第98話 中部地帯

「もうわかったから、服を着てくれ」


クロードはリタが着替えやすいように背を向けた。


背後でもぞもぞと布と肌がこすれるような音がしていたかと思うと、突然リタが後ろから抱き着いてきた。


「着替えたわよ。でも、普通はぎゅうと抱きしめてくれる場面でしょ、ここは」


リタはもう一度強く抱きしめ直すと扉の方に歩いていった。


「外でむっつり兵士さんが聞き耳立てているかもしれないから、今日はもう部屋に戻るわ。おやすみ、王様」


リタは悪戯っぽく言うと扉の向こうへ消えていった。



一人になったクロードは水差しの水を杯に満たし、それを持ったまま、執務机に向かった。

オイゲン老が先ほど持ってきてくれた地図や資料にも目を通しておかなければならない。この国の取るべき形や今後のことを考えなくてはならないし、リタの話から得た情報も整理しなければならない。


まず最初にオイゲン老が持ってきてくれた地図を眺めてみた。

この地図はいつ作られたものかわからなかったが、クローデン王国が記されていたので、その建国以後のものであることがわかる。

クローデン王国の王都ブロフォストとその北にそびえる険しい山々の位置からすると自分たちがいる場所はこの辺であろうかと思いめぐらしていると、ちょうど指でなぞっているあたりに中部地帯ミッドランドという地名が書かれていた。

そして、魔境の森と呼んでいた森が今よりもずっと小さく、この城があると思われる丘の周りと山のふもとに近接した辺りに広がっている以外は、いくつか点在した小さな森しかないことに気が付いた。

あの廃村ガルツヴァがあった辺りは完全に平地だった。

今、森になっている部分を地図で見ると、かつてはガルツヴァ以外にも村や町がいくつもあったことがわかる。

ガルツヴァのように廃れ、人が放棄した土地に侵食する森。

途中で途切れていた旧街道を思い出すと、魔境の森は年月を経て、今もなお少しずつではあるが、広がり続けている。


魔境の森のさらに北には聞いたことがない名前の国がいくつもあり、クローデン王国の周辺にも神聖ロサリア教国、アヴァロニア帝国など、かつてヘルマンから聞いた憶えがある国名を見つけることができた。

おそらく中部地帯ミッドランドというのは北部、南部の国々に挟まれた中間の土地ということを意味しているのだろう。

森が邪魔で行き来が途絶えているようだが、街道を整備すれば交易なども可能になるのかもしれない。

地図は南も北も陸地の途中までしか記されておらず、世界地図というわけではないようだ。この地図で描かれている部分の外側にも、見知らぬ文化、見知らぬ国が存在するのかもしれない。


クロードは杯の水を飲みながら、他の資料にも一通りどんな内容なのか、パラパラめくってみた。

一度に全部は頭に入りそうもないが、この地域の歴史や習俗、そして闇エルフの一族がいかにしてこの地域を治めていたかの記録であることが分かった。


この中部地帯ミッドランドは森に蔽われる以前から、ざまざまな種族が縄張りを主張し合い、時には争いながら暮らしていたようだ。

闇エルフ族はそうした争いに関わることなく、森の精霊王の力で自分たちの城と住処の豊かな森を隠し、限られた資源を醜く奪い合う他の種族をよそに、平和に暮らしていたのだという。

森の精霊王の庇護下にあるという他種族にない恩恵によって、この中部地帯ミッドランドの実質的な特権階級として闇エルフ族は君臨していたと言える。

今、自分がいるこの城はイシュリーン城という名で、≪黒き森の閉ざされた城≫というのは本来、羨望のまなざしで闇エルフ族を見ていた他種族からの呼び名であったらしい。


まだ渡されていた資料のほとんど読めていないが、さすがに睡魔が襲ってきた。


水ではなく、ブラックの熱いコーヒーでもあればもう少し捗るのだが。



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