第13話引き金
引き金
物事の始まりには必ずその行為を行おうと思うに至った動機がある。
多くの薬物離脱教育の中で、それを「引き金」と呼んでいる。
こと覚醒剤についてその引き金は人それぞれで、眠っていた依存症の虫を、何によって目覚めさせられるのかは分からない。
前記したNAと呼ばれる薬物離脱に関する自助グループでは、薬物だけではなくアルコールの摂取も禁止している。
それはあまり私の中ではイメージのよろしくない、ダルクにおいても同じ事で、私としてはアレもコレもダメダメダメ…では、かえってストレスが溜まりある日突然大爆発をするのでは無いか…と思うのだが、薬物離脱を専門的に治療として考えてる人には、私の考えが間違いであると決定付けているらしい。
酒か薬か…どんなジャンキーでも、両刀使いはそれほど多くない。
覚醒剤を覚えると、今まで浴びる様に飲んでいた酒をピタリと止める人も多い。
逆に覚醒剤をやめると、一滴も飲めなかった筈の酒が抵抗なく体の中に入って行く。
そしてその末路は、アルコール依存による肝硬変…。
ドス黒く変色した皮膚に、やたらとギラつく目を張り付け、安酒とタバコのヤニの匂いを撒き散らしながら、暗黒の街寿町を闊歩する浮浪者達も、元は覚醒剤依存でこの街に流れ着いた者がほとんどだ。
覚醒剤依存者は、アルコール依存者になりやすい…。
そんな理由でNAやダルクが酒を禁止してるのではない。
酒は覚醒剤の引き金になる…。
酒に酔う…酔えば気が大きくなる…。
今まで我慢していた物が表に出てくる。
酒を飲むと急に機嫌が悪くなり、暴れ出すいわゆる酒乱なんて物がいい例だ。
その我慢していた物が薬物だとしたら…。
酔いが回る程に薬物の事ばかりが頭の中を支配し始めるのだ。
ここで一発キメれば、強かに酔って朦朧とする頭もハッキリとするのに…。
そう思うと、強くなったはずの酒がやけに回り始める。
オマケに酒は虫けらほどの心臓をこれでもかと揺さぶり、素面なら借りてきた猫のように大人しい人間さえも、野に放たれた野良犬の如く凶暴に変身させる。
「おい、誰か薬持って来い」
一緒に飲んでいた仲間が驚いたようにその声の主を振り返る。
「なんだよ…なんか文句あるのか?」
声の主は周りを睨みつけ、つい先ほどまで穏やかに笑っていた筈の人間とは、顔つきもその息遣いさえまでも別人に変える。
その時、その瞬間、酒が切れるまでの間その声の主を押さえ付け、酔いが覚めるのを待てば良いと思うのが普通だ。
しかし、一度持ち上がった渇望はその欲求を満たすまで消えることはない。
アルコールによる荒々しさは消えたとしても、頭の奥に押さえ込んだはずの覚醒剤に対する欲求の芽が、やがて双葉となり幹を太くし、その欲求を満たすまで枯れることを知らない大輪の花となる。
運良くその花が咲かなかったとしても、その根は雑草の如くその場所に居座り、いつまでも消えることはない。
合法とされるアルコール…その一滴に非合法を呼び覚ます力がある事を、経験のない者も、そして大切な家族や友人の中に薬物依存症を抱える者なら尚の事、その事実を深く理解しておくべきだと私は思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます