第12話 壁に咲くのは、赤い華

 市神とのニアミスがあって、しばらく僕は、事務所から出ないでいた。電話で済ませる事は、極力、電話にして、みんなが出ていく背中を見つめていた。ひっそりと生きていこう。そう思っていたのに、いつの間にか、引きずり込まれていく。紗羅とも、あわずにいたかった。

「やっぱり、しけた面しやがって」

営業と称し、現れた八が、声を張り上げた。

「やっぱりさ。。。なんていうか、人のいる所は、まずいんだよ」

僕は、ため息をついた。

「地味な仕事なら、いいのかな?って、思っていたけど」

八は、笑った。

「ていうか、呼んでいるんじゃないか?」

「俺が?」

八は、うなずく。

「紗羅も、そうだけど。避けて通れない道があるんだよ」

「紗羅も。。。」

僕は、沙羅に会いたくない。お互い会ってしまう事で、取り返しのつかない事になると思っている。遠い記憶の中に、紗羅がいた。壁一面の赤い花に囲まれ。。。否。あれは、赤い花では、なく。鮮血。

「しばらく、、、俺、休もうかな」

「だーから」

八は、力いっぱい僕の背中を叩いた。

「逃げても、無理なんだよ。解決しろよ」

目一杯落ち込んだ所に、電話が鳴った。着信の番号を見て、僕は、頭を抱えた。

「どういう事か、教えてくれる?」

市神の声だった。

「はい?」

僕は、聞き返した。

「知ってるよね。事業所の責任者とも、連絡が取れない。あの看護師が、倒れていたんだ」

あの看護師とは、おそらく紗羅のことだ。

「倒れていた?って、そして、今は、どうしてるんですか?」

「いなく。。なったんだよ。なんていうか。。。消えたんだ。信じられるか?」

僕は、八と顔を見合わせた。話をわかりやすくすると、こうだ。いつもの通り、往診に出かけようと、先に看護師を送り込んだ市神は、患者を見ようと居室に上がり込んだ。すると患者は、ベッドに、おらず、部屋の奥に倒れていたそうだ。部屋は、血に染まり、その中に紗羅が倒れていたらしい。その場に居た看護師に問いただしている間に、沙羅は、忽然と消えていた。砂の様に消えたのを見たと市神は話ている。

「どうする?」

八は、聞いた。

「どうしたら、いいですか?」

僕は、市神に聞いた。

「行った方が、いいですか?」

行く気はないが、沙羅の事をよく知りたいという気持ちもあった。

「行っちゃ、ダメよ」

突然、紗羅の声がした。振り向くと、鮮血に染まった紗羅が、事務所に現れていた。

「紗羅」

八が、僕より先に駆け寄った。

「今までのようには、行かないわね。今更だけど、もう、隠しておくのも、難しくなってきたしね」

沙羅は、片膝をついた。かなり、ダメージを受けているようだ。

「罠。。よ。わからないの?」

沙羅は、右手で、着ていた上着を剥いで見せた。一瞬、僕は、目を背けようとしたが、視界に、見慣れた光る物を目にして、凍りついた。

「それは。。。」

紗羅の胸に深く刺さっていた光る物。それは、いつも、市神が、身につけ、闇を切り裂き、光を呼ぶ、ペンの先だった。紗羅や市神、医療職の奴らは、何かと、胸ポケットに、ペン類を指している。その中の一つだった。

「しかも。。これは」

香木の釘だった。ペンではない。明らかに、沙羅を狙った物。

「参ったわね。。まさか、簡単にやられるとは。。」

紗羅の胸元から、砂のように、形が崩れていく。

「待って」

八が、手をかけようとした時、紗羅の後ろに、闇が広がり、その中から、細い手が覗いた。

「紗羅」

その手は、紗羅の肩をひょいと軽げに掴むと、闇の中へと引き摺り込網とした。

「待って!」

僕が、手を伸ばすより先に、沙羅は、その闇の中に、呑まれていった。

「嘘だろう」

僕が、躊躇している間に、紗羅の姿は、無くなっていった。

「大丈夫だ。。」

八は、自分に言い聞かせるように、何度も、繰り返した。沙羅は、砂のように、崩れ落ちていった、完全に、消えて無くなる前に、闇に帰っていった?何事が、起きたのか、理解できず、何度も、起きた事、目にした事を繰り返した。

沙羅を、手に掛けたのは、いったい誰なのか。。

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