7 真っ暗な病室と伸びた髪
寝たフリのつもりだったのだが武志が再び目を開けると部屋の中は暗くなっていた。
本格的に眠ってしまっていたようだ。
窓のカーテンから差し込む月明かりで僅かに見える視界には人影は無かった。
どうやらもう今日は刀兵衛は来ないようだ。
どれくらい寝てしまったのかと武志は身を起こし時計を探した。
壁にかけられた時計の短針は十一を指していた。
結構寝てしまったな、と武志は髪がボサボサになった頭を掻いた。
事故から三週間も寝てたせいか髪も少し伸びてきていた。
武志はベッドから立ちあがり、鏡を探すことにした。
ベッド横のサイドテーブルの引き出しを上から開ける。
中には引き出し用の鍵と備え付けられたテレビを視聴するためのテレビカードと呼ばれるプリペイドカードが置かれていた。
カードは千円で二十四時間分観れるらしいが、武志は起きてからまだテレビを観ようとも思ったことが無かったので使用してなかった。
刀兵衛の話から余計にニュースなど観る気にならなかった。
起きてから特に要望を伝えてもなかったので、他に何も入っていなかった。
手鏡でもあればと思っていたが無かったので武志は引き出しを閉めた。
暗い病室を見回す。
少しずつ夜目が効いてきたので見えてくるようになってきた。
ベッドの側を離れて部屋の中を歩く。
用意されたスリッパがペタペタと音を立てる。
「個室ってよく考えたら初めて見るな。実際高いんだろうな、こういうとこって。お金どうしたんだろう、
元刑事という刀兵衛が引退後何の仕事をして家計を賄っているのか、武志は知らなかった。
相談役という何かを現役警官から頼られているのは見たことがあったが、それが稼ぎかというと違うように思う。
それでも武志にアルバイトを迫ることなく、家族三人生活に困ることなく暮らしているので何かしらの収入はどこからか得ているのだろう。
刀兵衛に直接聞いてみても、そんなこと気にすんな、とはぐらかされるだけだった。
病室を見回って、サイドテーブルと反対側に小型の冷蔵庫があることやシャワー室が備え付けられていることに武志は驚いた。
「ちょっとしたホテルみたいだな。いや、下手したらビジネスホテルとかより大きい部屋なのかも」
一人言が暗い個室に響く。
遅い時間だから声は小さくしていたが、妙に反響が良いようだ。
シャワー室の壁に全身鏡が備え付けられていたので、武志は久しぶりに自分の顔を見ることになった。
三週間経ったということもあり予想より髪は伸びていた。
ボサボサになった髪を手で押さえたりして整えようとしたが、寝相が悪かったのか寝癖が反発するように跳ね上がった。
武志が髪を気にして鏡に映る自分をまじまじと見ていると、背後の方で足音が聞こえた。
背後──病室の入り口側に外から近づいてくる足音が聞こえる。
遅い時間だから、見舞い客ということは考えられないし、患者が彷徨いているのだろうか。
「いや、看護師さんの見回りとかかな。大変だな、夜勤も。警備員みたいに見回ったりすんのかな? あ、警備員って可能性もあんのか?」
武志の一人言が増え、少し声が大きくなる。
夜中とまではいかないが遅い時間に暗い病院で足音なんて、武志には嫌な考えが浮かんだ。
刀兵衛の教育で幼い頃から身体は鍛えてきていた。
格闘術も刀兵衛直伝の独自のものを学んできて、喧嘩ならそこそこやれる自信はあった。
しかし、それが逆に殴ったり蹴ったりできないものに対する恐怖として増していた。
足音が入り口のドアに近づいて、止まった。
武志は振り返り、シャワー室から入り口を覗き込むように顔を出した。
息を飲んで音を立てないようにじっと構えた。
入り口のスライドドアがゆっくりと静かに開けられた。
「お前、──」
薄目を開けて武志はドアを開けた主を見ると、そこに立っていたのは司馬正弥だった。
名前を呼ぼうとした武志が言葉を詰まらせる。
司馬の目が虚ろに揺らいでいて、どう見ても正気の様子ではなかった。
白無地のTシャツにグレーのスウェットズボンをだらしなく着ていて、口からは涎を垂らしていた。
忙しなく右腕をかきむしっていて、肌が破けて血が垂れていた。
「なぁ、本庄・・・・・・お前、知ってんだろ?」
「な、何をだよ?」
「なぁ、本庄、お前、知ってんだろ?」
「だ、だから何をだよ、司馬。お前、何言ってんだよ」
同じ言葉を何度も何度も繰り返し、司馬はよろけながら病室内に入ってきた。
武志はその様子に圧倒されて、シャワー室から出たものの司馬に近づけず距離を保つため後ずさった。
「なぁ、本庄、お前、知ってんだろ?」
何度目かの質問に何も心当たりは見つからず、武志は同じ疑問を返そうとした。
何のことだ、と聞き返そうとしたところで虚ろだった司馬の目がかっと大きく開いた。
「オレが、オレたちが、こんなことになっちまったワケをよ!!」
雄叫びを上げるように司馬が吠え、身体をもがくように揺さぶった。
驚いた武志は、司馬に向けて制止の為に手を伸ばしたがそれはあっさりと払われて、代わりに司馬の手が武志の顔面を掴んだ。
「え、──」
掴まれたことを理解するより早く武志の身体は浮遊感に襲われる。
司馬の──人の手ではない何かに掴まれた武志は、次の瞬間、病室の窓に叩きつけられた。
ガシャーン、音がなり衝撃が背中から痛みとなって訪れる。
掴まれたままの身体は叩きつけられた反動を逃すことなくそのまま受けた。
背中の痛み、飛び散る割れた窓ガラスの破片、何かの手。
眼前に迫る司馬の顔面に血管が無数に膨れ上がり、目は血走ったように真っ赤に染まっていた。
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