08.疲れた時はグレープフルーツジュレ・ソーダを。【後編】
ルギウスさんと熱を出しているクロさんを自室に誘導した僕は数秒でベッドメイキングを終え、笑顔でここに寝かせるようにルギウスさんに申し出る。
ルギウスはゆっくりとクロさんの体を寝かせるようにしながら、その顔を見て少しばかりホっとしているように見えるのは気のせいだろうか?
クロさんも横になったせいなのか、先ほどより穏やかな表情を見せているように見える。その代わり相変わらず僕の名前を小声で言っているように見えるのだが……。
寝かせたクロさんに軽く布団をかけた後、ルギウスは何かに気づく。
「これは、なんだ?」
「ああ、それは……写真立てですよ、ルギウスさん」
「この中にある絵は、店主か?」
「はい。数年前の僕ですね……僕にとってはこの写真は大切なものですから」
笑顔で答える僕に対し、ルギウスは首をかしげる。写真立てで笑う僕の姿を見た後、その隣に映し出されている女性に目を向ける。
「隣にいる人間の女は……店主に似ているな」
「それは僕の姉です。
不思議と、ルギウスさんにそれ以上姉の姿を見せたくなかったためなのか、手に取っていた写真を奪い取り、隠すようにしながら近くにある机の引き出しにしまう。
もしかしたら奇妙に見られたかもしれないと思いつつも冷静を保つ食べ僕は話を変えるために別の話題を出した。
「そういえばルギウスさんも疲れている感じがしてますけど、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……最近睡眠がとれていなくて……まぁ、クロ様以上に働いてはいないが……」
「……クロさん、ルギウスさんより働いているんですか?全然見えない」
「見かけで判断してはいけない。クロ様はこの世界のために、そして――」
ルギウスさんが僕に視線を向ける。何故僕に視線を向けるのかわからず、思わず僕は首をかしげている。
すると咳払いをしたルギウスさんは顔を真っ赤にしながら答えた。
「すまん、なんでもない」
「はぁ……」
ため息を吐きながら疲れた顔をしているルギウスさんを見た僕はふと、今日自分用に作っておいたものを思い出したため、そのまま何も言わずに自室を出る。
一回の厨房に戻り、冷蔵庫の扉を開けて『それ』を取り出し、すぐさま自室に戻る。突然扉を開けて戻ってきた僕の姿を見たルギウスの表情が固まる。
「る、ルギウスさん!」
「な、なんだ店主……」
「これ、よかったら食べてください」
「……これ、は?」
「グレープフルーツジュレ・ソーダです」
「ぐ、ぐれ……」
僕は今日自分用に作っておいたもの、グレープフルーツジュレ・ソーダをルギウスさんに差し出した。
「疲労回復に効果的なビタミンB群、クエン酸のどちらも含むグレープフルーツは、お疲れ時に積極的に食べたいフルーツです……実は知り合いからたくさんいただいて、試しに作ってみたんですけど、きっと疲労回復になりますよ!」
「……」
ルギウスはそのまま黙ったまま、ジュレを見つめる。そして用意されているスプーンに一口くりぬいてそのまま口の中に入れる。入れた瞬間グレープフルーツの味が体からしっかりと染み込んでいくかのように、思わず目を輝かせてしまう。
するっと、噛んでいたはずのものがすぐに喉に入ってしまい、お腹の中に染み込んでいく――溶けていくかのように感じながら、ルギウスさんは僕を見る。
「……うまい、これも店主が?」
「はい。一応このお店任せてもらっておりますから」
「クロ様にも食べさせてあげたい」
「それはだめです。病人なんですから……パンケーキ食べちゃいましたけど、これからニラを使ったおかゆ、少しだけ用意させていただきますね。それを食べれば多分朝になると思いますからクロさんを連れてお帰りください」
「ああ、ありがとう……店主、このお礼は必ずするから」
「大丈夫です。お客様の笑顔を見るのが、僕の生きがいですから」
僕は再度笑顔を見せながらルギウスさんの返事に答える。
ルギウスさんはその言葉に少し戸惑いながらも、再度僕に声をかける。
「いいや、ここまでさせてもらっているのにお礼をしないなんて男の風上にもおけない」
「……かざかみ、ですか?」
「何かお礼をさせてほしい。そうだ、今度俺の家に招待する。俺も少し料理ができるから、何か簡単なもので良いのであれば作らせてもら――店主?」
ふと、ルギウスさんが僕の顔を再度視線を向けると同時に、驚いた顔をしていた。同時に僕も少しだけ、冷静になれたのかもしれない。
その時の顔は、もしかしたらきっと酷い顔をしていたに違いないだろう。悲しい顔を隠しきれなかったのかもしれない。ルギウスさんは僕の顔を見て言葉を止めてしまう。
「……ルギウスさん、すみません。招待の件なのですがそれはできないのです」
「できない、のか?」
「はい」
「どうして?」
ルギウスさんの言葉に、僕は笑顔を見せられていただろうか?
「――僕がここにいて、満月の夜にお店を開くことが出来ているのは、月の力があるからなんですよ」
僕はルギウスさんにそのように告げると、静かに扉を閉めた。その言葉をクロさんが聞いていたことを知らないまま、僕は厨房に戻る。
クロさんのためにニラを使ったおかゆを作らないといけないと思い、急いで用意を始めたのだが――。
「……」
ふと、僕は窓の外に視線を向ける。
ゆっくりとお店の入り口の扉を開き、一歩前に出ようとして――僕の体は何もなかったかのように、一歩前に出た足と、外に出した右手が消える。
僕は、ここから出られない。
出ることも出来ない。
これは、月の力で出来た不思議な魔法。
「……こんな気持ちになるなら、異世界なんて来るんじゃなかったなぁ」
僕はそういうと、静かに笑う。
いつも隣にいるクロさんの事を思い浮かべながら。
空に浮かぶ満月の姿を見つめながら、僕の瞳から静かに水が零れ落ちた。
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