告白は花火と共に
瀬幸
「今週末花火大会なんだってー。ねぇ、一緒に行こうよ!」
「えぇ…… 俺その日部活なんだけど……」
「いいじゃん、夜からなんだし。どうせあんたは部活で回るような友達もいないでしょ」
「う、うるせぇ! 帰宅部でぼっちのお前にだけは言われたくないわ!! だいたい俺は…………」
隣から聞こえるカップルの話し声。部活一本の俺からすれば恋愛なんて夢のまた夢の話であろう。
「ねぇ、
「えっ? ベ、別にいないけど。何で?」
さっきの話に影響されたからなのだろうか。後ろの席の
俺は一瞬キョドりながらも否定する。
昼休みの喧騒の中、俺のやや裏返った声を気に留める者はいなかった。
夏休みまであとわずかとなった中2の昼休みともなれば、多少騒がしくなるのも致し方ないだろう。
「別にー。ただ聞いてみただけ」
由衣はつまらなさそうに答えた。
「逆に由衣はいるの?」
「ふぇっ? い、いないけど……」
顔を少し紅潮させ、俺と同様否定する。
「ふーん」
「あ、そうだ。先週末、中体連だったんだよね? どうだった?」
話を逸らすかのように由衣が尋ねる。
あからさまな誤魔化し方に多少呆れながらも由衣の話に乗ってやる。
「さすがに3年生も多いからね。補欠になっただけでも良しと思わなきゃ」
「結果はどうだったの?」
「地区ベスト4。そんなに良くもないかなぁ…… 県大会行けなかったし。3年生も今週で引退。来週からは俺たちが主体にならないといけないからなぁ」
「大変だね……」
「まぁ、好きでやってることだからね。そんなことを言うなら、由衣だって部活大変なんじゃない? 上級生がいないからって1年生の時から部長やってたし……」
「あははは…… 確かに大変かも」
苦笑い気味に由衣は答えた。
それから暫く雑談を交わしていると、
「そう言えば、紀明は今週の花火大会行くの?」
由衣が唐突に俺に聞いてきた。
「そうか、今週だったね。うーん、どうしようかな……」
返答に悩んでいると予鈴のチャイムが鳴った。
「由衣ー! 早くー! 遅れちゃうよー」
由衣の友人が教室の外から声をかける。
「えっ? 次、理科室!? 分かったー! 今行くー!! 紀明も行こう!」
急いで教科書を机の中から引っ張り出し、由衣と共に教室を飛び出した。
昼食後の襲ってくる眠気と死闘を繰り広げながら5、6限目は特に先生から目を付けられることもなく終わった。
「南欧諸国には、30分ほどお昼寝をするシエスタなる文化があるが、熱帯化する日本もそろそろ導入を検討してみてほしいものだ」
大きな欠伸をしながらそう思った。
「今日は部活あるの?」
終礼後、スクールバッグに教科書を突っ込みながら、後ろの席から由衣が問いかける。
「今日は水曜日だからないよ」
椅子に逆から腰掛け由衣の方を向き、大きく伸びをしながら答える。水曜日は部活動を休みにするという学校の方針によって、今日は早く帰ることができる。
ずっと部活漬けの生活だったため、今日くらいはしっかり休もう。
「ねえ紀明、暇だから指スマしようよ」
何の脈絡もなく由衣が提案をする。
「えっ、何で?」
と聞き返した俺に、
「これっていう理由はないけど…… ねぇ、いいじゃん。昔はこういうことして一緒に遊んだし!」
と由衣。
「まぁいいよ」
「むぅ、あんまり乗り気じゃない? だったら何か懸けてしようよ。そうだなぁ…… ジュース1本奢り! どう?」
「じゃあ却下」
「えぇぇ…… じゃ、じゃあ、勝った方のお願いを負けた方が叶える! これでどう?」
「まあ、それならいいよ。乗った!」
由衣とこうして遊ぶのは小学生以来だろうか。お互い部活の忙しさからか、家が近いにも関わらず、一緒に遊ぶ時間がほとんどなくなっていた。
何より中学2年生の男子ともなれば、同学年の女子を無意識のうちに意識してしまう年頃だ。
一緒に話しているだけでも周りからの視線はそれなりにある。変な噂を流されたくないのもあってか、ここ最近、学校外で話す機会はほとんどなくなった。
もっとも、由衣は日頃の言動から察するに、それほど意識していないのだろう。
そんな苦悩があるとは見ず知らずの由衣が口を開く。
「3回勝負ね。どっちから始める?」
「由衣からいいよ」
「じゃあいくね。指スマ1!」
由衣は右の指を上げた。一方、俺も右の指を上げる。
「ぐっ、やるな……」
由衣は1発で決まらず少し悔しそう。
「じゃあいくぞ。指スマ2!」
由衣は両指を上げたのに対して、俺は指をピクリとも動かさなかった。
「ああっ! やられた……!」
「さぁ、来い」
自信満々に由衣を煽る。
「指スマ1!」
俺が右指を上げ、由衣は両指とも上げなかった。
「よし! やったー!」
「ぐっ…… 指スマ0!」
両者とも指を上げず、何とか俺が1本取った。
「由衣、よわ……」
「いいもん! 次1本取って追いつくもん!!」
紅潮した頬を膨らませすぐさま2回戦を始める。
1回戦とは対照的に、2回戦は由衣の圧勝だった。
「ふふん。どうせ次も私が勝つから、先に紀明のお願い、聞くだけ聞いてやってもいいけど?」
調子に乗る由衣。
「別に。何も考えてない」
「ふーん」
聞いておきながら、さして興味なさそうな由衣。
「じゃあ逆に、由衣が俺にして欲しいことって何?」
興味はないが一応聞いておく。
「えっ? それって…… い、言わなきゃだめ?」
さっきの威勢はどこへやら。あからさまに動揺した様子で由衣が答える。
「別に言わなくてもいいけど、いいのかな? 聞いた張本人は由衣なんだけどな?」
鎌をかけて問い詰める。
「うぅ」
「ほら、言わないなら3回戦始めるよ」
「分かった! 言うよ、言うから!
えっとね…… その…… わっ私と…………
付き合って欲しいの……」
「へ?」
親友からの唐突な告白に俺は呆けた声を漏らした。
付き合って? 俺と?? 由衣が???
大量の情報が入ってきたわけでもないが、俺の頭は突如エラーを起こして思考機能を強制終了した。
一方由衣は、顔を真っ赤にして、
「や、やっぱり嘘! 本当に嘘だから!! ほっ、ほら。それより3回戦いくよ! 指スマ1!!」
と早口で言い放つ。しかし動揺からか、由衣は両指を上げていた。
「ああああ!! た、タイム! いまのなし……」
「ゆ、指スマ1!」
由衣の待ったを無視して続行してしまう。いや正確には由衣の声など俺のパンクした頭には一切届いていない。
当然由衣は反応できず、俺の左指だけが上がっていた。
「ええっ!? 紀明のばかっ!! タイムって言ったのにぃ!」
由衣は涙目になりながら俺を見つめる。
「由衣っ! 早く!!」
何とか自我だけは取り戻し、由衣を急かす。
「ううっ…… 指スマ2」
由衣が右指を上げ、俺は両指を上げた。
「指スマ3!」
食い気味で両指を上げた。由衣はぎりぎりで反応し、両指を上げる。
「指スマ3!」「指スマ2!」「指スマ4!」「指スマ0!」…………
そこからどれくらい経っただろうか。正直、うるさく鳴り続ける鼓動の音以外、全く覚えていない。
ようやく頭が再起動をした時には、由衣との勝負に勝っていた。
「負けた……。紀明、お願いは?」
「あっ…… えっと…… うーん……」
勝負中にも言ったが全く決めていない。
『――そう言えば、紀明は今週の花火大会行くの?』
昼休みの由衣の声が頭をよぎる。
「じゃあ、今週末の花火大会、一緒に行かない?」
悩みに悩んだ末にそう答えた。
「えっ? 土曜日の? 別にいいけど……」
リンゴのようになった赤い顔を手で仰ぎながら由衣は了解する。
「じゃ、じゃあそれで! またね!!」
自分のスクールバッグを掴んで、半ば逃げるように教室を後にした。
ようやく冷静になると同時に、恥ずかしさと気まずさが重く体にのしかかってきた。
由衣から追いかけられるのも嫌なので、猛ダッシュで家に帰った。
まだ明けない梅雨の真っただ中、天気は曇天で今にも雨が降り出しそうだ。
「ハァ…… ハァ……」
切れた息を整えながら自室の学習机に座る。
暑い。
じめじめとした梅雨特有の湿度も相まって、中に着ているシャツは肌にべったりと張り付き、汗は上に着ている開襟シャツまで侵食していた。
「すぅ………… はぁ……」
エアコンのリモコンに手を伸ばし、電源を入れる。
一瞬、外気を含んだ温い風が顔に当たるが、すぐに冷涼なそよ風に変わって部屋全体を包み込む。
スクールバッグから昼休みに買った飲みかけのスポーツドリンクを取り出し、
「ゴクッゴクッ……」
喉を鳴らして勢いよく飲み干した。
「ぷはぁ!」
大きく深呼吸して今日起きたことを思い出す。
由衣から告白された!?
今まで一緒に居てそんな素振りはなかったように思える。
もともと由衣は、良くも悪くも思ったことはすぐに口に出す子だ。
誰かに嘘をつくことはもちろん、隠し事なども滅多にしない。
そんな由衣が、俺に対して密かに恋心を秘めていた――――
「どう返答すればいいんだ……」
別段、由衣のことは嫌いという訳では無い。
しかし、長年の付き合いからか異性としての感情よりは、親友に対する友情に似た感情だけが由衣に対して芽生えていた。
その上、面と向かって告白されたと言うより、好きな人を無理矢理聞き出したと言った方が正しいだろう。
「はぁ…… 明日からどんな顔して会えばいいんだよ…………」
危惧していた通り、そこからの2日間はまさに地獄だった。由衣とは気まずさから顔を合わせることさえもできなかった。
席替えで由衣が後ろの席になったことを恨み、何も声をかけることができない自分を呪った。
ようやく由衣に対して口を開くことができたのは3日後、金曜日の放課後だった。
「あっ、明日なんだけどさ、7時に公園で待ち合わせでいいかな!?」
由衣に目を合わせることなくそう言い放つ。
「うん……。あっ、あの、紀明……」
「じゃ、じゃあまた明日!」
「ちょっと!」
由衣の呼び止めを無視して教室から逃げ出した。
「くそっ…… 何でこうなるんだ……」
気まずさからまた教室を飛び出してしまった。
こんな具合で果たして明日は大丈夫なのだろうか。
土曜の部活は午前中で終わった。
昨日、長かった梅雨が明け、じめじめとした湿度に殺人的な暑さが加わった。部室の中は熱気でサウナのような状態になっており、着替えているにも関わらず窓を全開にしていた。
帰り支度をしていると、
「紀明って、由衣ちゃんと仲いいの?」
同級生のチームメイトの一人が俺にそう聞いてきた。
結衣という単語に一瞬肩をびくつかせるが、
「えっ? うん、まあね。家が近いのと、小学1年生の時からずっと一緒のクラスだったからね」
「へぇー、そうなんだ。あのさ紀明、ちょっと相談があるんだけどさ」
「何?」
「誰にも言うなよ。俺さ、ちょっと由衣ちゃんのこと気になってるんだわ。それでさ、由衣ちゃんってどんな人が好みなの? あと彼氏とかいるのかなーって思ってさ。実際どうなの?」
「えっと…… どんな人が好みかは知らないけど、彼氏ならいないと思うよ。今までそんな話聞いたことなかったし……」
つい先日告白されたなど、話の流れから言えるわけもなく、それっぽい言葉を並べて誤魔化した。
「そっか。よかったー。彼氏がいたらどうしようかと思ったわ。サンキュー、紀明。あっ、そうだ。一つ頼み事聞いてくれないか?」
「何を?」
「由衣ちゃんに俺のこと紹介してくれよ」
「そ、それは…… えっと……」
チームメイトの提案に俺は少し躊躇う。
「そこを頼むよ。同じ部活のやつだって言うだけでいいからさぁ……」
「うぅ…… わ、分かった。言っておくよ」
チームメイトの熱意に気圧されて承諾してしまった。
「ありがとう! 紀明マジで神! 頼んだからな! じゃあまた来週!」
一方チームメイトはそう言い残して、上機嫌で部室を後にした。
俺はチームメイトが帰って1人になった部室の天井をぼんやりと眺めていた。
部室は相変わらずむさ苦しい暑さで包まれている。
なんだろう。この、胸を締め付けられるような気分は……。
誰かに好意を寄せるのは悪いことではない。思春期の真っただ中にいる俺たちであれば尚更だ。
しかしなぜだろう。何も失っていないのに、喪失感が体を包む。
大切な勝負に負けたわけでもないのに、劣等感が重くのしかかる。
誰かに…… いや一人のチームメイトに大切なものを奪われた気分だ。
『私と…… 付き合って欲しいの――――』
頭に響く由衣の声。
ただただ仲がいい親友と思っていた。
ずっと一緒にいるものと思っていた。
あまりに近すぎるがゆえに、その想いに気付けずにいた。
俺は…………
由衣が好きだ!
伝えなくては。次は俺から。この気持ちを。
待ち合わせは家からすぐの公園だった。午後6時58分、約束した時間の7時より少し前に、由衣は来た。
「お待たせ。ごめん、時間少し遅れちゃった?」
青い朝顔柄の浴衣を着た由衣は、カランコロンと下駄を鳴らして俺の方へ駆け寄ってくる。
「ううん。時間ぴったりだよ」
浴衣姿の由衣に内心驚きながらも平常を装う。
「ねぇ、この髪飾りどう? 今日のために買ったんだけど…… 似合ってる?」
少し恥ずかしそうに由衣は俺に聞いてくる。
普段学校で見せる1つ結びと変わり、髪を上にまとめ上げお団子にして、蝶々の髪飾りでとめていた。
「うん。すっごく似合ってる! いつもより大人っぽく見えるよ」
何とか目を合わせてそう答える。
「本当? なら良かった」
由衣は嬉しそうに体を上下に揺らした。
「じゃあ、行こうか」
会場は近くの海岸だ。
「うん」
2人並列して歩き出す。
ふと公園に目をやると、少しペンキが剥がれ、錆が剥きだしになったブランコと滑り台が目に入った。
「そういえば、最近はこの公園でも遊ばなくなったね……」
不意に結衣が口を開く。
「お互い勉強に、部活に忙しかったからね……。今日だって俺は午前中部活だったよ。由衣も部活だったんでしょ?」
「うん。私も午前中だけだけどね。はぁ…… 小学生の頃はこんなに中学生が大変だとは思わなかったなぁ」
「たしかに……」
少しではあるが、会話が続いた。
しばらく歩くと路地を抜け、海岸へ続く大通りへ出た。対岸の歩道へ渡るため、横断歩道に並ぶ。花火まではあと1時間ほどあるが、沿道は人でごった返していた。車の通りもいつもより多く感じる。
丁度青信号が点滅し、赤に変わった。
信号の待ち時間に由衣が話しかけてきた。
「ねぇ紀明、覚えてる? 最初に会った時のこと」
「えっと…… 小学校の入学式の時だっけ?」
「違うよぉ! 幼稚園生のとき、1回だけあの公園で一緒に遊んだじゃん。私、今でも鮮明に覚えているよ。私、一人で公園にいて――
たまたまお母さんが家の鍵を持ったままで出かけちゃってて。家に入れなくなってすっごく心細かったんだ。そんなときに紀明が声をかけてくれたの。
その後1時間くらいかな。一緒に遊んでくれたんだよね。私すっごく嬉しくて。それから同じ学校に入って、一緒のクラスになって、一緒に遊ぶこともできて……
覚えてた?」
「うーん…… ごめん、やっぱり覚えてない」
「そっか……」
少し声のトーンを下げて残念そうに由衣が答える。
「ただ、俺もよく親から鍵をもらい忘れて家に入れなかったことがあったんだよね。もしかしたらその日も由衣と一緒で家の鍵が閉まってて、仕方なく公園に遊びに行ったのかもしれない」
「えっ、そうなの? ふふふ、もしそうならすごい偶然だね」
由衣がそう言い終わったタイミングで、信号が青に変わった。
人の波は惑うことなく海岸の方向へ進む。俺らもその流れに乗る。
沈んだ夕日が、海を仄かに赤く染める午後7時32分。海岸に着いた。
海岸は更に多くの人で埋め尽くされていた。遊歩道には奥までぎっしり出店が立ち並び、そこに並ぶ人たちで大きな行列ができている。
「花火大会が始まるまであと30分くらいあるし、ちょっと回っていく?」
「うん。私、りんご飴たべたい! 行こう! 紀明!!」
由衣に手を引かれ人の波に飛び込む。
「え? あぁ、ちょっと!?」
由衣に手を握られている!?
由衣と手を繋いだことなど何度でもある。しかし今日は―――― 今日だけは、心臓が飛び出るほどに脈を打っていた。
好きな人に手を握られている――
胸の高鳴りを抑えられない。
そこからは2人で屋台を巡った。
由衣に手を引かれ、人ごみの中を進んでいく。本当は俺が先頭に立って由衣をリードしたいのだが、海の中では進むのがやっとの状況だ。
財布を忘れた由衣に変わり、お望みのりんご飴はもちろん、焼きそば、たこ焼き、クレープを買った。
今日のために母親から5000円ほど貰っていて正解だった。
儲かるためとはいえ、出店の商品は何でこんなにも高いのだろうか。
空がようやく赤から藍色に変わった午後7時50分。
1通り買い終えた俺らは遊歩道の端、浜へと続く横長の階段に腰かけていた。
「ねぇ、焼きそば1口頂戴よ」
焼きそばをすすっていると、横から由衣が口をはさむ。
「え? いいけど…… 俺もう口付けてるよ?」
「気にしないから大丈夫!」
「はい、どうぞ……」
多少躊躇いながらも、食べかけの焼きそばを渡す。
「ありがとう。あっ、そうだ。私のたこ焼きいる?」
「いただきます」
焼きそばを受け取るのと反対に、たこ焼きを渡した。
楊枝で刺して熱々のたこ焼きを1つ頬張り、腕時計に目をやると時刻は午後7時55分。目線を横にずらすと、1口と言いながら、全部食べつくす勢いで麺をすする由衣。
小学生の頃であれば何気ない日常の一幕だったが、中学生になり、ありふれた光景は胸の高鳴りへと昇華された。
速足で打つ自分の鼓動を聞きながら深呼吸し、由衣に話しかける。
「ねぇ由衣。そろそろ始まるし浜に行かない? 俺レジャーシート持ってきるから」
「うん」
焼きそばを大きく飲み込んで、由衣が相槌を打つ。
2人同時に立ち上がった時、
「あれって紀明じゃね?」
前方から声が聞こえた。
見るとそこには、部活のチームメイトが3人ほど立っていた。勿論例のチームメイトもいる。
「よっ」
差し障りのない程度に会釈をする。由衣と2人でいる時には、なるべく知人と会うのは避けたかった。
幸い、チームメイトたちは海浜に向かうため、会釈をして去っていった。
しかし、去って10秒も経たないうちに例のチームメイトだけが俺の元へ猛ダッシュで駆け寄って来た。
もちろん奴は俺目当てに戻って来た訳では無い。
「あっ! 由衣ちゃ…… 由衣さん!? こんばんは。浴衣とっても似合ってる!!」
横にいる由衣を見るな否や急に詰め寄ってくる。
「えっと、その…… 初めまして……」
一方由衣は少し引き気味で会釈する。助けを求めるような表情でちらりと俺を見た。
お前、由衣と話したこと無かったんかい!! よくそれで気になってると言えたものだな……
内心呆れながらチームメイトを一瞥する。
「あれ? 紀明、もしかして俺のこと結衣さんに伝えてなかったの!?」
ショックだったのか、周りの人にも聞こえるような大きな声でチームメイトが言う。
「おーい、行くぞ!」
他の2人がチームメイトを呼び止める。
「分かった! 今行く!」
チームメイトが返事をした。
チームメイトは真剣な表情で由衣の目一点を見つめる。
由衣はきょろきょろと目を泳がせていたが、やがて2人の視線が重なる。
チームメイトは大きく息を吸い込んで口を開く。
「あっ、あの由衣さん! 入学式の時からずっと気になっていました。好きです! 俺と付き合ってください!!」
!!!
チームメイトが由衣に告白した。
由衣は顔を紅潮させ困惑した表情を見せる。
先日の由衣にも負けないチームメイトの大胆な告白に、俺はまた思考を停止しかける。
「えっとね…… その…… ううっ……」
しかし、言い淀み、今にも泣きだしそうな由衣の表情を見て俺の意識は引き戻される。
由衣を助けないと!
「待って! 由衣と俺は! そ、その…… 付き合ってるんだ!!」
気が付いたら俺はそんなことを口走っていた。
「え!!!?」
流石に予想外だったのだろう。チームメイトは今までで1番大きな声で驚く。
「だから…… その…… 」
「そんな…… 紀明、由衣ちゃんに彼氏いないって言ってたじゃん……」
「それは…… その……」
言い淀んでいると、
「おい! 行くぞ!!」
「やばい、もう花火始まるじゃん!!」
痺れを切らした残り2人がチームメイトを連行する。
「え? ちょっと!? えぇぇ~!!」
遠ざかるサイレンのように、チームメイトの声が遠のいていく。
急に2人になった俺たちを、波の音と人混みの喧騒が包む。
「の、紀明…… その…… 今のって…………」
目尻に大粒の涙を浮かべ、暗い中でもはっきりと分かる真っ赤に頬の由衣が俺に問う。
その切なくも美しい由衣の姿に、思わず息を飲む。
しかし、見惚れている暇はない。伝えなければならない。
大きく深呼吸して、今まで言えなかった2文字を言う。
「由衣。君が好きだよ」
潤んだ瞳が更に輝き、大粒の涙が今にも溢れだしそうだ。
顔も、先ほど食べていたりんご飴のように赤いままだ。
俺は少しはにかんで由衣に語りかける。
「由衣のお願い、俺に叶えさせて。由衣! 俺と付き合ってほしい!!」
言い終わった瞬間、
花火の打ち上る音が辺りに木霊する。
大輪の花火が夜空に炸裂し、由衣の顔を煌々と照らした。
「うん! 私もっ! 大好きだよ、紀明っ!!」
今まで見た中で、一番綺麗な大輪の笑顔が、俺の目の前に咲いた。
告白は花火と共に 瀬幸 @seyuki
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