27 山修行の思い出と三匹の魔狼

 地を這うように駆け迫る魔狼の相手に武志は手間取っていた。

 壁が崩れた住居を背にしたまま、足下から襲いかかる魔狼に伸ばした拳は空を切り、無防備になった武志の身体目掛けて別の魔狼が飛びかかってきたので振り払おうと腕を振る。

 気づけば三匹の魔狼を相手にしていて、その三匹が代わる代わるに武志に爪を振りかざし噛みつきにきていた。

 魔素で作られた外装が魔狼の爪も牙も弾き返していたが、魔狼にはその程度で獲物を諦めるような可愛げは無い。


 速さが足りない。

 武志の頭に先程まで相手にしていた槍の男の言葉が過ぎる。

 武志の振りかぶった拳は魔狼を捉えきれず、尽く空を切っていた。

 槍の男に対して繰り出した迎え撃つカウンターパンチも、すんでのところで魔狼がその巨躯を軽やかに跳ねさせて避けられた。

 地を這うように駆けてくる魔狼の一匹には下段回し蹴りで対応しようとしたが、その駆ける勢いを急激に殺すブレーキで魔狼が避けて、体勢を崩した武志に三匹総出で飛びかかってきた。

 魔素の外装が弾き、互いにノーダメージの攻防。

 互いに何も無かったという結果が何度も繰り返されているが、その実、武志の攻撃は避けられ魔狼の攻撃は当てられているという結果だ。

 武志の外装となる魔素が削られる事があれば、その時点から一気に窮地へと追い込まれることになる。


 離れた位置ではヴィンドが次々と魔狼を仕込み刀で薙ぎ払っていた。


(あのジイサン、強すぎじゃないか?)


 最初に紹介された僧侶という肩書きに再び疑問を抱きながら、武志は魔狼に注意しつつもヴィンドの動きも目で追っていた。

 速さが足りない、と頭に過ぎる言葉への解決策をヴィンドの動きに求める。

 槍の男のように魔素を操り、己の速度として活用する方法が武志にはわからなかった。

 変身!、と気合いを入れると魔素は外装として身体中に纏わりつき形となってくれるが、未だにそれ以外に魔素を思うように操れている訳では無い。


 叔父おやっさんと行ったキャンプとサバイバルを兼ねた山修行で、狼に遭遇したことがある。

 あの時は確か、五匹ぐらいの狼に囲まれて、ソロキャンプ技術と山での遭難時の心構えを聞いていたぐらいの武志は、戦闘経験なんて持たない小学校高学年だったので怯えて叔父おやっさんに縋るだけだった。

 武志と叔父おやっさん、寝泊まりしてるテントを囲むように迫る狼の群れ。

 それを撃退したのは他でもない、叔父おやっさんだった。


 相手の動きをよく見ろ。

 叔父おやっさんに頭を殴られて逃げ帰っていく狼達を怯えた眼差しで見ていた武志の肩を掴み、山修行の口頭授業が始まる。


 あの日の叔父おやっさんの言葉を思い出しながら、武志はヴィンドの動きを目で追う。

 山修行の時には怯えてまともに見れなかった、実践する者の動き。

 相手の動きを見てその虚を突いていく、速度に速度をぶつける真っ向からのカウンターとは別の動き。


 ヴィンドの動き──襲いかかる魔狼の標的はヴィンド自身ではなくその近くにいるギルド員の二人、そこへ飛びかかろうとする魔狼に対して攻撃の手をほんの一瞬チラつかせ、反応した魔狼の動きに対して更なる別の角度で刀を振るう。

 先手必勝なのか、後手の先なのか。


(何だよ、その動きは!)


 参考にしようと見た老人の動きが、そもそも理解するのにレベルが違いすぎて武志は悪態がつきたくなった。

 そんなのできっかよ、と叔父おやっさんに戦闘技術を学びだした時の気持ちを思い出す。

 警察仕込みの捕縛術は、空手やら柔道やらが混ざり合う高等技術だったので相手の手を取ったあとの絡め方など一目見た時にはイリュージョンのようであった。

 ヴィンドの動きも今まさに奇術じみていた。

 魔狼の頭めがけて仕込み刀を下方から振り上げる、とほんの一瞬だけ動きを入れるとそれに反応して魔狼の巨躯を横一線に薙ぎ払う。


 動きをよく見ろ、とは叔父おやっ さんによく言われたものだ。

 親代わりに武志を育てていく上での叔父おやっさんの教育方針だったらしい。

 実践して見せ学ばせる。

 だから、見て学ぶということは武志にとって馴染みある行為であった。

 あとは取り入れ方の問題だ。


 武志を囲む三匹の魔狼による何度目かになる諦めない疾駆。

 正面左右と三方から迫る、獲物を必ず噛み殺そうとする強い意志を感じる。

 魔素から成る存在であろうと、生物としての本能はあり、その元となった生物を模倣するのだろうか。

 武志はまず下段回し蹴りを振る。

 先行する正面の魔狼への牽制、即座に反応し蹴りの軌道を読んで地を蹴り跳ねる魔狼。

 武志はその魔狼の動きに合わせて振っていた蹴りを強引に地面へと降ろすと、踵で地を蹴り前へと身を乗り出した。

 跳ねる魔狼を追いかける武志、両手を前へと伸ばし、魔狼の頭に掴みかかる。

 抗う魔狼が大きく口を開き牙を突き立てようとするのもものともせず、掴んだその頭を左右に振りかぶった。

 魔狼の巨躯をジャイアントスイングのように振り回し、左右から迫る二匹の魔狼へ牽制すると、それを避けようとする右側の魔狼へと掴んでいた魔狼を投げつけた。

 巨躯と巨躯がぶつかって呻くような魔狼の鳴き声が聞こえる。

 仲間二匹を攻撃されて左側の魔狼は激高するように吠え、武志へと飛びかかる。

 武志は即座に右腕を大きく振りかぶり、槍の男へと見せたカウンターの体勢に入る。


 魔素で成り立つ狼は、普通の狼とは別物であり、その身を空に飛びあがらせてもまだ危険に対して反応させることが出来る。

 空を叩くように身体を反らせると、武志の振りかぶるパンチの軌道からその身を避けさせた。

 だが、しかし、武志の狙いは最初から──。


(まずは、一つ!)


 振りかぶる勢いを左足に乗せ地を強く踏み込み、前へと飛び上がる武志。

 体勢としては不格好、しかし勢いは増して。

 夜を照らす火事の明かりが、避けた魔狼に武志の影を落とした。

 真上から、真下。

 魔狼の巨躯へと武志の拳が突き落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る