第2話 研究者から冒険者へ

 冒険者ギルドのあるらしい建物の扉を開けて中に入っていくと、僕は驚いた。昔に比べて内装が非常に綺麗で明るくなっていたからだ。


 僕の記憶では、冒険者ギルドというのは薄暗くて空気や雰囲気がジメジメしていて陰気臭くて一般人が近づき難いような場所だったのに。今では床や壁がちゃんと掃除されていて、照明もついて室内が非常に明るい。


 やはり時代が経てば場所も変わるんだなぁと、まるで年をとった人間のような感想を抱きつつ、更に室内の観察を続ける。


 建物の中には、カウンターテーブルの向こう側に座っている受付の女性が1人と、冒険者と思われる女性たちが6人ほど集まって待機していた。ギルドから発行される依頼を待って仕事を探しているのか、仲間と待ち合わせでもしているのか。今は朝の10時を過ぎたぐらいなので、冒険者としては仕事に出るには遅めの時間だと思う。


 もしかしたら、冒険者ギルドの建物の中が綺麗になって変わったのと同じように、冒険者の常識も変化している可能性があるのかもしれない。


 ギルド内で待機している冒険者たちを横目でそれとなく観察しながら、僕は受付の女性に近づいていった。


 受付に座っていた女性は見た目が20代前半ぐらいの子。受付として始めたばかりの若手ぐらいだろうな、という年頃だった。


 少し頬がコケていて疲れているように見える彼女は、手元で何かの作業をしているようで視線が下向きのまま、僕がカウンターの前に立っている事にまだ気づいていなかった。


「こんにちは」


 作業中に申し訳ないかなと思いつつ僕が声をかけると、彼女は手元の作業を中断して素早く顔を上げて対応してくれた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 定形のあいさつをしながら、明らかな営業スマイルで用件を聞いてくる彼女に僕は先ほど思いついたアイデアを実行するために話を始めた。


「あの、ダンジョンの入場許可証を頂きたいんですけれど」


 僕が思いついたアイデアというは、ダンジョンに潜って旅費を一気に稼ごうという計画だった。


 食料などは空間魔法を駆使して貯蓄してあるものを使えば、1年間ぐらいなら問題なく過ごせる量が収納してあった。だが、研究所に置いてきた魔法研究のための道具や、生活用品などは買い直さないといけない。そういえば、給金を貰う前に研究所を追い出されたから、その分のお金も稼いでおきたい。


 そこで、僕が冒険者の頃によくやって稼いでいた方法である、ダンジョンの探索でお金を稼いで旅の準備をしようと考えていた。


「ダンジョンの入場許可ですね。どちらのダンジョンの許可証が必要でしょか?」

「ドラークダンジョンの入場許可をお願いします」


 僕が許可をお願いしたドラークダンジョンというのは、王都から少し離れた場所にあるダンジョンだった。中に入るといきなり、第三級モンスターに指定さいれているような強敵が出現して、その更に奥にはドラゴンなどの伝説的に強力なモンスターが出現する可能性もあるという、非常に難易度の高いダンジョン。


 しかし危険なモンスターを相手にする見返りに、かなり稼ぎが良くて1日で平民が3年間を遊んで暮らせるぐらいの大金が一気に手に入る、荒稼ぎ出来るダンジョンだというのを今でも覚えていた。なので、そのダンジョンに入って稼ごうと思う。


 しかし、なぜか受付が唖然とした顔で僕の方を見ていた。何か間違った事を言ってしまったのだろうか。


「あの、えーっと……。ドラークダンジョンは、現在封鎖されていてギルドでは入場許可を出していません。何十年も前に王国から危険領域指定されたと言われていて、今も危険領域の指定は外されていませんが?」

「あれ? そうなんですか?」


 王国から危険領域指定されたということは、相当に危ない場所であることを示している。そのために危険領域指定された場所は、王国から実力を認定された一部の王国騎士や冒険者だけしか侵入を許可されていない。もちろん彼女が説明した通り冒険者ギルドでは、危険領域指定されたダンジョンの入場許可は出せない。


 僕の知っている頃のドラークダンジョンは危険だったけれど入場制限なんてものは無かった、誰でも入場できる場所だったのにな。今は入ったら駄目だという事実を、知らなかった。


「それなら冒険者ギルドでも入場許可を出せるダンジョンの中で、ここから一番近くにあるものを教えてもらえないですか?」


 ドラークダンジョン以外のダンジョンには、思い出に残るような印象のあるものは無かった。だから受付の女性に思い切って聞いてみた。彼女は困惑した表情を浮かべながらも、親切に教えてくれた。


「それなら王都から一番近くに有るリーヴァダンジョンがオススメですよ。出現するモンスターは第五級からなので危険も少ないですし、初心者から上級者まで皆さんが探索に挑んでいます」


 第五級モンスター。全十級までランク付けされているモンスターの危険度を測った基準の真ん中辺り。第一級がランク最上位で、第十級がランク最下位という位置付けになっている。数が小さくなるにつれて危険度が増して、数が大きくなると危険度は減っていく。つまり、第一級モンスターは非常に危険であり第十級モンスターは危険が少ない。


 一般的に、第五級モンスターというのは一般人では討伐は無理だけれど冒険初心者や駆け出し冒険者なら2、3人で連携すれば何とか勝てるぐらいの相手。熟練冒険者と言われるようになると、1人で楽々と狩れるようになる程度の強さだった。


 初めて聞いたダンジョン名。第五級モンスターから始まると聞いて、少し物足りないかもしれないと思ったが、せっかく受付におすすめだと紹介されたので行くことに決めた。


 久しぶりのダンジョン探索だから、冒険者としての勘を取り戻すために。そして、最近ずっと部屋の中に籠もりっきりだったので身体の準備運動も兼ねて。目的が果たせなかったら、その時にまた別のダンジョンを探せばいいだろう。


「それじゃあ、リーヴァダンジョンの入場許可をお願いします」

「はい、了解しました。それじゃあ冒険者証明書の提示を願います」


 収納空間から久しぶりに取り出してきた冒険者証明書。その証明書を彼女に渡して確認してもらう。すると何故かまた、微妙な表情を浮かべている受付の女性。手元にある僕の冒険者証明書を見ながら眉をひそめている。


「え? あ、これ。……え、いつの時代の冒険者証明書なの? かなり古い物っぽいけど、なんで? あ、エルフの人なのか……」


 僕から冒険証明書を受け取った彼女は、ブツブツと呟きながら証明書の上から下へ視線を忙しなく動かして確認してくれている。どうやら僕の持っていた証明書は古い物らしい。取得したのは、だいぶ昔の事だから仕方ないか。


「えっ!?」


 大きな声を上げる受付の女性。証明書を確認していた彼女の動きが突然止まって、一点をジッと凝視していた。長い時間そのままだったので、不安になって思わず僕は聞いた。


「あの、まだ何か問題がありましたか?」

「あ、あの、あ、あのコレ? 本当ですか?」


 なんだかとっても慌てた様子で彼女が震える指で証明書を差す先には、性別:男性と書かれた項目があった。


「あぁ、それなら本当ですよ? ほら、証明書に嘘はありません」


 僕は、男であることを手っ取り早く証明するために被っていたフードを取っ払って顔がよく見えるようにした。


「ヒィ」


 僕の顔を見た女性は、短く悲鳴を上げてバタンと椅子ごと後ろに倒れてしまった。僕はその光景を目にして、思わずつぶやいた。


「……あっ! マズイ、またやってしまった……」


 久しぶりに外に出てきた僕は、出会ったばかりの彼女に対して、昔からの癖でつい自分が男だという事を簡単に明かしてしまった。男性に慣れていない女性は、気構えてからじゃないと今のように驚かせてしまう、という事をすっかり忘れていた。

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