平穏な日々

第1話 生まれ変わってもネット中毒

「生まれた……よくやったぞ、ヘルル!」

「あぁ……、赤ん坊の顔を見せて頂戴、あなた」


 大声で喜んでいる男性の声と、弱々しい女性の声が聞こえてきて僕の目が覚めた。ネットの動画サイトを開いたまま寝落ちしたのだろうか。いや、そんな事はない筈。じゃあ、一体何事だ?


「ぁぅ……?」

「あぁ、私の愛しい子」


 混乱している間に、大きな手のひらが目の前に迫ってきていた。どうことだ、一体何なんだと気が動転しているうちに僕の身体は軽々と持ち上げられた。と思ったら、近くにあったベッドの上に運ばれ寝かされていた。背中が痛い。ここは、木の板の上なのか? 何処なんだココは!?


「ぁぅぁ、ぉぉぃぁ」

「元気な子だな。少し待っていろ」


 目がぼやけて上手く声が出ない。言葉にならない声に気づいてくれたけれたのか、男性は視線をこちらにチラリとだけ向ける。だが、それだけ言うと女性の方へと行ってしまった。


 少しずつ落ち着いて冷静になってくると、色々なことに気が付いてきた。


 見知らぬ男性の格好はあまり馴染みがない、民族衣装という感じの見た目をしている美しく色鮮やかな刺繍がされる服を着ている。男性の髪色が赤色をしているのも、違和感がある。そして、周りも木で出来た古臭い感じの室内。


 どうやら日本じゃないらしい、ココは。


「ヘルルさん、まだ安静にしていて下さい。産後の方が痛みがくる場合も有るので、注意して下さい」

「っ! そ、そうね……まだ痛むわ」


 そして、室内に他にも三名の人が居るのが見えた。彼女たちは、弱っている女性を治療しているらしい。


「大丈夫です、いま回復させますね」

「うぅ、お、お願いします」


 治療を施している女性達の中から一人、前に出てきて杖を構えていた。何をするのだろうかと見守っていると、彼女は呪文を唱え始めた。


「XXXXXX」


 聞いても理解できない言葉。そして次の瞬間、弱っているらしい女性の身体の周りに優しさを感じる白の光が広がった。痛みで呻いてい女性の声が落ち着いた。


「どうですか?」

「ありがとう、楽になりました」


 先程まで弱っていた女性の声に、一瞬にして力が戻っていた。正真正銘の魔法だ。目の前で、回復魔法が唱えられた。


 僕は確信する。ここは僕の知っている世界とは違う、異世界だという事を。


 だって魔法が存在するのだから! それから、僕は自分が赤ん坊になっている事も分かった。自分は、異世界に転生したのだろう。


「それは良かったです。それじゃあ、安静にしていて下さい」

「先生ありがとうございました!」


 回復魔法を使った女性に頭を下げている男性が、俺の父親なのか。それから今は、ベッドの上で安静にしている女性が母親かな。僕は、二人の間にたったいま生まれた赤ん坊らしい。


 もうちょっと自分の置かれた状況を調べてみようと思って、僕はベッドの上から動こうとしてみる。だけど、動けない。身体を動かそうとしてみても腕や足が少し動くだけで寝返りも打てないし、身動きすら取れない。赤ん坊となったけれど、これからどうやって生きていこうか僕は悩んだ。



***



 異世界に生まれ変わったらしい僕は、あれから赤ん坊となって平和な日々を過ごしていた。


 物語によくある転生だという事を理解した僕は、それならよくあるパターンとして特殊能力に目覚めているのではないか、と考えた。でも転生する前には誰からも何の説明も受けていない。そこで、僕は自力で能力を探ってみた。なにか普通と変わっていないか注意深く。


 そして僕が発見した、生まれ変わったことによって身に付けたのだろう能力とは、次のようなモノだった。


「(さてと今日の異世界でのニュースは、っと)」


 目を閉じて頭の中に浮かんでくるブラウザを開き、矢印の形をしたマウスカーソルを操作するイメージでブックマークしてあるニュースサイトのページを開く。


 モンスターがあふれて街を襲った。世界各地で飢饉が発生している。とあるどこかの国が隣国に戦争を仕掛けた。色々なニュースが記事になっている。結構物騒な世の中だ。


 誰が更新しているのか分からないけれど、だいたい毎日のように世界で起きているらしい大きな事件を取り扱って、ニュース記事としてアップされている。


 ニュースを確認した後、別のブックマークしたページにアクセスする。このページをチェックするのが日課になっていた。


「(お、更新されてる)」


 僕のチェックしたページとは、誰かが書いている冒険者アランという者の記録だ。街から街へ世界を旅をする様子や、仲間たちとパーティを組んで、モンスターとの戦いについてブログ形式で書かれている。


 どうやら今日は、ダンジョンに潜って運良くレアアイテムをゲットした模様。それをギルドに持ち込み換金して大金を得たから、そのお金で贅沢な食事をして満喫していると書かれていた。


 このページは奇妙なことに、旅をしているアラン本人が書いているのではなくて、第三者の視点から観察した情報が書かれていた。


 文章を読んでいる感じでは、彼の仲間でもない。第三者視点で観察を続けている、その様子を書き続けている。もしかしたら、この観察記録はページを更新している者の妄想で書かれた創作されたお話かもしれない。冒険者アランは本当に実在しているのだろうか。でも面白いから読んでいる。


 そもそも、僕の目にしていると思っているネットのページについても、本当かどうか怪しい。全部、僕が頭の中で妄想している事なのかもしれない。赤ん坊の身では、情報収集が出来ないから答え合わせが出来ない。


 まず身体が動かせるようになったら、この頭の中で調べた情報が本当か確認しないといけない。けれど僕は、この頭の中で見れるインターネットは本当だと確信していた。こんな膨大なページの数々を妄想して作れる訳がない、と思ったから。それと、勘。




 という具合に、僕は異世界でネットサーフィンをする能力を身に着けた。その他には、特に何も特殊な能力は持っていない。自由自在に魔法を操れるわけでもないし、強靭な肉体を持っているわけでもない、アイテムボックスを自由自在に扱うような力も無いし。


 ただ、ネットサーフィンをして色んなページを楽しめるという能力。目を閉じると色々なサイトにアクセスできるので、頭の中に様々な本が詰まっているような感覚に近いか。赤ん坊で身動きも出来ないから、暇つぶしには丁度いいんだけれど。


 このまま、自力で歩けるようになるまで無事に生き続けることが出来るだろうか、それが今感じている不安だった。僕の今いる村は、ちょっと貧しいみたいだし食糧難で餓死する可能性もあるから怖い。


 せっかく転生したんだから、もう少し新しい人生を楽しみたいな。


 僕は脳内でネットサーフィンをしながら、そんな事をつらつらと考えている赤ん坊としての日々を過ごすのだった。

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