15.5.ブチ切れそうになった王と、運命を見つけた男の話



『クロさん、いらっしゃいませ』


 満月の夜、その日は必ず明典を思い出す。

 いつもならば、あのお店で笑顔で挨拶をしてくれる愛しい人物の姿を見ているはずなのに、最後にあったのは不安そうな顔と悲しい顔をみせながら、自分を見つけてくる姿。

 愛しいと思った。

 手に入れたいと思った。

 どんな手を使っても、ヒイラギアキノリと言う存在を、店の店主を、この手で奪いたいと思った。

 それだけなのに――あの時だけ、その手を拒んでしまった。拒んだどころで、気持ちは変わらない。どんな事があっても、手に入れる。傍に置いておきたい。

「――様」

 声が聞こえた。

「……まだ、終わらないのか?」

「はい、まだ終わりません」

「早く終わらせろ……いい加減店主の店に行きたい」

「しかし……」

「店主……アキノリ以外の人間なんてどうでもいい」

「……はぁ」

 声をかけてきた男性――ルギウスはため息を吐きながら、不機嫌な顔をしている彼を見る。

 一人の男性――『死の森』で飲食店をしている青年、明典の店の常連客であるクロと名乗っている男は今、部屋に軟禁状態になっている状態だった。その理由は、このままでは殺されるかもしれないと言う事である。

 ルギウスはそんなクロの部下の一人であり、守る為にただいまこの自室に閉じ込めている状態であり、しかしクロは前線に出るつもりでいるらしく、両腕をボキボキと良い音を鳴らしてルギウスを睨みつけている。

 この自室に閉じ込めなくとも、クロと言う存在はこの世界では強い存在の一人だ。ルギウスの胃が少しだけ痛くなる。

「申し訳ございませんが我が王、あなたをここから出すわけにはいきません。相手はあの勇者と言われている青年です」

「……っち」

「ついに聖王国がこの城に攻め始めたのです。あなたに何かがあれば忠誠を誓った我らも、そしてあの店の青年……アキノリも悲しみます。ケガをしたら心配する人でしょう?」

「……」

 クロはふと想像する。

 体中ケガした姿を見せたら、涙目になりながら驚いて自分の所に来るか、それともその場で気絶するか――少しだけ見たいと言う衝動に駆られてしまった自分が居たなど、言えるわけがない。

 その考えに気づいたのか、ルギウスが目を細くしながら睨みつける。

「何想像しているんですか?」

「……いや」

「はぁ……あなたがいけばもしかしたら勝てる保証があるかもしれないです。しかし今回はいけません。あの『勇者』と言われている男です。油断はできない……何かあっては遅いのです」

「……」

 クロは黙ったまま、今回の出来事を思い出す。

 クロにとって、自分たちはある意味嫌われものだ。特に『聖王国・アクアディラス』と言う所は自分たちのような『化け物』を嫌う派閥が多い。

 現に今回は、自分にとって対たる存在の力を持つ人間をどうやら送り付けてきたらしく、今、クロの忠誠を誓う者たちは主を守る為に戦っている最中だ。

 だが、ジッとしているつもりのないクロは今すぐその場を動きたかった。

 いつものように笑顔で満月の夜だけに現れる、自分にとって愛しい存在である、ヒイラギアキノリと言う存在に全く持って会っていないのだから。

「このままアキノリが俺の事を忘れてほかの男のモノになってましたーなんていう事があれば、お前たちも、アクアディアスのモノたちも全員ぶっ殺すからな」

「大丈夫だと思いますよ。だってあそこは『死の森』――大抵の人間たちが生きて帰れないと言う場所ですし」

「……」

「…………た、多分大丈夫だと思いますよ、我が王」

 ルギウスは思わず汗を流し、目線を別の方向に向けながら答えていた。つまり、もしかしたらもしかすると、と言う事なのである。

 それぐらい、自身がなかった。

 ルギウスも実はちょっと明典の事が心配だった。

 彼のあの仕草、表情、何もかも全てが異性や同性などに惹かれる存在だと言う事に。現にルギウスも少し胸を貫かれるような感覚に一瞬だけ陥った事はある。

 お客様だからなのかもしれないがそれでも明典は突然来たルギウスに優しく接してくれた。最初の時はおばけだと言われ驚かれてしまったのだが。

 それ以上に目の前の男性、クロは明典に惹かれているのだろう。何故、どのような形で出会ったのか、ルギウスは聞いた事がない。

 ヒイラギアキノリは、目の前の人ではない悪意の王に手を伸ばされ、惹かれ、正体を知らないままあの満月の夜にいつものように笑顔で迎えてくれる。

 常連客となっていたクロが来ない事を今、彼はどう思っているのだろうかと思いつつ、ルギウスは下を向く。

「とにかく、ここを動かないでください……いいですね?」

「……一時間」

「はい?」

「一時間で残りを片付けろ、ルギウス」

「い、いや、流石にそれは無謀すぎ――」

「もう、待てねェ」

 徐々に口が悪くなってくるのは、クロが苛立ちを感じている時。目の前の男性を怒らせてはいけない。

 突如ルギウスの全身は悪寒を感じ、鳥肌が襲い掛かる。

 目の前には真っ赤な瞳を見せながら睨みつける、一人の男性。右手には魔力を込めた黒い『モノ』をルギウスに見せている。

「俺は十分待った」

「お、王……」

「ルギウス」

 徐々に右手にたまり始めた魔力が大きくなっていく。これ以上はダメだと感じたルギウスは顔を上げ、硬直した。

 これは、明らかに逆らってはいけない。この場に居る者たち全てを滅ぼしかねない、闇の色。


「――命令だ、良いな?」


 逆らってはいけない。

 汗を流しながら、ルギウスは静かに息を吐き、膝をついた。


「招致しました――我が王であり、この世の闇の魔力を持つ魔王『クロノス・アルトリアス』様」


 ※


「ねぇ、今さ戦場だってわかってる?わかってるわよね?ねぇ!」

 一人の少女が金髪の青年の服を鷲掴みにしながら左右に振っているが、青年は相変わらず笑ったまま。

 涙目になりながら叫んでいる少女に対し、その少女の背後でため息を吐きながら頭を押さえている一人の女性は笑ったままでいる男性に声をかけた。

「いや、すみません。ごめんなさい。逃げ込んだ場所があの『死の森』と言う所で、帰り道がわからなくて迷っていた所で、しかも雪が降り始めてどうしたらいいのかわからなかったので」

「はぁ……相変わらずのんきですね。何を考えているのか全く分かりませんよあなたは……迷ったわりには嬉しそうですね。何かありました?」

 女性は首をかしげながら笑い続けている青年に視線を向けると、その女性に対し、青年は再度笑うようににっこりと笑顔を向けながら話した。


「運命の人と会ったんだ」


 青年――『勇者』、シオン・フローディアは仲間である女性に向かってそう告げるのだった。

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