召喚編
第1話 死に際から
「ケンジ! てめぇ、自分が何をやってるのか分かってんのか! あぁ!?」
「もちろん! 目障りな邪魔者を消して、俺は輝いた未来を手にしようとしてるってことだろ!」
目の前でニヤニヤと笑みを浮かべて、勝ち誇っている男に向かって俺は怒鳴った。けれど、男は何も感じていないのか俺の怒鳴り声を身体に受けても平然としていた。
俺は拉致されて、どこかも分からない地下室へと連れてこられた。そこで、拳銃やドスなどの武器を全て没収されて、拘束される。
眼の前に立つケンジが余裕でいられる理由、それは俺が丸腰で、両腕を後手にしてガムテープをグルグル巻きに拘束されているからだろう。これでは、暴力で対抗することは不可能だった。
更には、複数人の男たちに頭と身体を地面にグイッと押さえつけられていたので、一切の身動きが取れない状況である。
そんな俺を上から見下ろして、気に入らない目を向けてくるのはケンジという名の男。俺がこうなっている状況を作り上げた憎き敵である。
「俺を殺したら組に大きなダメージがいくぞ。俺を拉致ったのがバレたら、てめぇもタダではすまないのが分からねぇのか」
そう言うと、ケンジと彼の仲間たちは大声を上げて笑った。
「てめぇは、無駄に優秀過ぎたんだ。それで、俺たち以外にも敵を多く作っちまったんだよ。そのツケを今日、払わされるってワケだ」
「オヤジや若頭が黙っちゃ、いねぇぜ」
凄んでみせるが、彼は俺を馬鹿にするように笑った。今までに蓄積してきた恨みを思う存分、晴らすかのように。
「フハハハハ! 若頭は承知してるんだぜ。それに、もうここまで来ちまったんだ。後戻りは出来ねぇ。命乞いをすれば助けてやらんこともないがな」
「ッチ! バカが」
仲間たちの中に敵が居ることは、俺も把握をしていた。けれど、こんなにも無謀で無計画な行動に出るとは予想していなかった。しかも、若頭まで絡んでいるとは。
今回の件で、どれほどの影響が出るのか分かっていないのか。俺が死んでしまうと組が受けるダメージは計り知れないというのに。俺だけでなく、多くの仲間達が困ることになる。こんな事をするならせめて、俺が今進めている幾つかの仕事をちゃんと終わらせてから始末してほしかった。
この内乱をキッカケに、他の組がシマを荒らしに来るだろう。そんなことになれば戦争だ。資金や人材が大量に失われる、最悪な状況。
これだから、武闘派の連中は困るんだよな。暴力だけで全てを解決しようとする、筋肉バカばかりだ。もう、そんな時代じゃないというのに。
「命乞いはしないんだな。じゃあ、死ね」
「ぐはっ!?」
頭の中でケンジ達を責めるが、現実の彼らには何の影響もない。容赦なく、顔面を蹴られた俺は床の上に血を吐いた。口の中も切ったようで、ズキズキと痛んだ。
「ッ! ペッ……、痛ってぇなぁ!」
「ふん。頑丈な奴め」
口の中に溜まった血を唾とともに吐き出して、奴を睨みつける。彼は鬱陶しそうに顔を歪めていた。
生憎、銃弾を何発も食らって生き残ったこともある俺が、顔を蹴られたぐらいでは死ぬはずがなかった。気絶すらしていない。
そんな俺の頑丈さを、ケンジも承知していたようだ。それから彼は、俺の目の前で懐に手を差し込んだ。ついに終わらせるつもりのようだ。
「だが、もうこれでお前もオシマイだな」
懐から黒光りした拳銃を取り出すと、慣れた手つきで安全装置を解除する。そしてゆっくりと、銃口を俺の眉間に向けた。ちゃんと狙いを定めたようだ。流石に、この近距離で頭をぶち抜かれたら死んでしまうだろうな。
「……」
「死ね」
だから俺は、じっと銃口から目を離さずにタイミングを狙った。ケンジの指が銃の引き金をひこうとして勝ちを確信する。俺を拘束していた男たちが、僅かに油断した瞬間を見逃さない。
「グルァ!」
「うげっ!」「な、うぉっ!?」「ヤバイっ!」「コイツ! おとなしくしろ!」
これが火事場の馬鹿力ってやつだろう。絶体絶命だった俺は大声を出して、最後の力を振り絞って押さえつけていた奴らを振り飛ばした。そして一瞬だけ、俺の身体は自由になる。
「うわっ! な、なに!? おい! そいつを早く押さえろ!」
力を振り絞った勢いのままで、ケンジに飛びついた。彼の仲間たちが慌てて、俺を捕まえようとしているが遅いな。
「こいつ!」
「暴れるなッ!」
「兄貴! ダイジョブですか!?」
「押さえろって、うわっ!?」
立ち上がった俺を必死で止めようと、腕を身体を掴もうとする。だが気にせずに、ケンジだけを視界に捉え続けた。
奴だけに狙いを絞って身体を動かした。両腕は縛られていて使えないので、肩からタックルするように身体をぶち当てた。その衝撃に驚いて、銃を取り落とすケンジ。
次の瞬間、パンという乾いた音が部屋の中に響いた。続いて、ズンッというような鈍い音。人間に銃弾が当たった命中音が聞こえてきた。その直後。
「ウグァ……! い、いてぇ……!」
どうやら地面に落ちた拳銃が暴発して、運良くケンジの足に当たったようだった。地面に倒れてうずくまり、苦しんでいるのが見えた。ざまぁないぜ。
「ウギャア!?」
銃弾が当たって出来た傷口を、もっとひどくしてやろうと俺は奴の足に噛み付く。もし両手が自由だったなら、手で奴の傷口を抉ってやったというのに。
ケンジの足に噛み付いた俺は、殴りや蹴り、鉄パイプなどで一斉にぶん殴られた。視界が真っ赤になるが、奴の足を噛んだまま口を離さない。最後の追撃は止めない。
「ギャァァァァ!」
「兄貴ッ!」
「コイツ! 早く、口を開けよ!」
「おい。いい加減、この死にぞこないを兄貴の傷口から離せ」
「ダメです、離れません! こいつの口がガッチリと閉じてて」
「痛てぇ! 痛てぇよぉ!」
俺は頭と顎を掴まれて、上下にグイッと無理やり力づくで開こうとされる。だが、抵抗を続けて噛んだ口は離さない。頭を振ったりして、奴の足に致命傷なダメージを与えるためだけのことを目的にして、絶対に口を開かなかった。
だが、それも限界だ。頭を殴られ続けて、顎の骨を砕かれたようだった。口に力が入らなくなって、無理やり口を開かれた。歯も何本か折れて、駄目になったようだ。
口の中に鉄の味が広がる。これは俺の血か、それともケンジの血か。
「よ、ようやく口を離したぞ……」
「兄貴、大丈夫ですか?」
「ぅぅぅぅッッッ……」
「う。コイツは酷いな。誰か、医者の手配をしてくれ! 兄貴を病院に運んで治療をしてもらわないと、歩けなくなるぞ」
意識が朦朧としている中で、ケンジの仲間たちが慌てふためく様子をジッと眺めていた。俺を拉致った奴らに多少のダメージは与えられたようだが、微々たるものだ。
これだけ足掻いてみたが、俺の仲間は助けに来てくれなかった。これだけ長時間、連絡が取れていないから何かあったと分かっているはずだが。俺の部下には、優秀な奴も多い。そいつらが動いてくれれば、俺の居場所を掴むのも容易いはずだが。
見捨てられたかな。裏切りなんて、この世界ではよくあることだった。だから俺は仲間に裏切られないように、慎重に行動してきたつもりだったのに。
「おい。まだ生きてるぞ。確実に、コイツを始末しろ」
「兄貴の銃、借りて撃ちます」
「早くやれ」
会話が聞こえてくる。どうやら、地面に落ちた拳銃を別の誰かが拾って、今度こそ始末されるようだった。
パン、という発砲する音。俺がこの世で、最後に聞いた音だった。
14歳から30年間もの長い間、組や仲間たちのために命をかけて尽くしてきたというのに。最期は仕事仲間だった奴らに拉致られボコられ助けもなく殺されて、呆気なく終わってしまった。本当に、馬鹿馬鹿しい人生だったな。
「大丈夫ですか?」
発砲音の次に俺の耳に届いたのは、女性の心配してくれる声だった。そして、目の前には大きな川があった。どこだ、ここは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます