第98話 お爺さんと北の都
北の大地で遭難してくれた私を助けてくれたのは、大きなお爺さんだった。
「さっさと飲め。冷めるぞ」
「あっ、はい」
お爺さんに促された私は、受け取ったスープを口にする。
「熱っ!!」
「体が冷えているから猶更熱く感じるだろう。気を付けて飲め」
「はい、ふーふーっ」
ああ、暖かい。
はぁー、まだちょっと熱いけど、その分体の芯から温まるようだよ。
更にスープの中から大雑把に切られた野菜やお肉が出てくる。
私はスプーンでそれ等を予想と、大きく口を開けてお肉を頬張った。
「すまんな。ついいつもの癖で俺のサイズに切っていた」
「あ、いえ。気にしないでください。それにこのサイズはすっごく食べ甲斐がありますし」
切ったお肉が私の口には大きかったと気付いたお爺さんが、ぶっきらぼうながらもちょっと申し訳なさそうに言う。
良い人だなぁこの人。
暖かいものを食べた事で、気持ちが落ち着いてきた私は、お爺さんにお礼を言い忘れていた事に気付く。
「えっと、助けてくれてありがとうございました。私は……マ……コ、マコです!」
うっかり本名を名乗りそうになったけど、今の私は侯爵家から逃げてる最中だった。
お爺さんには申し訳ないけど、偽名を名乗る事にしよう。
「儂はマーロックだ」
マーロックさんは自分の皿にスープをよそうと、皿を傾けてゴッゴッゴッと飲み干す。
って、肉! 野菜も飲み込んだ!?
見た目通りワイルドだなこの人……
「まったく、お前達を見つけた時は我が目を疑ったぞ。この北部の地を防寒着も無しに歩き回るとか、正気の沙汰じゃない」
「あはは、お手数をかけました……」
そうでした。私達ってば装備を揃える前にこんな所まで来ちゃったんだよね。
「あっ、そう言えばニャットは?」
お前達と言われた事でニャットの事を思い出した私は、彼の姿を探して視線をさ迷わせる。
「お前の後ろにいる」
「え?」
振り返れば、そこには私を包むようなポーズで寝ているニャットの姿があった。
「スピー……」
そっか、毛布代わりになってくれていたんだ。
「ありがとうニャット」
「飲んだら寝ろ。夜が明ける頃には吹雪も止んでいる。火は俺が見ていてやる」
「あ、はい」
スープを飲み終えてホカホカになった私は、ニャットの懐に潜り込む。
するとニャットの尻尾が私の体の上に乗っかり、毛布のようになった。
「ふわぁ……」
天井の猫布団に包まれた私は、あっという間に眠りの国に降りて行ったのだった。
◆
「うむ、吹雪は止んだようだな。これなら町までいけるだろう」
翌朝、目が覚めた私達は、食事を終えると家の外に出た。
視界は一面の銀世界で、まるでテレビで見た雪国のようだった。
「よし、すぐに出立の準備だ。この時期は天気が変わりやすい。晴れている間に急ぐぞ!」
「は、はい!」
お爺さんはすぐさま家に戻ると、荷物を鞄に仕舞い、壁にかけていた槍を手に取る。
「マコ、お前はそのネッコ族の背中に乗せて貰え。お前の足と装備じゃ夜までに町に着くのは無理だ」
「分かりました。よろしくねニャット」
「任せるのニャ」
「魔物が出たら俺が相手をする。アンタはマコを頼む」
「承知したニャ」
「あとこれを体に巻いておけ」
そういってマーロックさんが投げてよこしたのは、彼の毛布だった。
「ありがとうございます!」
私は毛布を半分に折って長さを調節するとマントのように体に巻きつける。
ほわぁ、暖かい。
そのまま華麗にニャットの背中に乗ると、私達は町に向かって出発したのだった。
◆
「じゃああの家ってマーロックさんの家じゃなかったんですね」
「ああ、アレは狩人が一夜を過ごす為の山小屋だ。ベッドなんて気の利いたものはないが、暖炉はあるし、最低限風を凌げるから助かった」
聞いた話では、マーロックさんは別の場所に住んでいて、私達を助けた時は町に向かう際ちゅうだったそうだ。
けれどその途中で吹雪いてきたもんで、記憶にある山小屋に行こうとしたら、ニャットの声に気付いて私達を見つけてくれたらしい。
「待て」
と、そこでマーロックさんが私達を手で制する。
「魔物だ」
と、マーロックさんは言うけれど、何処を見ても雪ばかりで魔物の姿は見えない。
もしかして雪国の生き物らしく保護色になってるとか?
「すぐに始末する」
マーロックさんは杖代わりに持っていた槍を構えると、フンッ! と気合を入れて雪原に投げつけた。
するとグギャァァァァ! という悲鳴と共に雪原が赤く染まり、そこから毛に覆われた生き物が飛び出してきた。
そして生き物は暫くのたうち回ると、そのまま動きを止めてしまった。
「雪潜りだ。こうやって雪の中にじっと潜んで、獲物が近づいてきたら雪の中から飛び出して獲物をバクンと食べる」
ひ、ひえぇぇぇ、おっかない!?
「安心しろ。コイツは人里には近づかん。それに口を閉じる力と速さは大したもんだが、体の動き自体は鈍いんだ」
マーロックさんは雪潜りに刺さった槍を抜くと、そのままナイフで腹を裂いて内臓を切り落とす。
「雪潜りを倒したら、すぐに内臓を捨てて代わりに雪を詰めろ。そうすれば中から肉を冷やす事が出来る。そしたらすぐにその場を離れろ。獲物を横取りしようと狙っている魔物は内臓を優先的に狙うからな。俺達は安全に肉と毛皮を持ってその場から離脱出来るって訳だ」
成程、食べない内臓を囮にするって事かぁ。
「それにしてもよく雪の中にいる魔物になんて気づきましたね」
「ふっ、それは長年の勘という奴だな」
おお、腕利きの狩人って感じだよ。
って言うか、北部の狩人さんは皆あんな名人芸が出来るって事!?
下手な冒険者よりも強いんじゃない?
◆
町まで半分くらいになった所で、私達は一旦休憩する事にした。
「助けて貰ったお礼に、今日のお昼は私が作りますよ!!」
「ほう、マコは料理が出来るのか?」
偉いな、とマーロックさんが私の頭を撫でてきた。
って、子ども扱いかい!!
いやいや、落ち着け私。今は命を助けて貰ったお礼をするターン。
「南部の珍しいお魚をご馳走しますよ」
「南部の?」
「ええ、これでも私商人でして。色々変わった品も取り扱っているんですよ」
「ほう」
「期待しててくださいねー」
さて、それじゃあご飯を作るとしますか。
まずは南部で買った魚の干し魚を取りだします。
これは干して水分を取った品だけど、干物ほどカラカラではなく、燻製とか一夜干しに近い品だ。
なんか特別な薬草汁に付けてあるから、すぐには腐らないんだって。
水に漬けて塩抜きならぬ薬草抜きをしたら、一口サイズに切って鍋に放り込む。
そうすると干し魚がから出汁が出て美味しいお吸い物風のスープになるらしい。
あと水分を十分に吸って、お肉が柔らかくなるから、普通に具としても美味しいらしいよ。
後は出発前に購入した食材の中で足の速い食材を切って放り込み、ついでにマーロックさんが提供してくれた小さいネギみたいな食材も使う。
これは北部の雪の下で育つ食材で、数は少ないけど冬でも手に入ることから、食べ物が無いときはこれを探して飢えを凌いでいたんだとか。
十分に沸騰して火が通ったら、完成だ。
「はい、召し上がれ!」
「待ってたニャー!」
「うむ、頂こう」
全員にお吸い物が行き渡った所で、私達は食べ始める。
「ふぅー、ふぅー……んっ、美味しい」
「ほう、これはなかなか」
「魚が美味いニャ!!」
うん、干し魚の旨味がしっかり出ている。
スープのようなトロ味はないけど、その分飲み易い感じだね。
柔らかくなった干し魚のお肉も美味しいよ。
寧ろ中に残った旨味が、噛むとジュワッと染み出してきて普通のお魚よりも美味しいかも!
「これはいいな。まさかこんな所で南部の魚を食べる事が出来るとは思わなかった」
良かった、マーロックさんにも喜んで貰えたみたいだよ。
「北部の魚は小柄で味も淡泊だ。その分自己を主張する事がないから、味の濃い料理の具に適している。だがこの魚はその真逆で、旨味をこれでもかと主張してくるな」
へぇ、北部の魚は小さいんだね。
「いや、良い物を食べさせて貰った。感謝する」
「いえいえ、こちらこそ命を助けて貰いましたから」
食事を終えると、マーロックさんがご飯のお礼を言ってきたので、慌ててこちらも頭を下げ返す。
食器を綺麗にした私達は、再び旅を再開した。
うーん、この水を出すマジックアイテム、凄く便利だけど、流石にこの雪の中で使うにはちょっと寒すぎるね。
こっちの火を出すマジックアイテムと合成して、お湯を出すマジックアイテムに出来ないかな?
くっ、もう一式あったら実験できたのになぁ。
なんとか似たようなマジックアイテムを手に入れて合成したいところである。
「見えて来たぞ」
移動を再開して暫く進み、日がだいぶ落ちてきたところでマーロックさんが前方を指差す。
その先には、大きな壁に覆われた町の姿が見えた。
「うわぁ……」
不思議だったのは、その町の壁の上の空が変な色をしていた事だった。
ちょうど壁の上に、空とちょっとだけ色の違う青い半円状のカプセルを被っているかのようだ。
「あれが北部最大の都市、北都だ」
「あれが北都……」
遂に私達は、第一の目的地である北都にたどり着いたのだった。
「へっくち!」
そうだった。町に着いたらまず防寒着を買わなきゃ。
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