ゴキブリ神話とアフターコロナ ―正しく恐れる―

すでおに

ゴキブリ神話とアフターコロナ ―正しく恐れる―

 1匹見つけたら100匹いる


 誰もが一度は耳にしているであろうゴキブリ神話の副題です。


 老若男女を問わずゴキブリを嫌う人は多い。好意を抱く人は皆無と言っていいほどの人類史上の嫌われ者で、動物愛護に満ちた人も例外視するのではないでしょうか。


 見た目の気持ち悪さはもちろんのこと、こういったキャッチフレーズが彼らに対する嫌悪を増幅させているように思えます。


 しかしこれは真実でしょうか?


 信奉者も多いと思われますが、経験則からか、何らかのデータに基づくものか、それともこれといった根拠はなく盲目的に信じているのか。


 私もこれまでの人生で何度もゴキブリに遭遇しています。子供の頃まで遡れば何十回となるでしょうけれど、多く見積もってもせいぜい百数十回というところで、何百回、何千回など到底ありません。季節もあって我が家ではここ数ヶ月見かけていません。

 レアケースは記憶に残りやすいと聞きますし、不意に現れる恐怖も拍車を掛けますが、実数は同程度という人も多いのではないでしょうか。


 経験に照らし合わせれば、1匹の裏に100匹いるという実態を私は実感できません。


 これまで都内の集合住宅あるいは戸建てで過ごしてきた人生で、ペアやトリオのゴキブリと遭遇したことはなく、会う時はいつも独り身です。一つ屋根の下で100匹が共同生活を送っているなら同伴出勤も頻発しているはずです。


 何日も続けて遭遇したこともありません。逃げられた場合すぐに現れることはあっても駆除に成功した時は、次の出没は相当の日数を経た後です。


 1匹見つけたら云々は、マンションでいえば一部屋のことでしょうか、それとも一棟の話か。一部屋での話なら20部屋あるマンションなら最大で2000匹以上生息している可能性があることになります。とんだゴキブリマンションです。


 地方の古民家であれば起こり得たとしても、都内の住宅事情を考慮すれば、一つ屋根の下でゴキブリが100匹からの大所帯が生活している、ましてやそれがありふれた日常とは考えにくい。


 引っ越し作業中にゴキブリ一族と対面したとの話も聞いたことがありません。私の耳に届いていないだけでしょうか。たいていの家ではゴキブリの1匹は出没して、そこに100匹同居しているなら、タンスを持ち上げた時や冷蔵庫を移動させる時など、引っ越し現場は大わらわです。

 引っ越し業者の求人にはその手の注意書きをするべきで、ゴキブリ嫌いが引っ越し業に就くことは、高所恐怖症がビルの窓ガラス清掃をするようなものになります。


 それとも引っ越しを察知して、先手を打って引き上げたとでもいうのでしょうか。ナマズは地震を予知すると以前はよくいわれたものですが、もしもゴキブリに引っ越しを察知する能力があるのなら、ゴキブリ対策には引っ越しごっこが有効です。ごっこまで見破られたらお手上げです。


 引っ越した先にゴキブリが大発生したケースはあるようですが、それはむしろゴキブリの生息地に人間が侵食してきたといえるのではないでしょうか。鬼の居ぬ間に繁殖で、こういったケースからは、ゴキブリは人間がいない環境を望んでいるとも考えられます。


 私は専門家ではないのでゴキブリを研究したことはありません。ですが状況証拠を見る限り、100匹云々は眉唾物です。ゴキブリに驚異的な繁殖力があっても、そういう可能性があり得る、どこかでそういった事態が起きている、からといって自分の身にも起こっているととらえるのは短絡的に思えます。


 不安を煽って物を買わせるのはビジネスの常套と聞きます。100匹云々はメーカーや駆除業者が流しているとまでは言いませんが、『100』という数字はキリがよく、キャッチーです。売り上げにつながるのは間違いないですから、メーカーは否定しないでしょうし、スポンサーになっているメディアは検証することもないでしょう。テレビを主戦場とする著名人ならその手の発言は慎むでしょうし、発言したところで放送されるとは思えません。結果ろくに検証されることなく既成事実化されてしまう。


 不安や恐怖は心を乱し、不安はさらなる不安を、恐怖はさらなる恐怖を招き寄せ、判断力を低下させます。


 彼を知り己を知れば百戦殆からず、と言いますが、鈍った判断力は敵を過大評価しがちです。「とりあえず怖がっておけば間違いない」と猫の尻尾に虎を見て、息を潜める。猫に怯える生活など息苦しくて堪りません。


 現在コロナ禍が続いています。新型コロナウイルスについて「正しく恐れる」という言葉が聞かれます。この意味を、正しい知識を持ちましょう、としてしまうとハードルが上がります。状況は日々変化していますので、正確な知識を持つのは容易でない。闇雲に怖がるのはやめましょう、とするのがよいのではないでしょうか。


 コロナウイルスの後遺症は罹患によるものにとどまらず、社会的、メンタル的な後遺症も深刻なものになりそうです。「怖がっておけば間違いない」がまかり通れば、コロナ禍の終焉は遠くなる。恐怖の奴隷は避けたいものです。

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ゴキブリ神話とアフターコロナ ―正しく恐れる― すでおに @sudeoni

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