第81話 森の戦い

「レイカッツ様!?」


 メイテナお義姉様達と共に現れたのは、ぐったりとしたレイカッツ様だった。


「いったい何があったんですか!?」


 私は一体何が起きたのかとメイテナお義姉様に尋ねる。


「レイカッツ殿は公爵様に毒を盛った犯人として追われていたのだ」


「ええ!?」


 レイカッツ様が公爵様に毒を!?

 メイテナお義姉様は私と別れた後に何が起きたのかを話し始めた。


「公爵殿との交渉に赴いた私達は、会議の前に茶をふるまわれた。何でも朝に異国から仕入れたばかりの貴重な茶葉とかでな。だが最初に茶を飲んだ公爵様が突然苦しみだして倒れたのだ」


 現場は騒然となったらしい。

 幸いお茶をふるまわれた側のメイテナお義姉様達は、何も不審な行いをしていなかった事で犯人と疑われる事はなかったとの事だった。


「治療が早かったお蔭で公爵殿は一命を取り留めたが、我々は現場を目撃した証人として足止めされる事になった。そして暫く待たされた後でやって来たロベルト殿がこう言ったのだ。レイカッツ殿が爵位欲しさに公爵様に毒を盛ったのだと」


 なんでもレイカッツ様の部屋から公爵様に使われたと思しき毒も見つかったのが決め手なんだって。でも……


「あの、レイカッツ様はそう言う事をするような人には思えなかったんですけど……」


 正直レイカッツ様は毒殺するような人には見えなかったんだけど。それと毒を使うような人にも。


「そうだな。私としてもレイカッツ殿は公爵殿に近い性格をしている。公爵の地位は彼にとって面倒事でしかないだろう。あくまでも私の主観的意見だがな」


 うん、それも分かる。そもそもレイカッツ様は護衛も付けずに一人でホイホイ旅に出ちゃうような自由人だしね。

 とても公爵なんて堅苦しい立場になりたがるとは到底思えないよ。

 あと気になるのは……

 

「それで、何でそのレイカッツ様がここに? それに凄く苦しそうなんですけど……」


「追手の話では抵抗してきた為に反撃したとの事だ。しかし……」


 怪我をしたわけでもないのにレイカッツ様は苦しそうにしているのは明らかに普通じゃない。


「おそらくですがレイカッツ様は毒を盛られています」


 そう言ったのはパルフィさんだった。


「レイカッツ様もですか!?」


「パルフィ、出来るか?」


「ええ、こちらも準備が整いました。落ち着いた状況でなら私でもなんとかできるでしょう」


 見ればすぐ傍には魔法陣のようなものが描かれた大きな布が広げられていた。

 そしてイザックさんが魔法陣の中央にレイカッツ様を寝かせると、パルフィさんが杖を構えて呪文を唱える。


「神よ、穢されし者に浄化の奇跡を。デトックシィフィケーション」


 するとレイカッツ様の体がうっすらと輝き、光が体の中に吸い込まれてゆく。

 そして全ての光が体内に吸収されると、レイカッツ様の呼吸は穏やかなものへと変わっていった。


「無事解毒に成功しました」


「よくやってくれたパルフィ」


「おおー、凄い! 魔法だ!」


 とても魔法らしい魔法を見て私は思わず興奮してしまう。

 やっぱこういうの見るとファンタジー世界に来たって感じするよね!


「カコちゃん」


 だがそんな私にパルフィさんが硬い声をあげる。

 やばっ、具合を悪くしてる人の傍ではしゃぎ過ぎた!?


「これは魔法ではなく神の奇跡です。魔法ではありませんよ?」


「は、はい」


 大事なのはこれは魔法ではないと言う事の方だったみたいです……


「まぁこんな感じで明らかにおかしな状況だったんだが、パルフィがそれを指摘したら警告なしで襲ってきやがった。ま、返り討ちにしてやったがな」


 とイザックさんが剣を振るポーズを取ってその時の事を教えてくれた。


「で、レイカッツ殿を救出したという訳だ」


 成程、問答無用で襲ってきたらレイカッツ様を連れて逃げてくるしかないよね。


「それで、これからどうするんですか?」


 パルフィさんは今回の護衛対象であり依頼主でもあるメイテナお義姉様に今後の方針を確認する。


「そうだな。まずはレイカッツ殿が目を覚ますのを待って公爵家の事情を……」


 けれどそこにマーツさんが待ったをかけて話題を止める。


「いや、そうも言ってられないみたいだよ。追手が森に入って来た」

 

「ええ!? って何で分かるんですか!?」


 ここから森の入口までは結構距離があるんですけど!?


「精霊達に手伝ってもらったのさ。森に人間が入ってきたら教えてくれってね」


「おおー、精霊魔法だ」


 回復魔ほ……神の奇跡の次は精霊魔法かぁ。今日は良く魔法を見る日だなぁ。


「どうやらレイカッツ殿を保護したところを見られていたらしいな」


「おそらく俺達に見張りが付けられていたんだろうな。マーツがいてくれたらこんなヘマはしなかったんだが……」


 スマン、と追手に気付けなかった事にイザックさんが謝罪する。


「はははっ、結果的に評価して貰えたみたいで嬉しいよ」


「数は?」


「60、二人を守りながらだとちょっとキツイかな」


 60人!? 流石に多すぎでしょ!?


「メイテナお嬢様、わたくし共が囮となります」


 そう言ったのは一緒に逃げてきたメイテナお義姉様のメイド達だ。


「馬鹿者、この程度の敵相手にお前達を犠牲に出来るか。命を無駄にするな」


 けれどすぐにメイテナお義姉様が囮になる事を却下する。


「気休めだけど、追手が来るまでの時間の短さを考えると全員が手練れとは考えにくい。何割かは数合わせの雑兵の可能性があるよ」


「ホント気休めだなぁ」


 うう、確かに。特に私は素人同然だし、相手が手練れでなくても勝てる気がしないよぉ。


「それじゃあニャーも仕事するとするかニャ。最悪の場合カコだけはニャーが戦場から逃がすから心配するニャ。そっちの男は知らんニャ」


 そうだった! 私には頼もしい護衛のニャットが居たんだ! でもできればレイカッツ様も助けてあげて!


「助かる。カコ、お前も自分の身を守る事だけ考えておけ」


「は、はい!」


 と言うか戦うとか無理なんで何とか自衛に専念します!


「ご安心ください。カコお嬢様はわたくし共がお守りしますので」


 そう言って慰めてくれたのは傍に控えてくれていたティーアだった。

 でもティーアもメイドさんなんだから無理しちゃだめだよ?


「来るよ!」


 マーツさんが叫ぶと同時に、空から炎が降り注いだ。


「火矢の魔法か!」


 ぎゃー! そんな魔法は見たくなかったです!!


「風の精霊よ! 全てを空に舞いあげておくれ!」


 真っ先に動いたのはマーツさんだった。

 精霊魔法を発動して迫って来た火の矢を空に舞いあげたんだ。

 そして空を舞っているうちに火の矢は跡形もなく消えてしまった。


「完全に殺す気だな。となるとレイカッツ殿も我々が通りがからなかったら殺されていたな」


「殺してから犯人にするつもりだったんだろうな」


 まさかの死体に口なしですよ。レイカッツ様公爵家の次男なのに……


「森に火を放つのは止めてほしいんだけどなぁ」


 マーツさんがぼやいていると、森の闇の中から敵が姿を現す。


「はっ! 森の中で冒険者に勝てると思うなよ!」


 それを迎撃するべくイザックさんとメイテナお義姉様が飛びだした。


「猛き戦神よ、雄々しき戦士達に守りの加護を!」


 パルフィさんの防御魔法の援護を受けたメイテナお義姉様達の戦いぶりは凄まじく、次々とやって来る敵と互角以上に戦っている。

 うおおー! これが上級冒険者の実力なの!?


「ちっ! そいつらは無視しろ! お前達は足止めに専念しろ!」


 何人かの敵がメイテナお義姉様達の足止めを行い、残りの敵が全てこっちに向かってくる。


「レイカッツ様を狙っているようですね」


 うわわわっ、ヤバイよ! 


「おっと、ここから先は行き止まりだニャ」


 そこに立ちふさがったのは我らがニャット先生!

 キャーニャット素敵ー!


「くっ! ネッコ族の傭兵か!」


「ニャフフ、纏めて相手してやるのニャ」


 そう言うとニャットは向かってくる敵を次々に猫パンチと爪で倒してゆく。

 時折後ろ脚で蹴りを放ったり、尻尾でビンタをして相手をのけ反らせる。

 その戦いぶりたるや凄まじく、人間のように二本の脚で立って前足で攻撃していたかと思えば、次の瞬間には獣のように四本の脚で森の中を走ったり木々を足場に飛びまわって相手を幻惑したりと縦横無尽の戦いぶりだった。


「おお、ニャット強い!」


「ふふん、そうニャろ? 仕事が終わったら美味い魚料理を作るのニャ」


「あっ、うん。分かった」


 しかもこんな状況にも関わらずニャットはマイペースだった。


「いまだ! やれ!」


「えっ!?」


 そんな時だった。

 突然私達の背後から人が飛び出してきたのだ。


「シャアッ!!」


 まさか回り込んできたの!?

 不味い! こっちには戦える人が誰もっ……


「ぐひっ」


 と思ったら何故か襲いかかって来た敵が間抜けな声をあげて地面に飛び込んだ。


「へ?」


 てっきり転んだのかと思ったけれど、敵は地面に突っ伏したまま起き上がる気配が無い。


「え? 何で?」


 な、何が起きたの!?


「もしかして具合が悪いのに無理に出てきたのではないでしょうか?」


 そんな事ってあるの!?

 それとメイド達がやたらと密着するように私とレイカッツ様を囲んでくるのは何で?

 これだと周囲が見えないんだけど……


「ギャァー!!」


「なんか向こうから悲鳴みたいなのが聞こえるんだけど」


「メイテナお嬢様がたがご活躍されていらっしゃるのでしょう」


 いやメイテナお義姉様達は反対側で戦ってたと思うんだけど……


「ご安心を、万が一の場合はわたくし共がお二人をお守りいたしますので」


 いや皆も戦えないんだから、ホント無理しないでよね。


「もう大丈夫だ」


 それから暫くすると戦いの音が止み、メイテナお義姉様の許可と共にメイド達の壁が解放された。

 そして周囲を見れば傷ついているのは敵ばかりで、味方には傷を負った人達の姿はなかった。


「えっと、60人も居たんだよね……?」


「カコお嬢様、イザック様達は上級冒険者です。たかが60人程度のゴロツキに毛の生えた者どもに後れを取る事はありませんよ」


「そんなに凄いの上級冒険者って!?」


「それはもう、上級冒険者は一般の冒険者や衛兵では相手にならない様な強大な魔物と戦えるのですから」


 おおぅ、上級冒険者って私の予想以上に凄い人達だったんだな……


「さて、これからどうする?」


 そしてそんな事は当然とばかりにメイテナお義姉様達はすぐに今後の方針について話し始める。


「なんとかレイカッツ殿を連れて東部まで逃げたいところだな」


「問題はどうやって逃げるかだ。夜じゃ馬車も鳥馬車も出ない。歩いて逃げようにも馬で追いつかれる」


 そっか、ここは公爵家のお膝元だもんね。寧ろこれからやって来る公爵家の戦力が本命なんだろう。

 当然その戦力には馬に乗って私達を追ってくる騎馬もいるだろう。

 そんな相手に馬も無しでどうやって逃げればいいんだろう? 私とか足が遅いから絶対に足手まといだよ? ニャットに乗せてもらえるかな?


「となると馬が入れないような場所を進みますか?」


「いや、レイカッツ殿の怪我は治ったが、すぐに動かすのは無理だ。それにメイド達も居るから目立つ」


 あーそうか。レイカッツ様はまだ意識が戻ってないしね。

 それについさっきまで毒で倒れていたんだから、病み上がり同然か。


「ではわたくし共は変装してお嬢様がたと別行動をとりましょう。ついでに偽の情報を拡散させて追手を減らします」


 そう言ってメイド達は荷物の中から普通の服を取り出す。

 おお、こんな時の為に着替えを用意してたんだね!


「あまり無理をするなよ?」


「レイカッツ殿を連れて逃げるメイテナお嬢様よりは安全だと思いますよ」


「はははっ、確かにな」


 うん、本当だよ。なんとかレイカッツ様を休ませることのできる場所に連れて行かないと。

 でも南部の事を全然知らない私にはそんな場所到底思いつかない……いや待てよ?


「我々はレイカッツ殿を保護したままどこかに身を潜め、彼が動けるようになったら東部を目指す」


「森はもう駄目だね。奥に逃げるにも準備が足りない」


 皆が話している中で、私はふと感じた違和感に頭を悩ませる。

 何かいいアイデアが出そうな感じがしたんだけど……


「一か八か町に行って馬を手に入れるか?」


「門を封鎖される心配があるからお勧めしないかな。メイドさん達にやらせるのも止めた方が良いかな」


「となると隠れる事の出来る場所を探して移動を繰り返すしかないか」


 うーん、あと少しで……あっ!!


「カコはメイド達と共に逃げるんだ。父上に事の顛末を伝えてもらいたい。頼めるか?」


「いえ、私もメイテナお義姉様達と一緒に行動します」


 話を振られた私はその指示を拒絶する。

 それではせっかくの策が役に立たないからだ。


「っ!? カコ、気持ちは嬉しいが今回は危険なのだ」


「分かっています。でもレイカッツ様を休ませる場所が必要なんですよね? でも私だったら高い確率でそれを提供できますよ」


 そう、私が思いついたのはレイカッツ様を休ませる場所を確保する方法だ。


「何だって!?」


「カコちゃん、それはどういう事?」


 パルフィさんが一体どうするつもりなのかと聞いてきたので、私は満面のドヤ顔でそれに答えた。


「人魚の郷を頼るんです!」


 そう、それが私の考え付いた唯一にして最良の方法だったのだ。

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