第5話 姉

 家族がいるのは、当然だ。

 だって、ここはユウの家だから……。 


 ユリさんはドアの外で何かを叫んでいるが、やはり理解できない言葉であった。


 でも、この言葉は私の世界で一般教養だった外国語に何処か似ている気がした。


 私は体を起こし、その声にゆっくり耳を傾けていると、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、ドアは強く蹴り開けられた。


 開け放たれたドアからは、黒いショートヘアで、鋭い眼つきのユリさんが苛立ちの顔を覗かせた。


 そして、強い口調で……。


「◎△$♪×¥●&%#?!」

(翻訳 ユウ! いつまで寝てるの! 

 てっ……起きてるんだったら返事ぐらい返しなさいよ!)


 それは強くハッキリとした言葉であったが、やはり理解しきれなかった。

 

 私だって返事ぐらいしたかった。


 でも、この国の言語は勿論、元の国の言語も話すことができなかったのである。

 ただ忘れたわけではない、言葉を紡ごうとすると、2つの記憶が邪魔をして上手くいかなかったのだ。


 試しに軽いジェスチャーで会話をしようとすると、ユリさんの怒りはみるみると増していくのが見てわかった。


 次にどうなるかは経験と感でわかってしまった。


「○▼※△☆▲※◎★●・・・・・・・・・・・・・」

(翻訳 まだ寝ぼけてる? まさか、私のことからかってるの? 

 そう、わかった……いま、目を覚まさしてあげる)


 頭に鈍い痛みが走ったと思った頃には、天井を見上げていた。


 めちゃくちゃ、いてぇ……。

 

 この頭部への刺激のお陰かせいか、さっきよりも記憶の混同が解け始めているのがわかった。その証拠に徐々に話している内容がわかるようになっている。


「だーじょーー? いつーなら避ーるのに。ほんとうに今日はどうしたの?」


 その問に、私はまだ話せなかったため、大丈夫の意思を軽い手振りで返した。


 すると、ユリさんは降りてくるように再度促し、下の階に降りていった。


 いまの現状、どうしたらいいのか、全く検討つかないが……。


 とりあえず今も拳骨の痛みは、ジンジンと継続している。夢羽としての夢や幻想だった説は崩れ去ったようだ。いや、まだ決めつけるべきじゃない、頑固で強靭な夢である可能性だってある。 そうであってほしい。


 しかし何もかもが解らないし、やるべき事も思いつかない。今は流れに身を任せて、状況を読み解いていくしかない。


 私は渋々、下の階に降りた。

 すると、ユリさんは朝食か昼食を食べている途中であった。そして、もう一人分が机の上に準備されていることに気がついた。


 私は慣れたように迷いなく自分の席につき、用意されたご飯を食べることにした。


 用意されていたモノはいつもと代わり映えしない、主食のパンに、加工肉と焼かれた卵、新鮮な野菜のサラダ。


 ユリさんが出す料理は調理工程が少ないシンプルなモノが多い。「食材がもつ自然の味が好きだから、やらないだけで出来る」とたしか言っていたが、真相は不明だ。


 そんなご飯を黙々と食べていると、何もわかっていない様子の私に、ユリさんは不満があるのか、文句を垂れ始める。


「それにしても、朝あれだけ大きい音が鳴っていたのに。よく起きなかったね。 

 私はそれに叩き起こされた」


 私は咄嗟に「そんなのあったか?」と流暢に答えていた。


 さっきとは違い、今度は考えた言葉が自然に出るようになっていたことに内心で驚く。 


「やっぱり気づいていなかったんだね。

 王国内じゃ。魔族の襲撃を疑って、大慌てなんだよ……。

 まぁ現状、被害や目撃情報はないし、大丈夫だとは思うけど」


 私は魔族という言葉に棘が刺さったかのような引っかかりを覚え、頭の記憶から猛スピードで検索をかける。そして、魔族という脅威を思い出した。


「えっ、魔族がい……襲ってきたのか?」


「それは今、調査兵団が調べてるところ……。かくいう私も行くことになるだろうね」


 この言葉の意味を理解するためには、記憶の中からユリさんの今の職業を思い出す必要があった。 

 しかしユリさんが就職したのは比較的、最近の出来事だったから、すぐに引っ張りだせた。


「そうかもな。ユ……姉さんは国に仕えている身だから」


「ほんと、今日はひさびさの非番だったのに……。

 いや、うだうだ言っても、しょうがないね」


 急いでいる様子だったユリさんは、食事を済ますと身支度をして仕事にそそくさと出掛けていった。


「じゃあ、私はもういくから」


「あぁ、いってらっしゃい」

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