砂時計の王子 〜episode of Vans〜

まこちー

序章

(生き延びた……今日も、やっと……)

真っ暗な路地裏。片手に刃物を持った15歳の少年が息を切らして歩いている。

(だが……明日は……俺には……)

短い銀髪が揺れる。茶色の瞳には光がない。

(明日は……来ないかもしれない……)

生まれてから毎日だ。毎日、「明日は死ぬ」と思っている。

「おい!こっちに逃げたぞ!」

声に驚いて息を潜める。三人の男の足音。

「またあの銀髪の盗人だ!パンを奪いやがった!」

「王宮の近くにあるスラム街の盗人だな!うちの店もやられた!」

「捕まえたところでどうせ親がいないから弁償なんて期待できねぇが、王宮の騎士団に突き出せば一生地下牢だ」

「全く、勘弁して欲しいぜ。こっちも裕福じゃないのにさ」

「そんなのシャフマの平民全員だろう。この国で良い暮らしをしてるやつらなんて王宮に暮らしてる王族か、辺境で土地を持ってる貴族しかしねぇよ」

(店があるだけいいと思わないのか……!)

自分には名も、家もない。生まれた時からずっと一人で盗みを繰り返して生きてきた。スラム街にはそうやって生きている人間がたくさんいる。

「あと何年で1000年だっけ?たしか今は……王国歴968年だから……」

「1000年まで32年か。これだけ歴史があってもシャフマは国力がねぇよなぁ」

「北国のストワードに移住しようかな、俺」

「ははは、年中雪が降ってる国にか?暑い国の俺たちでは生きていけねぇよ。やめとけやめとけ。それにストワード人は熊みたいにでかいって噂だぜ!」

「へぇ〜。貧相なシャフマ人は食べられちまうかもな」

話題が自分ではないものに移ったらしい。遠ざかって行く足音に、少年は胸をなで下ろした。

「こんなところで何をしているんだ?」

「わっ!」

突然後ろから話しかけられた。路地裏なのに。

「くっ……誰だ、パンは渡さないぞ」

素早く距離を取り、刃物を突き出す。

「物騒な奴だな。別に腹は減っていないぜ」

「……その格好、平民だな?」

目の前の少年は汚れた布を纏っている。スラム街の人間ではないだろう。健康的な体をしているのがすぐ分かった。おそらくこの付近で店を構えている平民の息子だ。

(さっきの店の店主と関係があったらマズい。ここでころさないと……)

こんなことも少年にとっては日常茶飯事だった。顔がバレる前にころす。たったそれだけのこと。

「俺のお気に入りの場所に座っていただけなのに、何故刃物を向けられないといけないんだよ……」

真っ暗で顔が見えない。しかしぼんやりと見える輪郭から、自分とほぼ同じ年齢の少年ということは分かった。

「路地裏が気に入ってるのか?」

「そうだ。落ち着くからな」

「落ち着く……」

「うん。だからその刃物下ろせ。一緒にパンを食べようぜ」

「……」

目の前の少年が持っている袋から良い匂いがした。一瞬、それに気を取られる。

「隙ありっ!」

「っ!?」

飛びつかれた。視界が星でいっぱいの空になる。二重の意味で。頭を打ったのだ。

「うぐっ……な、なんのつもりだ」

「よっしゃ、俺が勝ったぜ!こう見えて不意打ちが得意なのさ!」

(あ……)

今度は真っ白な肌の少年の顔が上に来る。月明かりは路地裏まで届いている。その黒い髪が、金色の瞳が、上がった口角がよく見えた。

少年の銀髪と茶色の瞳も月に照らされた。それを見た黒髪の少年が声を上げて笑う。

「っははは!お前、俺と同い年だろう!必死に声を低くして威嚇していたな?」

細められた目にドキリとする。この男は、まるで全てを見透かしているような顔をするのか。

「俺は『ヴァン』。しがない平民だ。なぁ、お前の名前を教えてくれよ。俺たち仲良くできそうじゃあないか?」

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