16 宿屋で一休みと夜の影を疾走する者達

 宿屋に辿り着く直前にノール達先行組と合流する武志とヴィンド。

 後方に僅かな警戒を向けながら、二人が感じた視線について共有する。

 同じ様な視線を感じていたとノール達三人も返し、通りを行き交う者達に注意を払いながらも一行は宿屋に何事も無く辿り着いた。


 武志の泊まる部屋の注文は、アースカがやり方を教えつつ済ましてくれた。

 帳簿に名前の記入が必要だと言われ、武志はこの世界の文字が書けなかったので困惑していたところアースカがフォローを入れつつ文字を書いてみせてくれた。

 どういう規則がある線の形か武志にはわからなかったが、タケシという三文字らしく武志はとにかくその文字の形を目に焼きつけた。


 武志は宿屋二階にある一人用の部屋に通され、部屋の隅にある四脚の台の上に薄黄色の布が敷かれたベッドらしきものの上で横になった。

 クッションは無いらしく、テーブルの上に布を敷いたみたいな固さだった。

 しきたりは知らないので、武志は靴は脱いでおいた。

 度重なる戦闘でボロボロになってしまったスニーカー。

 買い替えなんてきくのかな?

 いくらぐらいの値段なんだろうか?

 などと考えていたら段々と眠たくなってきていた。

 毛布みたいなものは無かったので、何もかけることなくこのまま寝るのがスタイルらしい。

 Tシャツ一枚でも肌寒いとは感じない程度の気温だったので問題は無い。

 今日は色々起きて疲れた。

 武志は身体全体に広がる疲労感を、そう一日をまとめたことで初めて覚えた。

 ぐっすりと眠れそうだ。



 夜が深くなっていく。

 デトハーには街路灯が無く、空に浮かぶ月が夜の街を照らしていた。

 しかしながら、その広大な街が夜の闇に沈むかというとそうではなく、酒場やギルドなど夜通し営業している店の明かりが東西南北の街区でポツポツと漏れていた。

 夜が深くなっていく。

 照らす月明かりが、漏れた店の明かりが、より影となる場所を暗くしていた。

 通りを歩く僅かとなった人の往来から隠れるようにその影に潜んだ者が、数名。

 頭部をも覆うマントに身を包み、影の中を疾走していく。


「・・・・・・準備は?」


 集団の先頭、若い男の声。


「万端。街の四方に同胞を散らばらしているし、魔獣使いも配置してる」


 答えるのは、しゃがれた男の声。


「狼の準備も出来てる、合図を出せばすぐに始められるよ」


 続き、艶のある女の声。

 数名のマント姿の集団は影から影へと街を疾走し、やがて立ち止まる。

 昼間に目星をつけていた空き家。


「いっそ燃やすか、この家。派手に行こうぜ、なぁ」


 しゃがれた声の男が笑う。

 艶のある声の女が呆れたと首を振るが、若い声の男は頷いて、手に魔素を練って炎を作り出すと空き家の窓に放り投げた。


「ちょっとぉ、野蛮過ぎないかい? せっかく騎士様達の小間使いしてんだ、野盗っぽさは拭いたいもんだけど」


 放り投げられた炎は空き家をあっという間に炎上させる。

 それを見ながら艶のある声の女は不満を漏らす。


「野盗は何処まで行っても野盗だ、お行儀よくなんて今さら出来るものか。さて、始めるぞ、お前達! 手始めに街の門をぶっ壊す!」


 若い声の男がそう言うとその他のマント姿の者達が、威勢よく大声を上げた。

 それが合図となり、事は動き出した。



 狼の遠吠えと誰かの悲鳴が聞こえ、武志は起こされた。

 慌てて窓から外の様子を窺うが、見える範囲では何が起きているのかは把握出来ない。

 隣の部屋から急ぎ駆け出す足音が聞こえ、武志もドアへと向かい部屋を出た。


「ノールっ、何が起きたんだ!?」


 廊下を駆けていく青い甲冑騎士の後ろ姿が見えて、武志は慌てて呼び止めた。


「わからん。街への夜襲かもしれない」


 そうとだけ答えるとノールは廊下の突き当たりにある階段を降りていった。


「ちょ、ちょっと、また一人で勝手に行くんだから!!」


 隣の部屋からミュレットが駆け出してきて、武志に一瞥しつつもそのままノールの後を追いかけていった。

 武志も二人を追いかけようとしたところで、隣の部屋から出てきたアースカとヴィンドに呼び止められた。


「オイオイ、君もなんでも首を突っ込みたがるたちなのか、タケシ君」


「ノールは街への夜襲かもしれないって、飛び出していったけど、アンタ達は追いかけないのか?」


 ノールとミュレットに比べると、部屋から顔を出した程度の対応であるアースカとヴィンド。

 その落ち着きぶりに武志は首を傾げる。


「うーん、まだ状況がわからないんでな。こんなガッチリした外壁で囲まれた街でも、ごく偶に狼の魔獣が紛れ込んでくることがあるのさ。ただそういうのは、この街の元々自警団として活動してたギルド員が対処してくれるもんなんだよ」


 だから慌てて駆けつけても野次馬程度にしかならない、とアースカは付け加えつつ隣に立つヴィンドに補足を任せた。


「ふむ、しかしながら、夕刻に感じたあの視線が気になりましてな。先行はノール様とミュレットに任せまして、我々は状況を確認しようかと──」


 そうヴィンドが言い切る前に、宿屋一階のドアが蹴破る勢いで開かれた。

 宿屋の安全を確保する為と、ノールとミュレットがドアを閉めるように宿屋店主に指示し飛び出したすぐ後のことだった。


「や、やべぇ、街が、街が燃えてやがる!!」


 ノール達と入れ違いで宿屋に飛び込んできた酒に頬を赤らめた男は、必死の形相でそう叫んだ。

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