19.どうしようもない過去を思いだしながら、カニクリームコロッケを作りました。【後編】


「かに、くりーむ??」


 そもそもシオンさんは蟹と言うモノを理解していないらしく、首を傾げるようにしながら僕の方を見ている。僕もどのように説明すれば良いのかわからない。

 この世界に『蟹』と言うモノは存在するのだろうか?

 僕はこの世界では一度も外に出た事がない。それは『契約』に反している事でもあり、外に出てしまったら僕の身体が空けてしまう――実は試した事があったのだが、明らかに消えてしまうぐらい、じぶんの身体が空けてしまったのだ。

 この森は『死の森』と言われ、凶悪な魔物たちが暮らしている場所だとクロさんから聞いた。なら、何故こんな場所に店が出来ているのか、それはこの場所だから、とルナさんが言っていたような気がする。

 話を戻し、冷凍庫から取り出したのは冷凍しているカニクリームコロッケだった。シオンが近くで興味津々に見ている。

「それは?」

「これがカニクリームコロッケです。実はコロッケは作れるんですけど、カニクリームコロッケはちょっとうまく作れた事がないので、今日は市販のモノを使わせていただきます。すみません」

「し、はん?」

「えっと……僕が作っていないモノを提供するって言う事でいいのかな?」

 伝わっただろうかと僕はシオンさんに目を向けるが、シオンさんはブツブツと何かを呟くようにしながら考え込んでいる。その様子を思わず見つめながら、僕は早速調理に取りかかる。

 と言っても、ただ油で揚げて、完成って言うだけなのだが。

 フライパンに適量の油を入れて、温まったのを確認した後、僕はそのカニクリームコロッケを油の中に入れる。じゅわっと言う音が耳から聞こえ、徐々に色が変わろうとしている。

「おお……ッ」

 徐々に色が変わる姿を輝いた目で見つめているシオンさんに、思わず笑ってしまう。

 先ほどまで大人のような笑顔を見せているのに笑っていない顔をしていたのに、カニクリームコロッケを揚げている姿を見つめている時は本当に子供のように目を輝かせているのだ。

 僕の笑い声が少し聞こえたのか、シオンさんは少し恥ずかしそうな顔をしながら、僕に目を向ける。

「……本当、アキノリと居ると気が緩んでしまう感じです。あなたが居る場所は僕にとって初めてな場所です」

「そう、ですか?」

「そうですよ。そもそも僕はこのような調理法を知りません。そして、このような店も、全く……ですが、一番興味を注がれるのは、あなたです。アキノリ」

「え?」

「あなたから、何も感じられない」

「……それは、どういう意味で?」


「――アキノリ、あなたは既に死んでいますよね?」


 シオンさんの目が真っ直ぐ僕を見つめ、先ほどの笑いなどなかったかのような真剣な瞳で、僕を見ている。

 僕は驚きもしなかった。だってそれは本当の事だから。

 ただ、気づかれているとは思わなかったので、少しだけ体が反応してしまう様子をシオンさんに見せてしまった。

「……本当、シオンさんって何から何までお見通しって感じですね」

「おや、正解ですか?」

「はい、正解です……しかし驚きました。どうしてわかったんですか?」

「それは簡単ですよ。僕の目、ちょっと特殊なんです」

 シオンさんはいきなり僕の顔に近づき、ジッと自分の両目を見せてきた。透き通るような綺麗な色の瞳だが、その瞳に指を指す。

「僕の目は全てを見通せる『鑑定瞳』と言うモノの持ち主なんです。人がどのような存在なのか、どんな力を持っているのか、それを鑑定する魔眼なんです……おかげで結構役になっているんですけど、アキノリさんは……『視えない』んです」

「みえない、ですか?」

「視えない事は極めて初めてだし……と思って、ちょっとカマかけてみたんですけど、当たっちゃったみたいで、あははッ!」

「え……」

 どうやら出まかせだったらしく、流石に笑いながら答えるシオンさんに何も言えず、僕は呆然としながら見ている事しか出来なかった。

 しかし、僕自身死んでいるのは間違いない。

 『あの時』、僕は本当『死んだ』のだ。

 義理の兄を殺し、敵を討って、そして世界に絶望して、大好きな姉を助けることが出来ず、依存して生きてきた僕にとって、その相手が居なくなった事で、僕は世界を憎み、飛び降りた。

 最終的には、ルナさんが声をかけてくれたのだが。

 ふと、クリームコロッケがそろそろできそうなので、僕は箸を取り出し、急いで油から救出する。そんな作業をしている横で、シオンさんは話を続ける。

「――死んだ、って言うのはわかりましたが……しかし、アキノリは今、ここに居ます。触れる事も出来ているのは……どうしてですか?」

「ああ、それは簡単です。これは僕の『魔術』なんですよ」

「魔術?」


「正式には……僕にこの機会を与えてくださった方が、『月の神ルナ』だっただけです」


 『月の神ルナ』――彼女はそのように名乗った。

 とても綺麗な女性で、美しく、そして悲しげに、死にゆく僕を見つめてくれた。

 彼女は自分を助けたい一心で僕に声をかけてくれた。助けたいと言う願いがあったからこそ、なのだが。

 しかし、僕はあの時どうでも良くなっていた。手を差し伸べてくれたはずなのに、僕は振り払った。助けなどいらない、もう死なせてほしい。この世界から逃げたかったから。

 カニクリームコロッケをお皿に並べ、レタスとトマトを付け合わせにする為に飾る。

「このお店がどうして満月の夜のみ営業しているか、それは『月の神ルナ』の力のおかげです。満月の夜のみしかその力は発動されない。そしてこの『死の森』中心部には『魔素』と言うものがたまりにたまっている、と言ってました。僕には魔力と言うものはなく、このようなモノは作れません。だから、『月の神ルナ』の力とこの『死の森』の『魔素』を借りて、満月の夜だけこのお店を出せるようにしているんです」

「……なるほど、つまりこれ全て、アキノリの『魔術』、ですか」

「はい」

「すごいですね。全然気づきませんでした……店より、アキノリに目が行っていたから、かな?」

「あはははっ……けど、このお話、シオンさんにしか話してないんですよ。バレたから」

 そう言えばクロさんにもこの話はしてない。多分、聞いてこなかったからだと思う。しかし、いつかは話さなければならないなと思いながら、僕はシオンさんを誘導しつつ、お皿をテーブルの上に置いた。

「お待たせいたしました」

 静かにお辞儀をしながら、僕は今日のメニューを発表する。


「僕の手作りって言う訳じゃないんですけど、カニクリームコロッケです」


 席に座り、再度シオンさんは輝くような目をしつつ、熱そうなカニクリームコロッケを見ながら答える。

「手作りではないと言うと、これは一体だれが作ったんですか?」

「そうですね……まぁ、市販です。近くのスーパーで買った、って感じです」

「すーぱー?」

「『向こう』では僕、一応『生きている』ので」

「??」

 どうやら全く理解出来ていないらしく、シオンさんは首を傾げ、僕もそれ以上言う事なく笑いながらシオンさんを見ていた。

 シオンさんも多分それ以上何も言わないと悟ったのか、用意されたカニクリームコロッケをフォークとナイフを装備し、ゆっくりと切る。

 すると、とろっとしたものが中から出てきたのが楽しいのか、シオンさんは再度僕の方に目を向けた。

「クリームって言いましたよ?」

「……なるほど」

 フォークで切ったものを刺し、そのままゆっくりと口の中に入れ、一口噛む。噛んだ瞬間熱かったのか、熱そうな顔をしていたのだが、ゆっくりと一口、一口、噛んでいたので僕はそれを見守る。

 右手で口を押え、熱さに耐えながら、ゆっくりと噛み終え、飲み込んだ。次の瞬間、目を見開くようにしながら、シオンさんは告げる。

「お、美味しいですっ!何ですかこのとろっとした感触、コロッケとは違う味わいに外はさくさく、中はとろっとしていて……ああ、とろっとなんて二回言っちゃった!」

「フフっ……良かったです」

「……本当、アキノリは色々と僕に初めてを下さいますね。本当、不思議です」

「そうですか?」

「そーですよ」

 首を傾げながら答える僕に、その姿を見てため息を吐くシオンさん。しかし、がっかりしている表情ではなく、楽しそうにしている姿にも見えた。

 シオンさんはその後楽しそうにカニクリームコロッケを食べており、僕はただ見つめながら、ふと思い出す。

 昔、何度か姉と一緒にスーパーに打っていたカニクリームコロッケを一緒に食べて、ご飯のおかずにしていた。カニクリームコロッケだけじゃない。他にも毎日、姉が結婚するまで、一緒に食事をし、楽しんでいた。料理も一緒に作った。

 毎日が楽しくて、いつの間にか姉に依存して、小学通って、中学、高校に通っても、僕には姉以上に好きな存在は出来なかった。

 姉を失い、自分も死に、異世界に来て、『目的』を果たす為に――僕は自分の夢だった『店』を作った。

 ふと、クロさんを思い出す。

 僕はきっと、クロさんに依存し始めている。依存すると言う事は、つまり愛している、と言う事になる。

 クロさんは自分の事を好きだと言ってくれる。それは嬉しい――けど、もし、『目的』を見つけ、終わったら。

「……クロさんにはもう――」

 静かに呟いた後、ふと思い出す。

 そう言えばクロさんが来ていない、と言う事を。

「アキノリ?」

 時計を見ようとした時、シオンさんが僕に声をかける。振り向くと既にカニクリームコロッケは完食されており、お皿は空の状態。

 シオンさんと目が合うと、彼は少し恥ずかしそうな顔をしながら、お皿を僕に向けた。

「その……お替り、出来ますか?」

「……ぷっ……クク、は、はい、出来ますよ」

「あ、ちょっと、今笑いましたね!?」

 シオンさんは子供のように口を膨らませながら、僕は少しだけ笑いながらお皿を受け取った。

 早く、クロさんが来ないだろうか――と、頭の中で思いながら、僕はお替りのカニクリームコロッケを温かい油の中に投入するのだった。


「……なるほど、『月の神ルナ』か……それは、確かに予想外でしたね」


 シオンさんがその時、そのように言っていたなんて、僕は知らないまま。


 

 

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