陰キャな僕とパートの主婦

釧路太郎

前編

 一人暮らしを始めてもうすぐ二年目に突入するのだけれど、僕の部屋に家族以外が入ったことは無かった。大学でもバイト先でもサークルに入ってみても、僕には家で遊ぶような友人は出来なかった。外で遊ぶことは何度かあったし、今のバイト先は皆仲が良いので頻繁に飲み会なんかもあったりするのだけれど、僕はどうもその輪の中に溶け込めていないような気がしていた。

 一応、誘われれば参加はしているのだけれど、誰かと深い話をするわけでもなく、いつも誰かと当り障りのない会話をしつつ空腹を満たして喉の渇きを潤していたのだ。皆飲食店で働いているという事もあって、出された料理を残すことに抵抗があるのだけれど、食べるよりも飲む方がメインになっている人も多い。そうなってしまうと必然的に食べる量も減ってせっかくの料理を残してしまうことになるのだが、そんな時に僕と数名の男子が残った料理を綺麗に平らげることにしている。そう考えると、僕は輪に溶け込むことは出来ないけど飲み会に必要な人材なのではないかと自認していた。


 家から近いレストランでバイトをしているので当然のように同じ大学の学生もいるのだけれど、バイト先では多少は話すことはあっても向こうにはちゃんと友達がいるので偶然大学で会っても会釈を交わす程度の希薄な関係だった。

 言ってみれば、同じバイト先の仲間というだけで友人関係にはなく、バイト先を離れれば会えば挨拶をする程度の知り合いでしかない。僕にとってのバイト先の人間関係なんてその程度のものでしかなかったのだ。

 僕なんかよりも後に入った新人は何人もいるのだけれど、僕みたいに人間関係を拗らせたり斜に構えたりしていないこともあって、みんなちゃんとバイト仲間には溶け込んでいるようだ。僕も出来ることならそうしてみたいという願望はあるのだけれど、今更あんな風にみんなと仲良くなることなんて出来そうもなかった。

 ただ、僕よりも先輩で僕よりもバイト仲間に溶け込めていない人はいるのだけど、その人は開店準備からピークタイム終了まで働いているパートの主婦なのだ。他にもパートの人は何人もいるのだけれど、その人だけはなぜかみんなと距離を取っているように見えていた。僕がその人と一緒に働くことはほとんどないのだけれど、一緒に働いている短い時間帯はとても忙しいので観察している余裕はないのだが、その人が仕事のこと以外で誰かと話しているのを見たことは無い。僕でも多少は雑談をすることもあるので人見知りなのかなと思っていたのだけれど、お客さんや社員の人とは普通に会話をしているのを見たことはあるのだ。

 そのパートの主婦は飲み会にも参加しているところを見たことが一度も無かったのだが、六月にあった飲み会に突然参加することになったのだ。僕はその事に驚いていたのだけれど、他のバイト仲間も僕と同じように驚いていた。仕事中はほとんど私語をしない彼女がどんな人なのかみんな興味があるようで、陽キャな先輩たちが話しかけに行ったりもしていたのだけれど、パートの主婦は彼らに緊張しているのかあまり上手に受け答えは出来ずにいた。彼らの興味は次第にパートの主婦から他の事へと移っていき、最終的には僕と同じように参加して飲み食いしているだけの時間を過ごしているようだった。

 僕はそんなにお酒は強くないので飲むよりも食べる方が多いのだけれど、パートの主婦は食べるよりも飲むのが専門のようだった。それにしても、どれだけお酒が強いのかわからないが、周りの大学生集団よりもパートの主婦の方がたくさん飲んでいるのではないかと思えるくらい飲むピッチが速かった。

 途中から僕は気付いていたのだけれど、パートの主婦は同時に数杯頼んでいたのだ。もちろん、グラス交換なのでそんな事はいけないのだと思うけど、パートの主婦は空いているグラスをちゃんと用意していた。最初は隣の席で寝ている女子のグラスを渡していたのだけれど、二回目からは自分が飲み切ったグラスを渡していたので、きっとセーフなのだろう。


 その後に何度かあった飲み会にもパートの主婦は参加するようになっていた。これだけ続けて参加しているのに今まで一度も参加していなかったのはどうしてなのだろうと思って気にはなっていたのだけれど、僕はパートの主婦とは一度も会話を交わしたことも無く、お互いにどう思っているのかもわからないのでいきなり話しかけることなんて出来ないのだ。

 そんなことが出来るのだったら、僕はこうやって黙々と料理を食べるだけではなくみんなと話しながらお酒を飲んだりしていると思う。それが出来ないからこそ今の僕のポジションがあるのだとは思う。


 十月の飲み会にもパートの主婦は参加していたのだが、いつもと変わらずに多少の料理をつまみながら浴びるようにお酒を飲んでいた。ただ、お酒を飲んでも誰かに絡む事はしないし、帰りも平然と歩いて帰っているようなので、飲んでいるのが本当にお酒なのか疑問に思うことはあった。

 でも、その疑問はすぐに晴れることとなる。たまたま近い席に座ることになったのだが、彼女がオーダーするお酒はどれも間違いなくアルコールが入っている物だった。僕が一杯飲み終わる頃にはすでに四五杯は飲んでいるようなのだが、そのペースの割には顔にも変化は見られないくらいパートの主婦はアルコールに強いようだった。


「ねえ、ちょっと前から気になってたんだけどさ、君って他の人に混ざって話をしたりしないの?」

「そうですね。あんまり話すこととかも無いですし、ここに参加しているのもたくさん美味しいものが食べられるからなんです」

「そうなんだ。ここのお店ってお酒はあんまりおいしくないけど、料理は凄く美味しいもんね。君みたいにおいしそうにたくさん食べる人にはいい店だよね。お酒に関しては、この店が学生向けって事もあって期待しちゃいけないんだろうけど、全部飲んで比べてみた結果、お気に入りは見つからなかったんだ」

「そう言うもんなんですね。好きなお酒ってどんな感じなんですか?」

「どんな感じのお酒が好きなのかわからないかも。それがわかればいいんだけど、色々飲んでみてもいまだにしっくりくるのが見つからないんだよね。君が飲んでるのって、美味しいの?」

「僕が今飲んでるのはウーロン茶ですよ。最初の一杯はお酒であとは料理が無くなるまではウーロン茶を飲むことにしてるんです。料理が無くなったら適当にお酒を頼んでますけど、お酒の違いがよくわからないんですよね。甘いとか甘くないとかそんな感じでしか違いがわからないんです」

「まあ、若いうちはそんなもんだよね。あの子たちを見てると私もあんな時代があったんだなって思うし、もう戻れないんだなって思ったりもしているよ。でも、それがあったからこそ今の私がいるんだなって思うとさ、なんか頑張れそうな気がしているんだよね」

「頑張れそうなって、いつも凄い働いてるじゃないですか。ミスとかしてるところを見たことが無いですし、店長も先輩の事を凄いから手本にして学びなさいって言ってましたよ」

「そういう風に言われるのってちょっとプレッシャー感じちゃうかも。でも、お手本にするのは仕事の事だけにしてね」

「でも、僕も先輩みたいに出来たらいいなって思いますよ。必要最低限の会話だけで上手くやってるってのは凄いことだと思いますもん」

「それそれで良くないこともあるんだけどね。君ってさ、二次会には参加しているの?」

「僕は一次会だけの参加ですね。バイト代のほとんどを生活費に充ててるんで二次会に行く余裕は無いんですよ。そんな事もあって、ここで出来るだけたくさん食べるようにしてるんですよ」

「そうだったんだ。学生さんは大変だね。もしもさ、君が良かったらなんだけど、この後別のお店でちょっとお酒に付き合ってもらえないかな?」

「付き合いたい気持ちはあるんですけど、本当にお金が無いんですよ。今日の会費の分しか持ってきてないんです」

「それだったら安心してくれて大丈夫だよ。ついて来てくれたら私が出すからさ。ねえ、それだったらどうかな?」

「それは悪いんで、来月の給料が出たら払いますよ。それでも良かったら」

「もう、そんな事気にしなくてもいいのよ。私が誘ってるんだから付き合ってもらえる分は出しちゃうからね。でも、二人で一緒に消えるのは何か良くないような気がするから、どこかで待ち合わせしようか。それと、連絡先を交換してもいいかな?」


 僕と彼女は連絡先を交換したのだ。交換した時はお調子者の陽キャが反対側の席で騒いでいたので誰にも気付かれなかった。僕は生まれて初めて女性と連絡先を交換したのだけれど、相手が主婦で大丈夫なのだろうか。

 もしかして、主婦と二人だけで飲みに行くのは危険なのではないだろうか。何もしていないし下心も無いのに彼女の旦那さんから不倫しているとか言われてしまったらどうしよう。

 そんな不安に駆られながらも、僕は待ち合わせ場所のコンビニの前で彼女がやってくるのを待っていた。もしも、僕の嫌な予感が当たるとしたら、彼女にはここに来てほしくないと思ってしまっていた。

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