第158話 見届ける者達

「よし、こんなもんかな」


 夜明け前のオアシスで、私達はこっそりと作業を行っていた。


「こっちも終わったニャ」


「お疲れ様ニャット」


 作業を手伝ってくれたニャットを労うと、私はずっと中腰でいた腰を伸ばして体をほぐす。


「随分と大盤振る舞いだニャ」


 私の作業の結果を眺めながら、ニャットが呆れたような声を上げる。


「だって隠れ里のヤツだけだと、オアシスまで運んでくるの大変でしょ。それにもしも枯れたら、取り返しがつかないからね。予備はあった方が良いでしょ」


「それにしたって多すぎだと思うがニャァ」


 でも多い方がいざという時安心でしょ?


「そろそろ良いかしらー?」


 私達の作業が終わったのを見計らって、ミズダ子がやって来る。


「うん、お待たせ」


「はーい、乗って乗ってー」


 ミズダ子がいつもの軽いノリで私を抱えると、大きな水の球を産み出してその上に乗せる。


「目立たないようにお願いね」


「分かってるって。それじゃあ出発ーっ!」


 出発前にちょっとだけ水の球は大きさを変えると、ミズダ子の命令に従ってオアシスを飛び出し、家々の屋根を飛び越えて町の外へと着地した。


「じゃあねー! 後は自分達で頑張ってー!」


 地平線の彼方に太陽の光が見える頃、私達はオアシスの町を後にした。

 事件が解決した今、出ようと思えば普通に砂馬車で町を出れたのに、夜逃げ同然に町を出たのには理由がある。


 それは査察官達の監視が原因なんだよね。

 今回の件で私は精霊を従える重要人物として目を付けられちゃったみたいで、そこかしこに王都からやって来た騎士団の人達の監視があったんだ。

 ぶっちゃけ私は気付かなかったんだけど、ニャットにはバレバレだったみたい。


 しかも査察官や船長が事あるごとに私にたいして、王都は良い所だよ、住むなら絶好の環境だよって勧誘してきたのだから、何か企んでるのはバレバレな訳で。

 そんな状況で町を出たら、間違いなく追手がかかるよね。

 それこそ私達が乗った砂馬車の行き先を調べて待ち構えるくらいするだろう。


 だから私達は夜のうちに町を逃げ出す事を選んだのである。

 うん、なんか逃げてばっかだね私。

 でもしゃーない。私は気楽なのがいいんだ。

 貴族のお嬢様生活は安全でお金の心配はなかったけど、周りの人達に迷惑をかけ過ぎてしまった。

 吹雪の町では貴族のお嬢様の面倒事に巻き込まれて。この国では権力者に目を付けられた。


 どこかしらで落ち着けば、彼等に守られていい生活は送れたんだろうけど……


「どっちも寒すぎるし暑すぎるんだよねぇ」


 エアコンもないのにそんな極端すぎる環境で暮らすのは御免ですよ。

 出来れば適度に暖かくて過ごしやすい土地が良い。

 今回の旅で環境の大事さは思い知ったからね。

 あと魔物の脅威も。


 そんな訳で私達は、砂漠の国を後にするのでした。

 さて、次の国はどんなところかなぁ。


 ◆タニクゥ◆


 領主の館は大変なことになっていた。というのも……


「大巫女様はいらっしゃったか!?」


「それが、どこにも見つかりません!」


 そう、大巫女様が、町のどこにもいらっしゃらないのだ。


「砂馬車は確認したのか!?」


「乗り込んだ客にも、詰み込む予定の荷物の中にもいません!」


「一体どこに……まさか!?」


 まさか大巫女様の重要性を察した何者かに誘拐されたのでは!?


「落ち着きなさい男爵」


 困惑する私を、査察官が窘める。


「大巫女様には護衛のネッコ族が居ました。彼は騎士団の精鋭達が見ても隙の無い男だったと聞いています。彼が居るのなら、そう簡単に不逞の輩に後れを取ることはないでしょう。なにより、彼女には大精霊様の加護があるのですから」


「それは……」


 そうだ。大巫女様には大精霊様が付いていらっしゃる。

 あの方が居る以上、そんじょそこらの悪党に捕まる事などありえない。


「だが、だとしたら一体どこに……」


「これだけ探しても見つからないのです。恐らくはもう町を出た後でしょう」


「しかし砂馬車にも乗らずにどうやって!?」


 私が問うと、査察官は呆れた様な顔で肩を竦める。


「忘れたのですか? あの方には大精霊様がいらっしゃるのですよ」


「あっ」


 そうか、大巫女様には大精霊様がいらっしゃるのだから、王都への道中のように大精霊様に運んでもらえばよいだけじゃないか。


「だが何故我々に何も言わずに?」


 大巫女様は我々にとって恩人だ。

 郷の者達にとっても、この町の住人にとっても、そして国にとっても。

 であれば大巫女様を害する事などありえぬし、寧ろ賓客として厚遇する事を査察官達と決めていたほどだというのに。


「恐らく、それが嫌だったのでしょうね」


「は?」


 何故だ? 敬われるに足る偉業を成したのだから、それを享受する権利はあるだろうに。

 それなのに、まるで自身の成した事の対価を得る事を嫌がっているようではないか。

 思えば大巫女様は私の領主就任の後も、何か欲しいものは無いか、してほしい事は無いかと尋ねても遠慮がちに笑うばかりで大した要求はされなかった。

 一体何故なのだ?


「た、大変ですぞ!!」


 そんな中、長が息を切らして執務室へ飛び込んできた。


「長、査察官殿がいらっしゃるのだぞ」


「こ、これは、申し訳……はひっ」


 長は余程急いでいたらしく、息も絶え絶えといった様子だ。

 それを見かねた査察官の部下が、長に水の入ったコップを差し出す。


「ぷはっ! これはかたじけない」


「それで、一体何があったのだ?」


 もしや大巫女様が見つかったのか?

 そう思った私だったが、長の答えは違った。


「そうでした! オアシスが大変なことになっているのです!」


「オアシスが?」


 オアシスに異常があったと言われ、私の背筋が寒くなる。

 まさか復活したオアシスの水源に異常が起きたのか!?


「ともかくオアシスに来てくだされ! あれは実際に見て貰わねば到底信じられぬ光景でございます!」


 長の要領を得ない態度に私と査察官は困惑する。

 だが私達が訪ねても長はとにかく見て判断してくれと言うばかりだ。

 なので仕方なく私達は引き続き大巫女様の捜索を部下に任せると、オアシスの様子を見に行ったのだが……


「「なっ!?」」


 そこには信じられないような光景が広がっていた。


「あはははっ、こっちこっちー」


「うっひょー!」


「あむあむ、美味しー!」


 オアシスの周囲には、無数の人の姿でごった返していた。

 ただし、その姿は普通の人間のそれではない。

 皆が皆宙に浮き、体が燃えるもの、全身に岩を張り付けた物、半透明の水の体のもの、周囲に砂埃が渦巻き続ける者と、およそまっとうな人間とは言い難い存在達。


「精霊様……?」


 そう、オアシスには無数の精霊様の姿が広がっていたのだ。


「こ、これは一体!? 男爵、一体何が起きているのですか!?」


「わ、私にもさっぱり」


 査察官が困惑した様子で尋ねてくるが、寧ろ私の方が知りたい。

 何故精霊様達がこんなに沢山……


「こんな事出来るとしたら……」


「ん~、美味しい~」


 ふと、すぐそばを漂う精霊様の姿に気が付く。

 そうだ、この方は私が契約した精霊様! この方ならば何かご存じのはず!


「精霊様、これは一体何事ですか!?」


「何事って何が~?」


 私が事情の説明を求めると、精霊様は気の抜けた様子で聞き返してくる。


「精霊様達がこれほど沢山いらっしゃることです!」


「あー、それねー。コレがあるから皆来たみたいよ~」


 そういって精霊様が指さしたのは、水球果の樹だった。


「これは……水球果ですか?」


「そっ」


 水球果と言えば、大巫女様が私が精霊様と契約出来るよう授けてくださったあれが思い浮かぶ。だがアレは里にある特別な木だけの筈。


「ですがこれは普通の水球果の樹では? 郷から持ってきたものはそこまで数は無かった筈です。とうてい精霊様達が満足できる量はなかったかと」


 精霊様が町に持ってきた備蓄を他の精霊様に分け与えたのだろうか?


「違うわよ~。皆コレに惹かれて来たんだって。ほら、そこら中に生えてるでしょ」


「え?」


 見れば確かにオアシスの周囲には何本もの水球果が生えていた。

 だがそんなものはこの国の水場ではよく見かけるものだ。


「確かに、しかし精霊様は普通の水球果には興味が無かった筈では……?」


「おかしいですね」


 けれど、精霊様の言葉に査察官が首を傾げる。


「おかしいとは?」


「あの水球果の木です。水源の調査と共に周辺の植物の生育状況も確認させていたのですが、昨日の時点ではこの辺りにこれ程の数の水球果の樹は無かった筈です」


「え?」


 そうなのか? 正直水球果の木なんて珍しくもないから気にも留めていなかったのだが。


「明らかに数が多い。まるで夜の間に一斉に芽が出て育ったかのようです」


「水球果の樹が!? 幾らなんでもそれは」


 幾ら水球果を育てる事がそれ程大変ではないとはいえ、それでも一気に成長するなどありえない。


「ええ、普通ならありえませんね。普通なら」


 けれど、査察官は含みを持った物言いをする。はっ、まさか!?


「大巫女様のお力ですか!?」


「うん、そうよ。あの子が力のある水球果の樹を沢山植えてくれたの。で、皆コレに惹かれてやって来たのよ」


 私達が思い至った推測に、精霊様が正解だと証明してくださった。


「大巫女様が……」


「ハチャーテ男爵、大巫女様は何故このような事を?」


「それは……私にも分かりません。ですが大精霊様に選ばれた大巫女がした事である以上、何か意味がある筈」


 これに関してはもうそう答えるしかない。

 元々私が精霊様と契約する事が出来たのも、大巫女様のおかげなのだから。


 しかし、その答えは翌日明かされる事となった。

 慣れない領主の執務に対し、気合を入れて挑もうとしたところでまたしても長に呼び出されたのだ。

 そして再びオアシスにやってくると、そこは緑で覆われた奇妙な土地へと変貌していた。


「これは!?」


「オアシスの周りに森が出来ている!?」


 遅れてやって来た査察官が聞いた事もないような大声を上げて驚いている。

 森、確か外の国にあるという、無数の木で埋め尽くされた土地の事だったな。


「何だこりゃ!? 木がいっぱいあるぞ!」


「うわー、日影が涼しいー!」


 そして気が付けば、何故か町の住人の姿があった。

 どういう事だ? オアシスの周辺は水源の保護のために壁があった筈だぞ?

 どうやって壁を越えて来たのかと町の方を見れば、町とオアシスを隔てていた壁が、地面から生えた大きな木によって破壊されている光景が目に入る。


 そこでは衛兵達が町の住人達の侵入を阻止しようとしているが、いかんせん見張りの数が少なく、壁が壊れて隙間だらけになった見張りの合間を縫って入ってきてしまったらしい。


「見ろよ! オアシスから溢れた水が流れて行ってるぜ!」


「勿体ない、すぐに汲まないと!」


 そんな街の住人達の言葉に視線を戻せば、オアシスの水が町の方向に向けて溢れて出ている光景が目に入った。

 町の住人達は我先にとオアシスに群がり、こぼれた水を壺や鍋に貯めては家に向かってはしってゆく。

 きっと甕に水を入れたらまた汲みに戻って来るつもりだろう。


「視察官、領主様、水の量が明らかに増えています」


 その光景を茫然と見ていた我々の下に、水源を観察していた魔法使い達が慌てた様子で報告にやって来た。


「水源が⁉ 一体何故増えたのです?」


「詳しくは分かりません。ですが、状況から察するに、恐らくはオアシスに集まった精霊様達の影響かと」


 確かに、この状況を鑑みれば、それしか考えられないか。


「ではこの木々も……」


「恐らくは」


 そしてこの森と呼ばれた無数の木も精霊様達のなせる業の様だ。

 こんなものが無数に広がっているというのだから、外の国は精霊様の力に満ち溢れているのだろうな。


「大巫女様はこれを作る為に精霊様達を呼び寄せたのか……?」


「一夜にして精霊様達を呼び寄せ、更には森を産み出すとは……あの方は本当に人間なのか? これはまるで神の御業だ……」


 査察官は茫然と森とオアシス、そしてそこに集まって楽しそうに遊ぶ精霊様達の姿を見つめていた。


 神の御業か。確かに、精霊様に満ちた土地を作り出し、森を生み、そして水がとめどなく溢れるこの光景。

 まさしく人ならざる存在の偉業と言うよりほかない。


「もしやあの方は、まことの神の御使いだったのか……?」


 答えはない。

 だが、言葉以上に雄弁な奇跡の証拠が、私達の前に広がっていたのだった。


 ◆ニャット◆


「すぴー」


 焚火の火に照らされながら、カコが間の抜けた顔で眠っていたのニャ。

 砂漠の国はそれニャりに広く、カコの体を考えた速度で移動していた事もあって、一日で砂漠を越える事は諦めこうして手頃な岩場で野営する事にしたのニャ。


「あっ、涎垂れてる。ペロッ、ん~、力に満ちてるぅ!」


「子供の涎をニャめるニャ、バカ精霊」


 まったく、意地汚ニャいヤツだニャ。


「えー、だって勿体ないじゃない」


 だからって限度があるのニャ。

 どうせカコが出したモノは世界に混ざって地に満ちるのニャ。

 と、そんな事を話ニャしていると、一陣の風が舞ったのニャ。


「来たかニャ」


 ニャー達から少しだけ離れた場所に、先ほどまでニャかったモノが姿を現す。

 それは、夜の闇を塗りつぶすようニャ純白の白い狼だったのニャ。


「カコを見に来たのかニャ?」


 人間達に白砂と呼ばれる白い砂塵狼。これまでニャー達に何度もちょっかいをかけてきたヤツニャ。


「コレがそうなのか?」


 ソレは、人間の言葉を口にする。

 当然ニャ。コイツは魔物の姿をしているが、その正体はれっきとした神獣ニャのだから。


「そうニャ」


「とてもそうは見えん間抜け面だな」


 しかし白砂はニャーの返答が気に入らニャかったのか、これ見よがしに溜息を吐く。


「えー、それがいいんじゃない」


「ふん、お前らしい趣味の悪さだな」


 馬鹿精霊のバカ面に皮肉を叩きつつ、白砂はニャー達、いやカコに近づくニャ。


「お前が見出したらしいな」


「ニャーじゃニャいニャ。あの馬鹿女神が勝手に選んだんだニャ」


 そう、きっかけはカコがニャーを助けようとした事ニャ。けれどこの世界に送り込んだのは、あの女神の仕業ニャ。


「やれやれ、あの女神に気に入られるとは、この娘も苦労するな」


 同情か、憐みか、白砂がカコの額に前足をポンと置いたのニャ。


「聞けば空の王もこの娘に注目して、数千年ぶりに地上に降りて来たと聞く。これからこの娘の周囲は騒がしくなるぞ」


「分かってるのニャ」


 白砂の言う通り、カコの旅はきっと波乱万丈になるのニャ。

 本人が望むと望まざると関わらずニャ。


「行くのニャ?」


 身を翻した白砂にニャーは問う。


「貴方もくればいいのに。面白いわよこの子」


「ふん、気ままなお前達と一緒にするな」


 しかしというか、やはりというか白砂はニャー達と共に来る気はニャさそうだった。


「我はこれから砂漠の管理で忙しくなる。その娘のやらかしのお陰でな」


 ふんと鼻息を吹いて、白砂はことさら面倒そうに言う。


「何せごく小規模とはいえ、世界創造に近しい行いをしたのだ。精霊達は大騒ぎだろうさ」


 白砂がこちらに振り返る。


「あの行いがきっかけでこの地に砂漠ではない土地が生まれた。かの地に産み出された無数の命の種によって、森はさらに広がるだろう。いずれは砂漠に大河が生まれ土が固まり大地となり、草花が生い茂る事になる。火と風の精霊の楽園は多くの精霊が混在する土地へと生まれ変わるのだ」


 まったく、面倒な事をしてくれたと白砂は溜息を吐く。


「世界は変わって行くものよ。ずっと同じなんてありえないわ」


「面倒なだけだ」


 そう言い捨てると、白砂は姿を消したのニャ。

 まるで最初からそこには誰も居ニャかったかのように。


「じゃあねー」


 白砂が去った後に、馬鹿精霊が別れの挨拶を虚空へ投げる。


「そろそろ夜が明けるニャ」


 白砂が去り、地平線の先の空が白みだした風景を見ニャがら、ニャーはカコの横に寝転ぶ。


「さて、次はどこに行きたがるやらだニャ」

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