第9話「ジュリアーナ姫の素顔」

 とりあえず、パレード後に再び集まることにし、その場での話し合いは解散となった。意気消沈した二人の思考はとまり、いくら時間をかけてもいい案が思い浮かばないことは明白だったからだ。

 天井に開いた焼け焦げた穴はユーファが後で修理を手配してくれることとなり、ジュリエッタは迷惑ばかりかけている現状に更に落ち込んだ。



 ――ジュリエッタは魔術師であったが、同時に魔法使いでもあった。

 魔術は世界の循環にオドで介入し、変化を起こす技術であるが、魔法はまた異なる。

 魔法は創造神から与えられた神へ届く御業、と呼ばれていた。通常の魔術では絶対に実現できないような自然法則に反した事が出来る方法。魔法は血で継がれるとされ、トリスメギストス家に長らく伝わってきた。だからこそ、ジュリエッタも、そして姉のアルマも魔法が扱えたのだ。

 人を癒やす、壊れた物を直す、そして人を若返らせる。そういった魔法をジュリエッタは扱うことが出来た。『時間』に干渉する魔法。触れたものの時間を逆転させることが出来る。


 ユーファが去った後、ジュリエッタは一人、天井の焦げた穴に触れた。


「『神の御業よ、我が血肉と祈りによりて顕現せよ。円環を辿り、時を還し、この過ちを神の御許へ送還せん。珪砂をオリフィスへ戻し、針を逆巻に進ませ、人知の先をここに――返戻リターン』」


 ――変化はない。


 時間魔法は魔術とは異なり、呪文詠唱によって空に表現するのではなく、触れた箇所から伸びるように魔法陣が描かれていく。流れ出る力を感じ取れない時点で、時間魔法の術は失われていた。それでもジュリエッタは諦めきれずに全てを詠唱したが、意味の無いものだ。


 時間は戻ることはない。時は進み、パレードは始まる。


 ――――――


 ――わ、私可笑しくありませんでしょうか、これで大丈夫でしょうか!?


 鎧を身につけたジュリエッタは、今まさにパレードを彩る騎士として城の前に広がる、大通りに配列していた。

 金属で覆われた身体は重いが、動けない程度ではない。慣れないだけで、具合を知れば走り回ることも可能だろう。それはジュリエッタが器用だからではなく、鎧が身体にしっくりきていたからだ。

 肩、腕、胴体。そして脚に至るまでプレートで覆われていたが、頭に兜は被っていなかった。一般の兵士は被っていたものの、隊長と副隊長各は表情を見えるようにされていた。

 他の都市からこのパレードのために集められたという他隊の面々も、それで誰が隊長、副隊長であるかが分かった。ユーファから教わったとおり、一般騎士を含めて女性が多く、隊長各では男はジュリエッタ以外誰もいない。副隊長に男性が一人居る程度だ。勿論、隊長兼副団長としてレアも参加していた。


 ――ユーファさんともお話しできませんし、緊張で吐きそうです……。


 隊長各の面々は、全て特に目立つ城前の大通りに集められていた。馬車が出て行くのを見守り、そして帰ってくるのを迎えるのだ。パレードが行われるルートには騎士達が配列しており、パレードに彩りを。そしてもしもの時の備えとして通りの両端に武器を持ち警戒している。

 ジュリエッタは騎士団長とあって、道の中央。正面から迎え入れる位置に立っていた。

 女王継承候補のジュリアーナ姫、その初めての披露パレードに民衆は沸いていた。

 大通りの両端には既に民衆が押しかけており、各々楽しげに語らっている。


「噂によると綺麗な方らしい」

「まるで女神のような姿だって」

「もの凄い魔術の使い手って聞いたわ」


 人々の声に混じり、ジュリアーナ姫の嘘か誠かも分からない話がジュリエッタの耳に入ってくる。

 どうやら、随分と民衆から期待されている姫のようだった。


 ラッパの音が鳴り響く。ジュリアーナ姫の乗った馬車が現れる時間だ。

 聞いていた手はず通り、塞いでいた大通りから端へと避け、馬車の見送りを行う。立派な馬と正装の御者、二頭の馬に引かれた馬車は金で縁取られ、精緻な模様と大きなトリスメギストス家の紋章が描かれていた。背の高いキャリッジは屋根がなく、そこにこのパレードの主役が存在していた。

 十代前半ほどの幼い身体に、白を基調とした瀟洒なドレス、布地にとけるような色素の薄い肌。ほっそりとした首元に、陽によって星のように煌めく金色の髪。緩く波打つその髪は、胸当たりまであり、羽のように風に浮かぶ。

 そしてその顔は――美しい模様が描かれた白いベールに覆われていた。


「ジュリアーナ様、顔を隠されてる」

「どうしたのかしら」

「今までずっと外に出てきていなかったけど、パレードでも顔を隠すのか」


 民衆のざわめきは、しかし音楽隊のリズムでかき消される。

 人々は近づいていく馬車を、そして直ぐに去りゆく姫に思い思いの声をかけたり、花びらを散らしていた。



 ユーファが心配しなくていい、と言った通り、ただ立っているだけだった。ジュリエッタにとっては、それでも初めてエヴァン・ナイトレイ団長としての職務に胃が捻られる気持ちだったが、流石に暫くすると胃も落ち着いてきた。

 ジュリアーナ姫を乗せた馬車は城の周囲を一周し、途中にある古くからある教会に寄り祈りを捧げ、戻ってくる。

 暫くして、民衆達のざわめきが大きくなり、馬車がやってきたことを知る。

 行きとは異なり、最初から道の両端で向かい入れる。音楽隊の演奏、馬が石畳を蹴る音、人々の歓声が近づいてくる。

 真っ直ぐと前を向いていたジュリエッタの視界に、キャリッジの先端が目に入る。

 ジュリアーナ姫が全く変わらぬ姿で座っていた――いや、その顔を、なぜかジュリエッタたちの方へと向けている。

 民草の投げた花弁が強い風に舞う。その瞬間、姫が付けていた白いベールが大きく揺れ動いた。

 開かれた先。幼く、愛らしい風貌。しかし拭えぬ気品と高潔さが漂うその表情。意志の強さを示すような眉と、小ぶりな鼻。赤く染まる唇。大きな瞳は睫毛に美しく彩られ、瞳は淡い青緑色をしていた。

 そして何より、その顔は――


 ――似ている。


「見えた!」

「ええ、私も見たわ!」

「やっぱり、噂通りだ――ジュリエッタ様の生まれ変わりの、ジュリアーナ姫!」



 ――――――――


 パレードが終わり、後は行事後の沸き立つ街中が残される。

 次期王女候補、そしてジュリエッタ姫処女神の生まれ変わりと噂されるジュリアーナ姫が姿を表わす行事に、街は様々な飾り付けがされ、出店が至る所に出されていた。

 ジュリアーナ姫がベールを被り、顔が見えないというハプニングもあったものの、数少ない顔を確認できた物達が『ジュリエッタ様そのものだった!』と触れ回り、歓迎ムードは更に盛り上がりを見せていた。

 そんな中、パレードが終わり、兵舎へ戻ってきたジュリエッタ達は正装であるプレートを脱ぎ、訓練用の軽装に着替えていた。


 戦闘では、まず何より動けなくてはならない。魔術を使えたとしても、相手からの攻撃を受けてしまえばその時点で負けてしまう。そのため、動きの確認を行うことになったのだ。

 しかし、ジュリエッタはどうしてもパレードでの出来事が頭を離れなかった。


 ――血が繋がっているのだから、似ているのは当たり前なのかもしれませんが――。


 あまりにも似ていた。瞳の色は異なったが、それでも。

 自分に妹がいればああなのではないか、とさえ思ってしまう。七百年、その先でああも似ている人物が産まれるとは。偶然なのだろうか。

 もしかしてあの子が――。


「エヴァンさん?」

「あ、ああ。すまない。それで、この武器を使ってもいいんだったか」

「はい。騎士団の備品で、魔具ではありませんけど、いい武器ですよ」


 ジュリエッタはユーファに連れられ、騎士団の武器庫へやってきていた。広い空間に、剣や槍、棍棒など多種多様な武器が揃っている。その中で、鍵付きの箱の中にあった長剣をユーファは取り出してきた。

 エヴァンの愛剣は魔獣討伐の際に折れてしまっている。その代わりだった。

 渡された長剣はずっしりとした重みがあり、両刃が輝いている。真っ直ぐに伸びた刃は厚みがあり、これなら魔獣の首も落とせそうだ。

 そうはいっても、ジュリエッタは初めて握る刃に内心慄いていたのだが。


 そのまま武器庫を後にし、ユーファの後をついて訓練場へと足を踏み入れる。

 訓練場、と名付けられるだけあり、大きな的や、人型を模した人形などが幾つも設置がされてあった。そこに付けられた刃の跡に、騎士たちの訓練風景をジュリエッタはなんとなしに想像する。


「今日は他の騎士たちは使用していないのか?」

「はい。行事の日ですから、その後はほとんど非番なんです。入ったばかりの新人は警備として街を見ていたりもしていますが、それぐらいです」


 今日は無礼講というわけだ。しかし、そういう時でも新人は仕事をしなくてはならないというのは、どこでも変わらないらしい。

 ジュリエッタは鞘に入った剣を抜く。女であったときには振り上げることも困難であった剣は、易々と持ち上がり、手にもしっくりと馴染むようでだった。固い手の形で、剣の柄にピッタリとはまるようだ。


「いいですね! 構え方はそれで大丈夫です。どうしましょう、一度打ち合いをしてみますか?」

「打ち合いというのは、ユーファと?」

「はい!」


 ユーファ自身も、武器庫からジュリエッタが手にしている長剣より短く、薄い剣を持ってきていた。それで試しに戦ってみよう。ということのなのだろう。

 ユーファという女の子相手に、今は男である自身が戦って良いのかという心配と、騎士ではなくただの無力な女だった自分がユーファ相手に戦えるのかという不安が入り交じり、ジュリエッタは中々口が開かなかった。

 しかし――ここで腰が引けていては、そもそも団長決めの一騎打ちジョストに参加することも難しいだろう。


「ああ。頼むよ」


 自分のため、やると決めたのだ。最後まで押し通さなければ。

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