第31話 あの世とこの世の境にある者

八は、ずっと目を凝らしていた。自分が今、どこにいるのかわからなかった。そこは、川の上だったり、濃い霧の中だったり、深い谷の底だったり、上だったり下だったり、足元が変わっていた。わかっているのは、1人だって事と、瑠眞の鎌先が、自分の首筋に当たったって事。自分の人生が、強制的に終わらされたって事だった。

「ここは。。?」

八は、濃い霧に囲まれた。川の上に立っているようだった。川の対岸に着きそうになるが、誰かに声をかけられ、引き戻される。川岸に足が届きそうになると、

「戻って!」

沙羅に似た声が聞こえてくる様だった。

「ここから、反対の岸に行って。細い道がある。底に出たら振り返らず、進んで。決して、後ろを振り返らないで」

八は、声のする方を見ようとしたが、見る事は出来なかった。黒い霧が立ち込めている。

「沙羅?」

沙羅の声だと思い、叫んでみるが、返事はない。岸に渡りたい気持ちを抑え、反対向に、進んでみる事にした。霧が濃く、本当に反対側に行っているのか、わからないが、手で、霧を掻くように進むと、金色に輝く細い道が、対岸に見えた。

「ここか?」

八は、対岸に足を下ろした。

「八!」

蓮の声が聞こえたような気がした。今までの記憶が、蘇り、蓮に逢いたい気持ちが高まった。

「れーん!」

八は、叫んだ。が、霧の中に、吸い込まれていった。金色の細い道を進んでみた。細くて、どこかの田舎の畦道と変わらない道だった。よくみると、その道は、深い谷底にあった。何処からともなく吹いてくる風が、頬にあたり、その先に、抜け道がある事を教えていた。

「ここを、抜ければ、蓮に会えるのか?」

歩いても、歩いても、抜け出せそうな気がしない。何処からか、女性の鳴き声が聞こえてきた。

「誰?」

どこかで、聞いた事のある声だった。それは、後ろから聞こえてくる様だった。振り向きたいのを抑え、八は、進んでいった。

「八?忘れたの?私よ」

その声は、沙羅の様だった。

「知らないふりしないで、八。覚えてる?大学の頃の事」

八は無視した。

「戻りたいの。あの頃に。八。。よく帰り道に寄ったあの店に行きたわね」

構わず、先に進む。早く出口のたどり着こうと、八は、足を早めた。

「八。私よ。私は、最後の力を振り絞って、あなたを助けたのよ」

危うく、振り返りそうになった。あと、少しで、出口に出れそうだった。

「八!」

蓮の声が聞こえた。左肩に誰かが、触れた。蓮の手だ!

「蓮!」

左肩に置かれた手に触れ、八は、思わず、振り返ってしまった。

「!」

左肩に置かれた手は

長い爪を持つ地獄の犬に変わっていた。

「うわ!」

足元から、崩れ落ちそうになった。八は、必死で、手を伸ばし、何かに捕まった。地獄の犬は、裂けた口で、八に襲いかかってきた。無我夢中で、手をばたつかせると、何かに当たった。沙羅の細い腕だった。

「少しだけ、少しだけだよ。八。時間をもらえたのは。あとは、自分で、勝ち取るのよ」

沙羅の腕が、八を引き上げるのと、同時に、地獄の犬が、襲い掛かってきた。何匹かの、犬が、沙羅と八を追いかけ、黄泉路から、飛び出していった。

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