死ぬだけの簡単なお仕事

あいえる

第1話 戦場に咲く花



 戦争が繰り返され、そこは緑も生えぬ荒地となり果てていた。


 赤と黒の血飛沫が舞う。


 茶のキャンバスにはよく映える惨状であった。だが、そんな周りの様子を注意深く観察している暇は無かった。


 何故か? 今まさに目の前へと“穢呼忌えこき”が躍り出てきたからだ。


 戦わねばこちらが死ぬ。戦えば、我らが生き残る。

 それだけの簡単な話。


 燃やし尽くす。出来得限りの全力で。


 与えられた力の限りを尽くさねば勝てない存在を相手に、手を抜けるはずがなかった。

 この地に来てからの初めての戦場。見たこともない敵に戸惑う時間など与えてくれない。だから、一心不乱に生へとしがみつく。


 なんて格好の悪い。あれだけみなぎらせてきた一方的な虐殺ぎゃくさつへの思いなどすっからかんとなってしまっていた。


 布を被った子供の悪戯いたずらであればと、たった今斬り捨てた穢呼忌えこきの姿につい幻想を想い描いてしまう。

 戦士としては二流がいいところ。いくら腕が立つと自負していようとも戦いの場で心が必要以上に乱れるなど、自ら隙を作っているのと同じ。


「下がれーー! 花が咲くぞーー!!!」


 戦場の全域に届くようにと拡大された号令が耳に入る。事前の打ち合わせ通りであった。

 にわかには信じられないが、戦場に花が咲くとか。有り得ないと、内心では信じていない。ただ、それは指揮官の命令を無視して良い理由にはならない。


 共に張り切って前線へと斬り込んでいった者の亡骸を焼く。

 逃げるついで。それくらいは許されるだろう、と。

 不思議と、迫ってくる敵が減ってきたおかげでもあった。余裕ができたのは偶然。敵に隙ができたのも、偶然。


 そう思っていた。


「なんだ……?」


 ふと、異変に気付く。


 戦う者が一様にして逃げ出したのにもかかわらず敵が追ってこないのは何故だ?

 穢呼忌えこきが、何かに引き寄せられるように一か所に集まっていくのは、何故だ?


 不自然に盛り上がった丁度良い高さのある岩へと飛び乗った結果見えた光景に、更に心を乱すことになる。


「逃げ遅れたのか……!」


 昔、友に借りた望遠鏡を覗き驚きの声をあげてしまう。


 たった一人。何百という数の穢呼忌えこきに囲まれてしまっている少女。人間らしくないその立ち姿に不気味さを覚えてしまう。


 絶望に武器を手放してしまったのか、手には何も持っていない。不思議なほど身軽な格好であるのは何か意味があるのか。

 恐怖に身体が動かないのか。慌てふためくこともしない。それだけの覚悟があったのだろうか。


 残念。


 それだけの思いのはずだった。戦場ではよくあること。少し運が悪かったのだと。酷く悲しむだけの衝撃はないはずであった。

 誰かが死ぬことなど、それが当たり前であると理解していたはずであったのに。

 だが。それで済むはずのない感情が吹き荒れてしまうのは。


 腕が千切られる。足がもがれる。腹が裂かれる。


 ゆっくりと進行していくその行為を目にしてしまい、吐き気を覚えることになった。いくら人が死ぬ場を目にしていても慣れないこともある。

 そして自身の異常さを自覚する。そんな光景を見てどうして心が高揚してしまうのか。


 理由など一つであった。


 一目惚れ。今まさに敵の手に堕ちる少女に対し、熱い想いを抱いてしまったからである。

 見届けなければいけない。どんなに悲惨な結果になろうとも、彼女が生きた証を魂に刻みつけなければならないと。


 それだけの思いを胸に少女であったモノの行く末を見守り、そして


『本日は晴天なり。前回以上に、景気よく爆ぜてくれることを期待する』


 空耳か。

 その言葉の意味を理解しようとした直後のこと。


 ――…………。


 突如感じた衝撃。転がされる身体。砂の味。

 轟音に聴覚が狂い。瞬間的な発光に視界が奪われ。上下左右も混乱し身体中に痛みが走る。


 なんだ。何が起こった。


 何かが落ち着くまでただ堪えることしかできず、様々の感覚を取り戻すことになったのは十数秒後。


「花……?」


 戦場に咲く花。


 その正体は一帯を吹き飛ばす爆弾のことであったのだと、その時になって気付くのであった。


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