第147話 挨拶って大切ですよね
「あそこが我々の隠れ里です」
巨大な水の塊に乗って何時間も砂漠を移動し、うっすらと空が明るくなってきた頃に、タニクゥさんが彼方を指差す。
そこは砂ばかりの砂漠の中では珍しい、岩場だった。
そして私達が近づいてゆくと、ぽつりと岩場に灯りが灯る。
「戻ったぞー!」
するとタニクゥさんの声に反応したのか、灯りは更に増えてゆく。
どうやら帰って来たタニクゥさんを歓迎してるみたいだ。
「ふむ、弓矢や杖をつがえている人間達が見えるのニャ。どうやらニャー達、というかこの水の塊を魔物か何かと勘違いしているみたいだニャ」
「「ええーーーーっ!?」」
ななななんでぇー!
「まー、おニャー達人間はニャー達ネッコ族と違って夜目が効かニャいからニャー」
あーっ! そう言う事かぁー!
確かに言われてみれば、薄暗い夜に巨大な生き物みたいなものが近づいてきたら、そりゃ勘違いくらいするよねー!
「どどどどうしよう!」
「まー、私を魔物扱い? 不敬だから全部押し流しちゃおうかしら?」
「「止めてぇーっ!!」」
これだから上位存在っぽい存在はーっ!
「しょうがニャい連中ニャ。ここはニャーに任せるのニャ」
「キャアッ!?」
ニャットはタニクゥさんの首根っこを掴むと、ブンと振り回して自分の背中に乗せると、そのまま水の塊から飛び降りた。
「キャァァァァッ!!」
しかし流石はニャット。
フワリとバランスを取ると、危なげなく砂の上に着地した。
「ニャーがコイツを連れて説得してくるのニャ。おニャー達はニャー達が接近しやすいように、相手の注目を引き付けておくのニャ!」
「あ、おっけおっけ、そう言う事ねー」
残念精霊はそう言うと、突然水の塊の形を変える。
「そーれ、おおきくなれー! まぁ単に上に伸びただけなんだけど」
そう、残念精霊が操る水の塊は、上に細長く伸び、私を高層ビルの上にいる様な気分にさせる。
「って、手すりもないし風が直撃するし怖い!!」
いやマジで怖いよこれ! 巨大なプニプニの水の上でこの高さって!
「だいじょーぶだいじょーぶ。落としたりしないから」
ホントだろうね! 落とされたらマジで死ぬんだからね!
「ほーら、こっちこっちー、注目だよー」
更に残念精霊は、細長くなった水の塊をプルプルと左右に揺らして岩場の方にいる人たちを挑発する。
「何やってっておわわっ!」
何しろ動いているのは水の塊。
骨も何もないもんだから、揺れるとグォングォン振動が繰り返されるんだよ!
ただ、その甲斐があったのか、岩場の人達の注意は私達に集まったようで、上から見てぐるりと大きく迂回したニャット達には誰も気づいている様子はなかった。
そしてニャット達が岩場の人達に合流して暫く経つと、赤い光がグルリと円を描く。
多分ニャットの胸の宝石の灯りだ。
丸を描いてるって事は、多分成功したんだと思う。
「行ってみよう」
「おっけー」
残念精霊が水をパンパンと叩くと、水の塊はゆっくり下がっていき、最初の球体状の形に戻ってゆく。
ほー、地面が戻って来たぁー。
「こちらです!」
タニクゥさんに案内されて、私達は岩場へと到着する。
「よっと」
座布団みたいになった水の塊を滑り台の要領で滑り降りると、ニャットが受け止めてくれる。
「ありがとニャット」
「どういたしましてニャ」
「なんとか夜が明ける前に到着出来たね」
空を見ると、地平線の向こうに太陽の光が見える。
あと少し遅かったら、どこか別の町へ向かう途中の砂船に見られちゃうかもしれなかったから、無事到着して良かったよ。
「ようこそおいでくださいました精霊様」
と、そんな私達の下に無数の人達が集まってきていることに気付いた。
そして先頭に立つタニクゥさんの横には、顔に深い皺を刻んだお爺さんの姿があった。
「精霊様、こちらは我等が隠れ里の長老でございます」
タニクゥさんが紹介すると、長老は残念精霊に対し跪く。
「うむ」
けれど残念精霊は長老には興味がなさそうだった。
「ささ、我等の郷にどうぞ。すぐに歓迎の準備をさせますので」
けれど長老はくじけることなく残念精霊を里へと案内する。
「巫女殿達もついてきてください」
と、タニクゥさんが私達に声をかけると、そこで初めて長老は私達の存在に気付いたのか、怪訝な顔をする。
「姫様、こやつ等は何者ですか?」
姫様!? もしかしてタニクゥさんの事!?
「ば、馬鹿者! 巫女様になんという口の利き方だ!!」
長老の態度に驚いたタニクゥさんが慌てて彼を窘めようとしたんだけれど、その前に残念精霊が動いた。
「私の巫女に文句でもあるっていうの!?」
「ひぇぇっ!! み、みみ、巫女、でございますか!?」
「その通り。この子こそ、私が巫女として選んだ娘よ!」
「は、はぁーーーーーー!? この娘が、精霊様の巫女ぉーっ!?」
残念精霊がエッヘンと胸を張って宣言すると、長老は目が飛び出んばかりの驚きを見せる。
「どどどどういうことですか姫様!? 精霊様とは姫様が契約したのではないのですか!?」
相当にショックだったのか、長老はタニクゥさんに食って掛かる。
「それが、私が精霊様に接触する前に既に精霊様は彼女を見初めていたのだ」
そう言ってタニクゥさんは事のあらましを説明する。
「な、なんと……」
驚き過ぎてリアクションも出来なくなったらしい長老は、ヘナヘナと地面にへたり込む。
「やっと水を得る事が出来ると期待していたのに……なのに既に精霊様に契約者が居たなどと……」
長老はそのままふらりと倒れてしまいそうになったものの、タニクゥさんが長老の体を支える。
「落ち着くのだ長老。確かにこの件は我々の想定していない事態だった。だが精霊様があの男と契約していなかった事だけは良い知らせと言えるだろう」
「……そう、ですな」
けれど、タニクゥさんの慰めはヘロヘロになった長老にはあまり効果が無かったようで、長老は初めからお爺ちゃんだったけど、この数分で一層老け込んでしまった印象を受ける。
「ええとタニクゥさん、オアシスを取り戻そうとしているって話は聞きましたけど、もしかしてかなり切羽詰まってたりします?」
さすがにこんなになってしまった長老を見ると、気になってしまう。
「……お察しの通りです。我々の隠れ里は水を得る手段がありません。それゆえ外に働きに出て水を確保する為の金を稼ぐ必要があります。しかしこのところ魔物の縄張りが変わったのか、厄介な魔物が近隣の町へ行くための道中に出るようになってしまったのです」
厄介な魔物、と言われた私は、ふと脳裏に今回の砂漠の旅で遭遇した砂塵狼の群れを思い出す。
確かあの砂塵狼の群れもやたらと厄介で、砂馬車の船長達も強く危険を感じていたっけ。
「それゆえ、働き手が魔物に襲われ、最悪の場合持ち帰る予定だった水どころか命まで失う事態になっておりまして……」
それが原因で、里への水の供給が危機的状況にあったのだという。
「だから強引にでもオアシスに潜入して、そいつに水を与えて貰おうとしたのニャ?」
オアシスでの侵入騒動の本当の理由を察したニャットが訪ねると、タニクゥさんは苦虫を嚙み潰したような顔で頷く。
「恥ずかしい話だが……」
成程、確かに文字通り生命線である水が無くなったらオアシスの奪還どころじゃないもんね。
危険を押してでも水を得る手段を求めざるを得ないか。
その結果、グロラコ子爵に追われ、私達に捕まったんだけどね。
うん、完全に失敗してますね。
「あー、んー、そう言う事ならさぁ……」
私はちらりと残念精霊を見る。
今最も必要なものが大量の水だというのなら、それを得る為の最善の手段はすぐ目の前にいる。
「別に良いわよ」
すると残念精霊はあっさりと私の言いたい事を察してくれた。
「ただし、貴方がちゃんと私にお願いしてくれたらだけどね。私は誰にも従う必要も義務もない自由な存在、精霊だもの。人間なんかの為に力を使ってあげる義理もないわ。でも……」
プカプカと浮いていた残念精霊がするりと私の体に纏わりついてくる。
「精霊の巫女である貴方が私にお願いしてくるのなら、貴方の為にお願いを聞いてあげるわ」
「…………」
何だろうなこの不穏な空気。
すっごくお願いしたらダメな事になりそうな気配。
けれどこんな時に限ってニャットは何も言わない。自分で考えろって事?
「ん~~」
一番良いのは自力で何とかすることだけど、私も水のストックはたいしてないからなぁ。
一応水を出すマジックアイテムはあるけれど、あれは一人か二人ならともかく、隠れ里の人達全員分の水を出すのは流石に無理。
あと壊れたらその時点で詰むし。
となると、頼むしかないかぁ。
このお願いがどういう結果になるか分からない。
けれど、周囲を見回せば、外に出て来た人達のひび割れた肌がはっきりと見て取れる。
それどころか、物陰からこっちを覗き見ている子供達ですら、明らかに肌が荒れていた。
このままじゃ、大人は耐えれても、体力の少ない子供達は保たないだろう。
だから、私は彼女の顔を見る。
その青い瞳を見つめて告げる。
「お願い、この郷の人達の為に水を出してあげて」
「おっけー」
だというのに、私の一世一代の決心をするりと受け取る残念精霊。
「ほいっ!」
次の瞬間、巨大な水の塊が宙に出現した。
「「「「おおおおおおおっ!!」」」」
「ほーい!」
そして岩場のくぼ地になっている場所に水をドボーンと突っ込む。
「はい、完了!」
一仕事終えたとばかりに残念精霊が額を拭うフリをする。
「これでこの人間達も暫くは生きていけるわ。でも水源を作った訳じゃないから、この先も生きていきたいのなら、水のある場所に引っ越す事ね」
「え? 新しい水源を作ってくれないの?」
てっきりそこまでやってくれると思っていたので、ちょっと肩透かしを食らってしまう。
「だって水源を維持するには誰か精霊が管理しないと駄目なんだもん。でも私はこんな所の管理嫌よ。既に場が整ってるあの町と違って一から水源を作って精霊を呼びこむのは大変なのよ」
どうやら精霊的にこの場所に水源を通すのは面倒で嫌らしい。
「いや、それでもこれだけの水を与えてくれた事には感謝します。ありがとうございます精霊様、巫女様」
「「「「ありがとうございます精霊様、巫女様!」」」」
突然の大量の水に驚いていた隠れ里の人達だったけれど、一足先に我に返ったタニクゥさんが私達にお礼を告げると、彼等も慌てて私達に感謝を告げてくる。
「ほ、本当に、何とお礼を言って良いか……きっと水を運ぶことが出来なかった者達も喜びます……うう」
そして水を確保できたことで同じく我に返った長老が、涙を流しながら私達に土下座でお礼を告げてくる。
「あーいや、私はお願いしただけですので」
「私はこの子にお願いされただけだし」
「おお、なんと謙虚な! どうか巫女様方のお名前をお教えください! 末代まで語り継ぎ、讃えさせて頂きます!」
「重い重い重い!」
ただ水を出してってお願いしただけで末代まで語り継がれてたまるか!
「長老、巫女様が困っている。その辺にしておけ」
私が困っていると、ありがたいことにタニクゥさんが長老を窘めてくれた。
「しかしですなぁ、我々に返せるものなど碌なものがありませんし、出来る事と言えば子々孫々に語り継ぐくらいですぞ」
「だから語り継がないでってば」
「うむむ、分かりました。これ以上巫女様を困らせる訳には参りません。私の代のみで我慢しますので、お名前をお教えください」
妥協してそれなんかい。
まぁ長老が生きている間くらいならいいか。
ぱっと見かなりの高齢みたいだから、そう長生きしないだろうし。
少ししたら子供達も、お爺ちゃんまた言ってるよ、その話大げさ過ぎるし、ボケて盛りすぎてるんじゃないの? みたいなノリになるでしょ。
「えっと、私の名前はマヤマ……カコです」
クシャクの名はあえて言わないでおく。その名はあの家に置いて来たからね。
「ニャーはニャットニャ。カコの護衛ニャ」
「ええと、私はフェレオです」
と、ニャットとフェレオさんも私に続いて名乗る。
「……ん?」
そこで私は強い違和感を覚える。
フェレオって……誰?
私はすぐに声の主を探して周囲を見回すと、すぐ傍に彼の姿はあった。
そう、私を誘拐しに来た刺客の姿が。
「って、何で貴方がここに!?」
するとフェレオと名乗った刺客はバツが悪そうな顔でこう言った。
「いえその、気が付いたら水の中に巻き込まれてまして……」
その言葉を聞いて、私とニャットとタニクゥさんの視線が残念精霊に向く。
「……うっかり巻き込んじゃった。てへっ」
「てへっ、じゃなーい!」
何うっかりで敵を連れて来ちゃってるの! 大問題じゃん!
「あの、この者は一体? お知り合いではないのですか?」
長老もフェレオが私達の仲間でない事は察したらしく、戸惑った様子で尋ねてくる。
「あーその、この人は私を誘拐しに来た誘拐犯です」
「あ、はい。領主様に命じられてこちらの少女を誘拐しに来ました」
私が紹介すると、フェレオはペコリと軽く頭を下げて自己紹介をする。
「成程、巫女様を誘拐しに……」
事情を理解してフムフムと頷く長老。
「……」
「……」
「……」
そして日が差して来た岩場に、なんとも微妙な空気が流れる。
「ひ、ひっ捕らえろぉぉぉぉぉ! 巫女様に害をなす悪党じゃぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁっ!!」
あー、うん、そうなりますよねー。
というか、何で馬鹿正直に自己紹介しちゃうかなコイツは。
「いやその、驚きの連続過ぎてつい。あと周囲を砂に囲まれて逃げ場もありませんでしたから、それなら流れで誤魔化せないかなって」
おいおい……全く、とんだ自己紹介になっちゃったもんだよ。
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