10.二回戦行く前に甘いチョコレートパフェでも食べませんか?【後編】


 お店の中に入り、ラティさんとクロさんにマグカップで作った小さなチョコレートパフェを見せる。

 お互い無言のままチョコレートパフェを見つめた後、スプーンですくって一口、口の中に入れる。

 そして、二人の目が輝くと同時に、先ほどの殺気も消え去ったかのように、何事もなかったかのように二人は無言の状態でチョコレートパフェを見つめていた。

 二人の様子を見た僕は安堵の息を吐くことが出来た。

「調理みたいなことはしてないんですけど、コンフレークを入れて、バニラアイスやチョコをトッピングしたりしながら作ったものです。材料が揃えばだれでも簡単にできますよ」

「「……」」

「因みに僕は甘いものと一緒に紅茶をお勧めしますね。あ、あったかい紅茶が最高に美味しいんですよー」

 そう言いながら僕は新たにコップを二つ用意し、二人のチョコレートパフェの隣に置いた。

 あくまでもこれは僕の好みを少しだけ押し付けている感じなのだが、それでも二人は黙ったままもう一口、パフェを口の中に入れた後、僕が用意した紅茶を飲む。

 半分ほど紅茶を飲み、それでも尚無言のまましゃべろうとせず、これはダメだっただろうかと笑顔を見せつつも内心ドキドキしている僕。

 しかし、二人は手を止める事はない。用意されたものを無言で食べ続ける姿を、その目で見ることになった。

 しばらく無言で食べ続ける二人だったが、小さなマグカップだと言う事もあり、ぺろりと二人は平らげてしまった。

 平らげると同時、二人は空になったマグカップを僕に渡して答えた。‘

「「おかわり‼」」

「ま、まいどありー……」

 キラキラした目とおかわりの言葉を聞いて、気に入ってくれたのだなと理解した僕はすぐに新たにマグカップで作ったチョコレートパフェを作り直すのだった。


 ※


 二人は三杯も完食されており、思わず僕は二人を見つめながらすごいなと認識する。

 マグカップを洗っている間に、ラティさんはクロさんに話しかけていた。

「あんまり店主さんを困らせないでよクソ悪魔」

「そんなのお前に関係ないだろう?」

「関係あるの!……わたしはもうこのお店のカレーライスを食べないと、仕事やってけないんだから」

「『死の森』と呼ばれている偏屈な場所に、しかも満月の夜にしか現れない店でも、か?」

「うん、私の舌はもう店主さんに奪われてしまったのさ」

 ドヤ顔を見せながら答えるラティさんに、耳で聞いていた僕は笑うことしか出来ない。

 しかし、クロさんの言う通り、このお店は満月の夜でしか現れず、そして場所は『死の森』と呼ばれている森の中だ。凶暴な魔獣たちが住み着いている場所でもあり、入ったら最後――と言われているとラティさんから聞いた事がある。

 ラティさんはコップを洗っている僕に視線を向けながら話しかける。

「ねえ店主さん。前々から気になってたんだけど、どうしてこんな場所にお店をやってるの?」

「あはは……すみません、ノーコメントで」

「えー、聞きたいー」

「そうだな、俺も聞きたいな」

「クロさんまで……」

 チョコレートパフェを食べたキラキラした両目が僕に向けられている。しかし、僕は答える事が出来ないため笑って誤魔化すことしか出来ない。

 言ったところで彼らは信じてくれるのだろうかと頭の中にその言葉が過る。

 たった一言、僕は二人に向けて答える。

「そうですね、うまく説明は出来ませんけどこれだけは言えます」

「え?」


「――僕は望んでここにいる」


 コップを洗う手が止まり、その一言を口にする。

 そしてラティさんとクロさんの二人に向けて、笑みを向ける。

 その顔が何処か悲しい表情をしていたなど、僕は知らないまま。

 ラティさんとクロさんの二人が、その表情を見て少しだけ驚いていた事など、知る由もない。

 だからなのかもしれない。

 突然クロさんが立ち上がり、そのまま僕のところに早足で近づいてきた。

 一体どうしたのかわからない僕は目を見開き、近づいてくるクロさんに声をかけようとする。しかし、かけることが出来なかった。

「クロさ――」

 彼の名を呼ぼうとすると同時に、クロさんが僕に手を伸ばし、両手で僕の体を包み込むように抱きしめる。

 いつもの、ふざけた様子のクロさんの行動ではなく、明らかに違うと感じた僕は反応が出来なくなってしまう。

「――すまない、店主」

「え……」

「そんな顔、させるつもりはなかった」

「あ、あの……」

「頼む」

「クロさん……?」

 微かに抱きしめられている体から震えを感じる。何故震えているのかわからないが、いつものクロさんではないのは間違いない。

「店主」

「は、はい」


「望んでいるなら、消えないよな?」


「……え?」

 耳元で囁くような言葉で、クロさんはそのように話しかけてきた。

 その意味が理解できないまま、僕はクロさんから離れることが出来ず、呆然とその場で立ち尽くすことしか出来ない。

 そして、頭の中によぎる言葉は一つ。

(……それは、出来ない約束です、クロさん)

 いつか来る『結末』を知っているからこそ、僕はクロさんの言葉の返答が出来ずにいたのだった。

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