第22話 暴走の果てに 2
「ええい!何と忌々しい事よ。よもや彼のテイマーが皇太子派の者と婚約するとは」
父の激昂する声が今日も響く。
父は皇帝陛下の従兄弟でもあるエルバーン=マルク・ガスター侯爵。
ルシアン皇太子の人当たりの良い柔らかな物腰が『皇家の威厳を損なう』と一貫して皇太子廃嫡とルキアル皇子の立太子を訴えている。
皇家にそこまで言えるのは現皇帝の従兄弟である事が大きい。確かに家格は三公より下だが、皇位継承権こそ無いものの我が家は皇家に連なる者だからだ。その根拠たる我が祖母は皇太后ティオーリアの姉君デュランシア。表向きは兎も角、身内の中では皇帝陛下を子供扱い出来る立場にある。
威厳。
確かに
ルキアル殿下は政治家としては優秀だと思う。が、剣技はそれ程でもない。
その点はルシアン皇太子殿下の方が強い筈。あの物腰と穏やかな笑みのお陰で剣はからきしの様に思われているが…。その事を父はどうお考えなのか?
「どうした?」
家宰の者が慌ててやって来る。が、父が激昂し過ぎていて声掛けを躊躇しているのだ。
「あぁ、若様。実は来客があるのですが…」
うん?この様子では招かれざる客なのか?
「今日父上に来客の予定等無かった筈だが?」
「はい。
フム。何処の無礼者だ?
「その、ボルト子爵様自らがお出でになっておりまして」
子爵が自ら?
しかもボルト子爵?
家宰が父に取り次ぐのを躊躇うのも詮無い事。
とは言え、無下に追い返す訳にもいくまい。
「何用かな?ボルト子爵。アポ無しで自身が来られるとは」
「会って戴き感謝致します、ガスター侯爵閣下。お聞き及びの事と思います。実は我が家に不名誉な風聞がありまして」
応接間にて。
父の機嫌は決して好転してはいないものの、やはり無下に追い返す事も出来ず、目的が感に来ている分が少し溜飲を下げている様だ。
取り次ぎだけするつもりの私も何故か同席する羽目になってしまった。
不名誉な風聞?はぁ?
皇女殿下を害せんと企んだという噂。三親等死罪は免れぬのでは?ともっぱらの話だ。
「我等は皇家に絶対的な信奉と忠節を捧げております。それなのにあまりにも不名誉な…」
「うむ。ボルト家の忠節は疑うべくもない。だがね。『例え火属性呪文でも火種無くば燃える事は無い』と言う御伽噺もある。全く身に覚えの無い事でもあるまい?」
真っ青だったボルト子爵の顔が真っ赤に染まる。
「いくら侯爵閣下と言えども言われて良い事と悪しき事があると思われますぞ。そもそも皇女殿下がフランに赴く事すら我等は知らぬ事。どうやって皇女殿下を罠に掛けようと言うのか、理解に苦しみます」
この怒り様。どうやら本当に根も葉もない噂だったのか?
「で、あろうな。だが卿らが企んだか否かが問題ではない。こうも早く風聞が拡まる事。噂の信憑性が高いと思われている事が問題なのだよ。それは卿らの今迄の言動に寄る物だ」
「そ、それは…」
「で、あるならば儂にも如何ともし難い。それにそもそも卿は我等と志を等しくしている訳でもあるまい」
ボルト子爵家はリスティア皇女殿下を『皇族にあるまじき振舞の方』と攻撃しているだけに過ぎない。決して第2皇子派ではないのだ。
「…わかりました。我が家もルキアル皇子殿下を支持致します。確かにリスティア皇女殿下は論外ですし、皇太子殿下も我が理想からは程遠い皇族です」
それで父も「善処しよう」と言った。
この状況、味方が多いに越した事はない。だが、ボルト子爵家を味方に引き入れるメリットを私は思いつかない。
なので子爵が辞した後で父上に尋ねる。
「本当に噂を消されるおつもりですか」
「フン。『善処する』と言ったからには対応せねばな。少し知恵を絞ってみようか。どうせこの噂、リムルウィンド伯爵家の小倅が企んだ事であろうよ」
伯爵家の小倅?
マゼール=カロン・リムルウィンド伯爵子息。
皇女護衛近衛たる
父上はどう知恵を絞られるおつもりか?
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「フム、返されてしまったか…。
「いえ、元々ボルト家の仕業にしている事が無理があると思いますわ」
冷静に突っ込んでくるシャーロット=パイル・レダ男爵令嬢。四天騎士の1人で
「シャーロットの言う通りです。奸計は事がならなかった時は悪手にしかならない、と何度もお諌め致しましたのに」
アン=カロン・シャリナ辺境伯令嬢。
私の
普通、魔法の行使時には
アンはその輝きに薄ら紫色が入る。
それ故の二つ名だが、その二つ名を付けられるのがあの『
しかも軍師としても優秀。本当に助けられてきた。
リスティア皇女殿下の住まう
ここに私とシャーロット、そしてアンが寛ぎつつ待機している。
今、皇女殿下は公務から帰ってきて湯浴みしており、カイルとチェレンは別件にてまだ帰って来ていない。
「無理があった…か」
あんなお忍びの予定等知る由も無い。
それがボルト子爵の無実たる証だ。
それとも皇女殿下の周りには、子爵の配下が居られるのか?
「まるで私達、殿下の配下に裏切り者がいると自嘲している様に置き換えられました。本当に悪手ですわ」
全く、しっぺ返しだとしても痛過ぎる。
しかも捕らえた賊から情報を聞き出す事にも失敗している。と言うのも、賊を渡した近衛官吏の不手際で、賊に自害されてしまっていた。
「近衛の不手際とは言え、何の情報も取れなかったのはかなり痛い」
「不手際ですか?私ならば捕らえられた時の対処を考えておきますよ」
優雅に紅茶を飲む深窓の令嬢の様に見えるのに、我が婚約者殿は中々辛辣だ。尤も今の彼女は辺境伯令嬢というより冒険者の魔法使いという出立ではあるが。
「捕らえられた時の対処…。そういう事か。私はまだまだ甘いな」
人為的に
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