4階のマティーニ

味噌醤一郎

有神論

「え?昆布、そうなの?意外」

「そう?」

「うん。なんか見るからに昆布って無神論者。大酒飲みだし」

「酒飲み関係ねえから。あたしは昔っから有神論だよ」

「へ、え」

「あ。田中、口ごもった。説明しないとね、こりゃ」


あたしたちは会社帰り、二人で時々来るこのバーのスツールに腰かけて、各々2杯目のドライマティーニに口をつけている。

田中明とあたし、昆布雅美は、酒販会社の同期で二人とも29才。

大卒で入社して以来の仲だ。


田中明はスキンヘッドで眉毛もない。

入社当初、名前にも顔にもインパクトがないから取引先に覚えてもらえないと先輩に言われ、ぶちぎれて髪と眉を剃って出勤した。会社では国内営業部に勤めている。今ではその容姿が幸いして成績はいいらしい。見た目と、そもそもの人当たりの良さとのギャップで、お客さんを取り込んでいくらしい。


あたし、昆布雅美は海外事業部勤務。

大学時代、勿体ないからと取れるだけの語学の単位を取っていたのが幸いした。部では重宝がられているが、滅多に海外出張には行けない。おいしい所は先輩へ。私は主に事務所に詰めて海外との連絡役をやっている。


そんな二人が入社してすぐ意気投合したのは、私たちがどっちも無類の酒好きだったから。二人とも酒に関わりつつ、うまくいけばただ酒にありつけるんじゃないかと下心込みでこの会社を選んだ。酒造メーカーではなく酒販会社を選んだのはいろんな酒にありつけると思ったから。そんな志望動機まで二人は同じだった。勿論、入社の面接であたしたちはそれを一言も話していないが。


あたしは、ドライマティーニを一口すすった。


「あのね。あたし、ミドリムシ飼ったことあんのね」

「ああ。言ってたな。ミドリムシ」

「川の水をペットボトルに汲んできてさ、ビール酵母入れて。これは餌ね。それを窓辺に置いておく。一日一回、蓋を開けて空気を入れてあげる」

「手のかかるもんじゃないのな」

「まあね。そうするとミドリムシが爆発的に増えてくる。水が緑色になるからすぐわかる」

「ほお。見えるの?一匹一匹」

「見えるよ、肉眼でも。泳いでるのをよく見たいときは虫眼鏡。もっとよく観察したいときは顕微鏡」

「ふうん。面白そうだな。やってみたくはないけど」

「別におすすめはしてない。あのね、でもあたし、ミドリムシ育てながら思ったんだよ」

「ん?何を」

「このあたしとミドリムシの関係ね。神と人間みたいだって」

「お」

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