ダムの堤が決壊する日

烏川 ハル

第1話

   

 心地よい秋晴れの週末。

 私は隣県まで足を伸ばし、観光地にもなっている藍乃辺ダムを訪れていた。

「ほう……」

 展望台の上に立つと、思わず感嘆の声が漏れる。

 山奥の深い緑に囲まれた藍乃辺ダム、とガイドブックに書かれているように、季節によっては一面の緑が広がっているのだろう。しかし今は紅葉シーズンであり、赤く色づく中にとどまる緑が混じって、両者のコントラストが期待以上の美しさを描き出していた。

 視線を手前に戻せば、ダムの放流口から流れ落ちる水の姿。ダム湖の水と同じはずなのに、あちらは青くて、こちらは白く見える。

 水飛沫と共に、清涼感も伝わってくる。ダムそのものは自然ではなく人工物のはずだが、それでも大自然の美しさや荘厳さを感じさせられた。

 単調なゴーッという水音も耳あたりが良くて、いつまでも聞いていたいほどだ。しかし、ただダムを見るだけが今日の目的ではないのだから……。

 一人で佇んでいたのは、ほんの十数分。展望台からの眺めを堪能した私は、再び歩き出すのだった。


「いらっしゃいませ」

 こざっぱりした店員に迎えられて、小さなレストランに入っていく。

 藍乃辺ダムの観光客を目当てにした店なのだろう。満員というほどではないが、店内はかなり賑わっていた。

 私が案内されたのは、窓側の小さなテーブルだった。ここからでも藍乃辺ダムは見えるけれど、窓ガラス越しのダムは小さく感じられて、実物らしさが薄い。むしろガイドブックの写真みたいだった。

「ふふっ」

 軽く微笑んだ私は、メニューを開く。

 レストランに来たのだから、大切なのは食べること。外の景色は二の次だ。

 そう思ってメニューを見ていると、私の耳に聞こえてきたのは……。

   

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