愛していました

椎名さくら

第1話 彼女

ああ、どうしてこんなことになったのだろう。どこで間違ってしまったのだろう。彼とはもう二度と会えないのだろうか。なぜ、なぜ、なぜ。意味のない疑問ばかりが頭の中で渦を巻く。

私はふらふらとした足取りで当てもなく歩く。通り過ぎる人の群れ。人の声も、足音も、車の音も、何もかもが遠くに聞こえる。

「ごめん。さら、俺はもう、君の思いには答えられない。」

わたしが悪いのですか?こんなにも愛していたのに。愛し合っていたのに。あなたは私を裏切った。どうして、どうして、どうして。

「君の愛は、なんていうか、重いよ」

愛が重いってどういうこと?私が作ったパスタがおいしくなかったのかな?メールの返事が遅かった?わからない。私は彼のために尽くしたのに。

「そういうところだよ。やっていることおかしいって気づかない?お前おかしいよ」

またこれだ。前もそうだ。私は愛しているのに。彼はわかってくれない。おかしいのは私じゃない。あいつのほうだ。あいつは私の愛がわからない。どうしてわからないの。

「もう金輪際かかわらないでくれ。気持ち悪いよ、お前」

ああ、そうか。きっとあれは運命の人じゃなかったのだ。運命の人のふりをして、私をだましやがった。許さない。許さない。許さない。

気づけば私はあれの家の前にいた。昼下がり、今日バイトはない。懐から合いかぎを出し開ける。居間の中にはテレビを見ているあれの声がする。カバンの中に手を入れる。

「好きです。付き合ってください」

「俺にはさらしかいない」

「さら愛しているよ。」

あれの言葉が頭の中で渦を巻く。以前は脳をとろけさせた甘言も、その笑い声も、今では苛立ちしか感じない。

脳が沸騰する。視界がちかちかする。うっとうしい。地面がゆれる。歩きづらい。はやく消さないと。

右手にそれを握りしめ、私は居間の扉を開ける。あれと目が合った。

「さようなら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る