第10話 光と影

沙羅が、その場を去って、僕は何事も起きなかったように、あの包帯の化け物と向き合っていた。あの禍々しい殺気は、今となっては、かなり小さくなっており、沙羅が食べた?跡からは、新しい皮膚が顔を覗かせていた。文字通り顔が、あちこちから覗いている。そして、この腐臭。この家は、墓場となっている。いつから、ここに集まった?のだろう。この辺りを回りながら、全く僕は、気づかなかった。

「やぁ」

そこで、聞き慣れた高いトーンの声が響いた。白衣を纏い、後方から若い看護師を引き連れた市神が、現れた。

「遅くなって、悪かった」

故意とだろう。僕は、毒気づいた。市神の声と同時に僕の見ていた世界は、反転した。包帯の化け物と、思っていた人物は、年老いた褥瘡に苦しむ高齢の老人になっていた。ウロウロと歩きまわる妻は、目の虚な認知症の妻と姿を変え、胸を鮮血に染めた長男は、分厚いパジャマを着込んだ引きこもりの男性に姿を変えていた。

「なかなか、患者が切れなくてね」

市神は、僕の座る床に大きなバックを看護師に置かせた。

「どうだった。挨拶は、済んだのかな」

市神は、僕の耳に囁く。

「怪我は、しなかったのかい」

意味深に話しかけた。

「特に。。」

僕は、フラフラと立ち上がった。

「おや。。」

市神は、嬉しそうに僕の肩を見て、大袈裟に覗き込んだ。

「少し、血が出ている様だね。感染すると大変なんだな」

「いえ。。。大丈夫な体なんで」

シャツを引き寄せて言いながら、余計な事を言ったと思って、口を固く結んだ。

「大丈夫?」

「はい」

僕は、返事をすると、自分のバックをゴソゴソした。

「先生。進めてください」

「そうか?」

市神は、老人に向き直った。

「なかなか良くならなくてね。おっと」

市神は、沙羅が、吸い取った箇所をに気づいた。

「これは、また綺麗に。何か、特別な薬でもあったのかな?」

僕が、答えずにいると、また、玄関の方から、とびきり明るい声がした。

「遅れました」

八宮だった。本当だよ。もう少し、早く来いよ。彼は、人懐こい顔で、看護師達に挨拶した。

「なかなか、この家にたどり着けなくて。いや〜先生は、流石ですね。」

八は、一方的に捲し立てながら、僕と市神の間に割って入ってきた。

「で、先生、どうしましょう?」

僕を庇うように、八は、手で僕を後ろに押し出した。八は、いつも、そうだった。生身で、僕を庇ってくれるんだ。

「時間、押しますよ。ね」

市神も、強い光だが、八の神々しい光は、澄み切り僕には、優しく眩しい。今回も、また、八に救われてしまった。僕は、ほっとして息を吐いた。

。。。まだ、普通でいられる。。。



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