あいすくーる! - Sea Side -

01♨

第1話 玉崎しろみちゃん

 海辺を歩いていた。あの頃のように。


 ――


 未咲「みてみてれいかちゃん! 小さいかにがいるよ!」

 玲香「うん、すごいわね」


 この頃、すでに玲香ちゃんはクールキャラになりつつあった。


 玲香「わたし、かにより海のほうがすきかな」

 未咲「えっ、どうして?」

 玲香「大きいから。わたしなんかちっぽけにみえちゃって」


 おもえばこの頃から、玲香ちゃんは世界を見据えていたのかもしれない。


 玲香「気にしないで。さっきそっけない態度とっちゃったけど、関心がないわけではないから」

 未咲「よかった……思ったとおりの反応がもらえなくてさみしくて死んじゃいそうだったよ……」

 玲香「ふふっ、うさぎさんみたい」


 ――


 そんなことを回想していると、見たことのある顔がみえた。


 未咲「おや?」


 そう、この前ライブで激しく歌って踊っていた……。


 未咲「しろみちゃん……?」


 フルネームまで知ることはなかったけど、かろうじて思い出すことができた。


 未咲「ちょっと話しかけづらいな……でも見つけたから話さないわけにも……」


 ふつうのひとだったら遠慮しそうなところだけど、わたしは気にしない。

 思いきって話しかけることにした。


 未咲「すみませーん、もしかしてしろみちゃんですか?」

 しろみ「はい?」


 最初そんな返事をされたので、もしかして人違いかなって考えてしまった。


 しろみ「そう、ですけど……あなたは?」

 未咲「通りすがりのものです……って言いたいところだけど、この前ようやく念願だったあなたのライブを見に行けたひとです……ちょっとどころかかなり遅れましたけど……」

 しろみ「あぁ、そうだったんですね……なにかとお見苦しいところをお見せしてしまって……」

 未咲「いいんですいいんです! 最高でした!(?)」

 しろみ「あれを最高って言ってくれる人、あまりいなかったんですけどね……」

 未咲「そんなことないです! ほんとによくて!」

 しろみ「えっと……もちろんおもらしのところ、じゃないですよね……?」

 未咲「うっ……そこを突かれると痛いなぁ……」

 しろみ「やっぱり……そういう人ってじつはけっこう多いんです、わたしのファンに……わたしの前に出そうとしないだけで、それでもどうしたって感じますし……」

 未咲「人間だからしょうがないんじゃないですかね……わたしだって性欲おさえきれないことありますし……」

 しろみ「だとしても、四六時中だれかに気を遣いつづけなきゃいけない職業にあたってた身としては困ります……」

 未咲「そうですよね……夢見すぎちゃってすみません……」

 しろみ「それだけ夢を与えられたこと自体はうれしいんですけど、そういう人がいらっしゃると正直のところちょっと複雑です……ラストライブのあれだって、好きでやってたわけじゃないですし……」

 未咲「えっ、そうだったんですか? てっきりそうなのかと……」

 しろみ「実はあれ、スタッフに言われてやったことなんです……おもらし好きの、ちょっと困った人なんですけど……」

 未咲「それでしょうがなく、って感じですか?」

 しろみ「いえ、わたし自身はそこまでいやじゃなかったんですけど……どうしても大人の都合とかいろいろあってさせてもらえなくて……考えてみれば当然ですよね、大の人間が人前でそんなことしていいわけが……」

 未咲「ありますっ!」

 しろみ「ほぇっ?」


 急にがしっと肩をつかまれてびくっとなったしろみさん。目を大きくさせたかと思ったら、じわっと涙が浮かんできているように映った。


 未咲「ぜひですね、いまわたしの前でしてください!」

 しろみ「そ、それはちょっと……」

 未咲「大丈夫、あなたならできます! 最終ライブを見に行こったわたしだからこそ言えますっ!」

 しろみ「そ、そんな力こめて言われても……」


 このときすでにおもらししてそうだった。勘が冴えるわたしだからこそわかる。


 未咲「もうしたいんじゃないですか? いいですよ、してください!」

 しろみ「せっ、セクハラですよぉ……」


 言いつつ、そんなに嫌じゃない気がするのはどうしてだろう。わたしがこの子の思いをしっかり受け止めることができたからだろうか。


 しろみ「あの、もう出ちゃってます……えっと、聞こえてますよね?」

 未咲「わかってます! 見るだけでもわかります!」

 しろみ「あなたってもしかして相当なおもらしマニアなのでは……」

 未咲「自覚はあります! いまだになおってません!」

 しろみ「それもどうかと……」

 未咲「ふつうの人間なんてこんなものです! しろみさんが特別なだけで!」

 しろみ「そう、なんですかね……わたし、おもらしする人の気持ちってあんまりよくわからなくて……だけどあなたの前だと、なぜか安心しておしっこできます……」

 未咲「だから我慢できなくなっちゃったんですね! 興奮します!」

 しろみ「はうぅっ、しろみ困りますぅ……」


 ようやくアイドルっぽい部分が出たところで、とんでもない排泄音が聞こえた。


 しろみ「現役時代にできなかったこと、いま目一杯しちゃってる……はぁぁぁっ……なんてきもちいいっ……」


 それは現役引退という、ひとりの人間の解放によりかなえられた奇跡だった。


 しろみ「もう、こんなことしていいんだ……わたしと同じ雑誌に載ってた、うわさでは聞いてたあの子がやってたことも全部……」


 アイドルという輝かしい職業にながらくしばられつづけていた彼女にとってそれはひとつ苦しみだったみたいで、いくつも感情が溢れ出して止まらない。


 しろみ「もう我慢しない……人としてまっとうに生きられるくらいの羽目なら外せる……はぁ……わたし、ここまでほんとよく頑張ったんだなぁ……」


 それはおしっこにもよくあらわれていて、そう思っているように見えたときに強くなっていってるようだった。


 しろみ「みんな、ほんとにこれまでありがとう……」


 感謝という名のおしっこ。わたしにはそう見える。


 未咲「ぜんぶ絞り出せましたか? 現役の頃たまっていたものは……」

 しろみ「なんかその訊きかた、すごくえっちぃです……」


 耳まで赤くなってうつむくしろみさん。まだおしっこが溜まっていたらしく、わたしの目の前からちょろちょろと聞こえていた。


 しろみ「座っていいですか? まだおしっこしたくて……」

 未咲「あっ、うん! そうだね、座ろ!」


 しろみさんはたしか年下だったから、この話しかたでも許されるかなって思った。


 しろみ「なんとお呼びすれば……そういえばお名前聞いてなかったですよね」

 未咲「わたしのことは『未咲』って呼んでね。入野 未咲っていいまーす。『野に入る』って書いて『しおの』って読むよ。下の名前は『まだ咲かない』って書くんだ」

 しろみ「未咲さん……現在おいくつなんですか?」

 未咲「えっとねー……しろみちゃんよりふたつ上くらいかな」

 しろみ「じゃあ、そんなに変わりませんね。わたし、小さい頃からアイドルやってまして、つねに大人にかこまれてて同年代くらいの子のほうがめずらしくて……」

 未咲「そっかー。でもわたしの前だとそんなこと気にしなくて済むね」

 しろみ「そうですね……気持ちいいおしっこもできましたし」

 未咲「そうだよねー……えっと、もしかして、また我慢しちゃってるかな?」

 しろみ「あっ、いえそんなことは……ただ、やっぱり急に恥ずかしさがこみあげてきちゃって……あの、続きしてもいいですか?」

 未咲「大丈夫、誰もがとおる道だと思うから。ここなら誰もこないし、もし何かあったらわたしがしろみちゃんから守るよ。それでいいかな?」

 しろみ「なら安心ですね。おもらしに安心もなにもないと思いますけど……」

 未咲「うーん、そうかなぁ……」

 しろみ「未咲さんは平気なんですか? おもらししたあとって冷えちゃうじゃないですか。それにどうしたって恥ずかしいですし」

 未咲「それはあるけど、出してるときはそんなこと考えないような……とにかく気持ちよければそれでいいんじゃないかな」

 しろみ「未咲さんは自由でいいですね……社会的にちょっとあぶない気がします……」

 未咲「なっ、失礼な! これまで無傷だよ!」

 しろみ「なんか傷つけてしまったようで申し訳ないです……あの、おしっこするので許してもらえませんでしょうか……?」

 未咲「……わたしのほうこそ気を遣わせちゃってごめんね? 見せてみせて?」

 しろみ「うーん、未咲さんってやっぱりちょっと変態ちっくな気がします……」

 未咲「年てきに後輩のおもらしなんてそうそう見られないから、ね……?」

 しろみ「……やっぱりちょっと待ってもらっていいですか?」


 おもらしのタイミングが長引いた。わたしのせいだ。


 未咲「これほんとしろみちゃんが現役バリバリだったらファンからねたまれ放題だったかも……いまもちょっと怖いな……あとわたしそんな詳しくないし……」

 しろみ「いいんです……一度でもファンになってくれたら、わたしはそれで十分しあわせなので」


 ことばだけじゃないなにかを感じる。しろみちゃんの強さを見たというか。


 未咲「では、どうぞー」

 しろみ「やっぱりまだちょっとしこりが残ってそうなんですけど……しかたありませんね。かわいい先輩のためにわたしがひと肌ぬぎますっ」


 ふくれっ面でおもらしするという、ちょっとおもしろいことになってしまった。


 しろみ「もー大変ですよ……こんなことならアイドルしなきゃよかったです……」


 言いつつ、そろっとのびていく利き手。これはいうまでもなく興奮してきちゃったということで。


 未咲「あー待って待って。わたしそれする!」

 しろみ「未咲さんにまかせるとジェットコースターになりそうで怖いです……」

 未咲「そこはなるべくメリーゴーランドになるよう努めますっ」

 しろみ「はぁ……」


 期待値は低い。初対面でここまで下げさせる人もあまり見ない。


 未咲「いくね?」

 しろみ「うん、どうぞ……」

 未咲「にししし……」


 返事まで雑になる始末。次にどんな反応するのかも知らずに……。


 しろみ「?!」

 未咲「(おっ、中指のおなかでかるく上になぞっただけでこの反応……この子なかなか……)」


 男の人が思い描きそうな想像で乗りきれる気がしてしまい、舞い上がる。


 しろみ「まってください、未咲さんっ……」

 未咲「おっと、始めたからにはとめるわけにもいかないなぁ」

 しろみ「ちょっと、こんなことするなんて聞いてないです……っ!」


 しろみちゃんにはこの手が有効かなって思った。同年代の子にはないところから攻めていこうとなぜだか思って、それが的中した。


 しろみ「わたし、たしかに刺激を求めて日々生きてましたけど……ここまでされるとさすがにおかしくなっちゃいます……!」

 未咲「いいんだよ、おかしくなっちゃって……つらかったでしょ?」

 しろみ「つらかった、です……うわぁぁぁぁぁん!」


 泣きながら喜んでいる。わたしは心の声まで読めてしまった。


 しろみ「オ〇ニーも禁止っていわれて……アイドルはそんなのご法度だろうって……その気になったらこっそり角におまたこすりつけてやり過ごしてて……」

 未咲「……遊びの範疇だって言ってごまかしたんだよね?」

 しろみ「はい……そのようにインタビューに書かれてそれがまたつらくて……だいいち現代にそんな記事を書く記者がいることに愕然としてしまって……あはーはーはーっ!」


 涙が止まらなくなってしまっている。その後の顛末はニュースで知っている。


 しろみ「法的に対処してくださった事務所の方々がなにより心強くて……わたし、わたし……感謝の思いを、ラストライブでああいう形で表現したかったんです」


 感情失禁。そんなことばを聞いたことがある。

 気持ちがあふれてどうしようもなくなったとき、人はこうなるらしい。


 しろみ「だから、そこまで待ってくださったファンのみなさんには特に感謝してもしきれなくて……わたし、ほんとにここまでやってきてよかったなって思えたんです……」

 未咲「そうだったんだね……つらかったね……」


 涙をぬぐったり、あそこをいじったり。抱きしめたりして気持ちを落ち着かせた。


 しろみ「気持ち悪くないですか……わたしのおしっこ?」

 未咲「ううん、全然。そんなことを思う人たちがおかしいだけだから」

 しろみ「そうですよね……わたし、何も間違ってないですよね……?」

 未咲「間違ってない、と思う……」

 しろみ「なんでちょっと自信なさげなんですか……未咲さんだって、こういうこといっぱい経験してきてるはずですよね?」

 未咲「そうなんだけど、今後しろみちゃんのことを嫌いになるときがくるとも限らないから……」

 しろみ「なんでそんなこというんですか……わたし、ほんとにつらくて……」

 未咲「もちろんわかってるよ。だけど未来のことなんて誰にもわからないから」

 しろみ「じゃあまず先に、わたしが好きになっていいですか? 未咲さんのこと」

 未咲「うん、そうしてくれたほうがわたしのためかな」

 しろみ「決めました。わたし、これから未咲さんをたよりに生きていきます」

 未咲「いいよ……ん?」


 ちょっとした疑念が生じた気がするけど、わたしには進くんという人が……。


 未咲「ごめん、ひとついい?」

 しろみ「なんですか?」

 未咲「わたしね、大切な人がいるの」

 しろみ「それってどういう……」

 未咲「もうつきあってて。進くんっていうんだけどね」

 しろみ「進くん……進くんってあの?」

 未咲「あぁ、やっぱり知ってるよね……そう、あの進くんなの」

 しろみ「どうやって出会ったんですか……?」

 未咲「なんかね、ほんとにちょっとしたきっかけで……それで……」

 しろみ「詳しく教えてくれないんですか、残念……」

 未咲「『あいすくーる!』のどこかに書いてるから、探してほしいな……」

 しろみ「知らないですよ、そんな作品……」

 未咲「そう? なんか悪いこと吹き込んじゃったね」

 しろみ「もういいですか? 用事を思い出しちゃって……」

 未咲「ちなみにしろみさんはこれから何をしていく予定なんですか?」

 しろみ「そうですね……俳人にでもなろうかと」

 未咲「はい、じん……? あの、家の中がぐちゃ~ってなっちゃってる?」

 しろみ「ちょっと違いますね……」

 未咲「じゃあじゃあ、『戦火にまみれて……』のあの?」

 しろみ「それは『灰燼』ですね……インテリタレント目指してたときに覚えました……」

 未咲「……これ以上いっても寒くなりそうだからやめとこっか」

 しろみ「そうしてください……さすがにわたし風邪ひいちゃいますから」


 すでに咳っぽいしろみさん。長年の疲れがいまどっと押し寄せてきてるのかも。


 未咲「あっ、そういえばしろみちゃん知ってる? うさぎの島があるってうわさ」

 しろみ「行ったことあります。ちょっと忙しくてうさぎさんがどこにいるか全然わかりませんでしたけど」

 未咲「いいよねー、あのもふーっとしてるところとか! わたしも一回行ってみたいなーって思ったことはあったんだけど、まだ行けてないんだよね……」

 しろみ「退職したお金で行ってみましょうか? わたしの稼ぎでぜーんぜんまかなえますので」

 未咲「わー、その余裕ちょっとくらいわたしにわけてほしいなー……」


 ねたみっぽい感情が生まれるところだった。人はえてして違うもの。


 しろみ「あるいは未咲さんおひとりでどうぞ。わたしは飽きるほど行きましたから」

 未咲「えーっ、一緒にいこうよー。新たな発見があるかもしれないよ?」

 しろみ「だといいんですけど……」


 いつの間にか通じている気がした。涙も自然と止まっていた。


 未咲「ほら、笑顔になった」

 しろみ「意外と単純だったのかもしれません。未咲さんと出会えたことで、なにかが吹っ切れたような気がします」


 なにとはいわないけど、それも止まっていて……。


 未咲「ここに虹とかかかってたらきっと素敵なんだろうけど、さすがにそこまでうまくはできてないよね……」

 しろみ「そんなことありませんよ。ふたりのこころに虹がかかればそれでいいじゃないですか」

 未咲「いいこと言うねー。わたしそういうのもうぱっと浮かばないや」

 しろみ「これもバラエティなどで鍛えられた賜物です。わたしだってふつうに生きてたら少しくらい考える時間ができてしまいます」

 未咲「そういうものかぁ」


 しろみちゃんの内面が、ちょっと知れたような気がした。


 未咲「ちなみに次ぐちなみになんだけど、いまぱっと句をつくるとして、この『海』がお題で『~とかけまして』みたいな感じだとどんな感じになるのかな?」

 しろみ「ちょっとなぞかけ入ってませんか……? そうですね……『その態度 考えものです! 塩対応』とかでしょうか……」

 未咲「おっ、さすがアイドルだねぇ」

 しろみ「潮のことを英語で "tide" っていうじゃないですか。それにかけたつもりなんですけど、わかりづらかったですかね……? あとさりげなく『そのたいど』と『しおたいおう』で韻を踏んでたりします。やっぱりヘンですかね……」

 未咲「そんなことないよ! よくできてたと思う! そういえば英語の授業のとき、わたしのことじゃないけど覚えた記憶あるなぁ」

 しろみ「音が『しお』ですもんね、反応するのも無理ありません……なんで『潮』の字じゃないんですか?」

 未咲「これに関しては詳しいことはわかってないらしいんだよね……名前の由来っておいそれと探っちゃいけないものだって親にも言われた気がするし……」

 しろみ「現在ネットが発達してるんですし、調べる機会はありましたよね?」

 未咲「そうなんだけど、どうしても言いつけが……そうだね、いい機会だから調べてみよう!」


 そうして調べること数分……。


 未咲「なになに……もともと『潮』の字があてられたが、~昔の偉い人~が海水被害に遭い、それを嫌って『入』の字をあてた……これが有力そう……」

 しろみ「そうだったんですね……初耳です」

 未咲「なにせ世帯数が少ない苗字だからね……あまり知られてなかったかも」

 (※『あいすくーる!』のためにでっちあげたものであり、事実とはおおいに異なる場合があります。)

 しろみ「勉強になります……わたし、実はこういうのつけてて……」

 未咲「『出会いのーと』? なんか、ノートがひらがなになってるのかわいいね」

 しろみ「こっ、これはわたしがカタカナの書きかたを忘れるくらい忙しかったときに書いたものですから……と、言い訳はさておいて……そうなんです、なにか面白い発見とかをしたときに、話のネタに使えないかなってずっとつけてたものなんです」

 未咲「えらーい。わたしそういうのはじめてもすぐやめちゃうから……」

 しろみ「さすがに畑が違いますので……」


 なんか、ちょいちょい癪にさわりそうなことばが聞こえてくる気がする……。


 未咲「なにそれ、わたしが凡人だって言いたいの?」

 しろみ「あなただってさっきばかにしましたよね? わたしのこと」

 未咲「それに関しては謝ります、申し訳なかったです……」

 しろみ「いいんです、わかってくれれば」

 未咲「なーんかもやっとするなぁ……なんだろう、立場の違いからとかかな?」

 しろみ「それは多少あるかと」

 未咲「うらやましいなぁ、アイドルさんは……」

 しろみ「未咲さんはそういう夢とかなかったんですか?」

 未咲「なかったねー、玲香ちゃんと一緒にいれればそれでいっかって思ってたし」

 しろみ「れいかちゃん、ですか?」

 未咲「そ。わたしの大切な幼馴染」

 しろみ「それなら、夢なんかなくてもしあわせですね」

 未咲「そうかもしれないね」


 玲香ちゃんとあそべるだけでたのしかった。それでよかった。


 しろみ「それから、モデルの子と同棲したって」

 未咲「ねー、何がおこるかわからない世の中だよ~」


 口をアラビア数字の三の字にして、わたしなりの幸せアピール。


 未咲「しろみちゃんにもこれからなんかしあわせなこと、起こるといいよね」

 しろみ「期待しながら生きていきます」


 ひょいっと立ち上がったのはしろみちゃん。まだ身軽だと思った。


 しろみ「わたし、まだここまで踊れます!」

 未咲「よっ、待ってました!」


 そしてラストライブでもやってくれた『ミラクルオトメ~』の曲をやってくれた。


 しろみ「……どうですか?」

 未咲「うん、あの頃のまま!」

 しろみ「やめて間もないですし、あの頃って言えるほど時間も経ってません……」

 未咲「そうだっけ? まぁ細かいことはいいよね」

 しろみ「わたしにとっては大問題ですけどね……」


 なかよく手をつないだりして、途中まで歩いた。


 しろみ「では、わたしはこのへんで」

 未咲「わたしも。また逢えるといいね」

 しろみ「連絡先とか交換しなくていいですか? なんか寂しくなりそうで……」

 未咲「いいのいいの。いつでも会えるって思ったらそれこそ大問題でしょ?」

 しろみ「さすがによくわかってますね……やっててよかったです……」

 未咲「じゃあ、またどこかで!」

 しろみ「さよならです」

 未咲「あっそうだ、しろみちゃんのフルネームって何?」

 しろみ「玉崎たまさきしろみ、です。それでは」


 笑顔のまま、ふたりは背を向けた。

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