たお猪口を受け取り、これまた陶器の高そうな
お猪口を傾けて一気に口へ運びます。スッキリとしたフルーティーな香りが素敵な、上品なお味でした。
「飲みやすくて美味しいです!」
「ふふ……良かったわ~。息子と飲むお酒は美味しいわね♪」
お義母さんがご機嫌です。こんな美人なお義母さんに息子って言われるのはちょっと違和感があるけど、嬉しいな……。
「シメはラーメンにしようと思ってるの、いっぱい食べてね~」
「先輩は男の子なんですから、いっぱい食べて下さいね」
「が、頑張ります……」
鍋だけでもかなりの量があるけど、最後にはラーメンが待っているのか! 普段あんまり野菜とか食べてないから、食い溜めしておこう。
……最後に僕が買ってきたケーキを食べようという話になったけど、僕はお腹がいっぱいなので遠慮しておきました。葉月ちゃんがショートケーキ、お義母さんがモンブランを食べていました。残りは明日食べるそうです。
◇
夕食のお鍋をなんとか食べきってお腹を落ち着かせたところで、葉月ちゃんのお家の紹介になりました。
葉月ちゃんのお家は、なんと4LDKの豪華なお宅でした。今いる場所は玄関から入ってすぐのところにあるリビングルームで広さはどれくらいだろう、20畳以上ありそうな広い空間です。リビングの西側には、これまた広々としたキッチンがあります。
リビングを出て廊下に入り西側に進むと、正面突き当りにあるお部屋に案内されました。ちなみに、このお部屋の位置から北側に向け、4部屋あるそうで、お隣が葉月ちゃんのお部屋で、一番北側がご夫婦のお部屋だそうです。
部屋に入る途中、部屋の正面に洗面台とトイレ、お風呂がありました。
「ここが明日から住んでもらう薫くんと葉月ちゃんの愛の巣よ~♪」
お義母さんがご機嫌な様子で案内してくれた部屋に入って見ると、軽く10畳を超えていそうな広いお部屋の真ん中に大きなダブルベッドがありました。つまり、明日からここで葉月ちゃんと寝なさいという事ですね。
大型のテレビやクローゼットなどが備え付けられているけど、ソファーとかテーブルは無いので家具は最低限な感じです。僕の部屋と比べるのもおこがましい立派なお部屋です。もし僕がこの部屋と同じような部屋を別のどこかで借りた場合、いったいどれだけの家賃が必要なのかと考えてしまった。うん、僕が
「……先輩、このお部屋で良いですか?」
「こんな立派なお部屋、僕には勿体ないくらいだよ」
窓からは大パノラマのキレイな夜景が見え、この大きな窓がモニターなんじゃないかと思わせるすごい迫力だった。普段からこんな景色を見ているお姫様に、下手な高級レストランから見える夜景を見せても感動して貰えない気がする……。
やはり、ごく一般的な庶民である僕には立派すぎるお部屋でした。よし、うちの両親と顔合わせをする時はこのお家に呼ぼう。超庶民的なうちの両親がこのお家を見たら、きっと縮こまって何も言えず、スムーズに話が進む気がしてきたぞ!
「ソファーとかテーブルが欲しいですね。お母さん買っていいですか?」
「ええ良いわよ~。週末にみんなでお買い物に行きましょうか!」
「先輩の予定はどうですか?」
今週の金曜日から紫苑さんのところでアルバイトが始まるのかな? そうなると金曜日の喫茶店のアルバイトは外して置かないとダメそうだ。忘れないようにしないと。
土曜日は特に何も無いけど、日曜日は喫茶店で午前中はアルバイトだ。
「えっと、土曜日なら大丈夫かな」
「それなら土曜日にお買い物行きましょうね!」
葉月ちゃんの笑顔が眩しいです。僕もニコニコ笑顔で頷いておきます。明日からここで葉月ちゃんと暮らすのか。不安に思ってたけど、ちょっと楽しみになってきた。
もう良い時間なので今日はこれで帰ることにします。帰ったらお引越しの荷物とか整理しないとな。あと、色々と手続きもしないとダメだよね。やる事がいっぱいだ。頼んだぞ、未来の僕。
◇◇
葉月ちゃんのお家からの帰り道、一人でボロアパートに向かいながら今日一日の事を考えて見る。グラビアアイドルの画像から浮気裁判と慌ただしい一日だったが、浮気裁判を回避するような運勢は出ていなかった。
僕の今日の運勢は、『平和な一日になるでしょう♪』って書いてあった。その結果、同居が決定してしまいました。以前僕の自己紹介文を見た時、葉月ちゃんのお家に同居が良いという文面があった。だからきっとこれが神様の言うベストな結果なのだろう。
そして今日のような一日は、平和の一言で片付けられるくらい当たり前の日常になると言う事か……。
でも今回の同居の話が無かったら、なかなか先に進めなかったと思う。そう言う意味では、お義母さんの提案は良かったのだ。
駅前の広場がイルミネーションでライトアップされている。周りにはカップル達がイチャイチャしており、僕は寂しさを覚えた。カップルを眺めるのも悲しいので、親父に電話しよう! 面倒くさい事はさっさと終わらせようと思います。
スマホを取り出し、約1年振りに親父に電話を掛けた。
「もしもし……」
『おお薫、どうした?』
久々に聞いた親父の声は、特に変わっていなかった。きっと元気なのだろう。
「年明けの帰省はちょっと遅れるかもしれないから言っておこうと思ってね」
『気にするな。そう言えば日向の事は聞いたか? そっちの方が大変だ』
そうか、兄貴は天王寺家に居候しているからお正月とかどうするんだろう。今度聞いてみよう。でもまあ、楓さんとラブラブだし変な事にはならないだろう。
「あー、兄貴は大丈夫だよ。幸せにして貰えるから。それよりさ、引っ越しをしようと思ってます」
『引っ越し? こんな時期にか』
「うん……もう引っ越し先は決まってるから気にしないで。家賃も自分で何とか出来るからさ。今月中に出て行くから、アパートの解約とか色々な手続きをお願いします」
思い立ったが吉日です。親父なら細かい事まで気にしないだろうし、きっと上手くいくだろう。
『分かった。まあ詳しくは正月に聞くからな。風邪ひかないように気をつけてな』
「うん、ありがとう。母さんにも宜しく伝えておいて」
そうして久しぶりの親子の会話は1分ちょっとで終わってしまった。やはり男同士の会話は短くて楽だ。
あ、結婚するって伝えてないや。しょうがないよね忘れちゃったんだから。頼んだぞ、未来の僕。
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