第80話 間隙の襲撃者
「では行ってくる」
あれから数日後、メイテナお義姉様達は公爵家に呼ばれて再度の交渉に向かった。
今回は完全に貴族間の面倒くさい交渉メインらしく、私はお留守番である。
「という訳で合成でもしてよっかなー」
本当は解毒剤を作らないといけないんだけど、市場のポーションを買い過ぎると町の人達の迷惑になっちゃうので程々にしておかないといけない。
さて、それじゃあ何を合成しようかな、別種の薬草同士の合成にするか、それとも海の魔物素材を合成するか。
と、その時だった。部屋の扉をノックする音が聞こえて来たのである。
「失礼します、マヤマ様にお客様です」
私に客?
「どなたですか?」
「公爵家の使いの方とのことで、あっ、お待ちください!?」
宿の従業員さんの慌てた声がすると共に扉が強引に開けられ、見知らぬ男達が入って来る。
鍵がかかっていた筈なのにと驚いた私だったけど、よく見れば外側のドアノブには鍵と思しきものが挿さっていた。
従業員さんの慌てた様子を見るに、部屋の合鍵を強引に奪ったの?
「失礼しますクシャク侯爵令嬢。我が主が貴女をお呼びです」
先頭に立っていた男の人が恭しく頭を下げてくるけれど、その目はとてもこちらに敬意を持っている様には見えない。
「お嬢様に無礼ですよ。何か用件がおありでしたら、交渉役であるメイテナお嬢様を通してください」
いつの間に使用人室からやって来たのか、ティーアが私を庇うように前に立つと、公爵家の使者達に強い口調で言い放つ。
「メイテナ=クシャク侯爵令嬢の許可も頂いております。ささ、馬車の用意は出来ておりますので」
しかし相手も引く様子は無かった。
「カコ」
するとニャットが私の耳元にこっそりと囁く。
「き、今日の交渉では私は来なくて良いとメイテナお義姉様に言われました。そして自分以外の人間が迎えに来ても付いてく必要はない。必要があれば自分が直接迎えに出向くと仰られました。ですから貴方がたに付いていく気はありません。私が必要ならば、メイテナお義姉様が帰って来てから改めて伺います」
私がキッパリと断ると、公爵家の使者は小さく舌打ちすると、顎で後ろに控える部下達を促す。
「我が主はすぐに貴女に来てほしいと仰っておられます。ですので……」
公爵家の使者達が私達を囲むように広がる。
「おっと、カコに触れるニャ。これ以上近づいたら護衛として力ずくで排除する事になるニャよ?」
そんな使者達の前に立ちふさがったのは我等がニャットだ。
「たかが傭兵風情が公爵家に逆らうなっ!」
「傭兵だから公爵家だろうが侯爵家だろうが関係ないのニャ。ニャーは仕事をするだけニャ」
きゃーっニャットさんかっこいいーっ!!
頼もしいニャットの啖呵に私は内心歓声をあげる。
「構わん! 力づくでやってしまえ!」
ニャットの啖呵が癇に障ったのか、公爵家の使者が部下に命令を下す。
って、待って!? こっちで戦えるのはニャット一人だよ!?
しかも相手は自前の軍隊を持ってる武闘派公爵家の人間じゃん!?
この状況、かなりヤバいんじゃないの!?
「ニャフッ、良いニャろう。相手をしてやるのニャ」
けれどニャットは慌てる様子もなく拳を構える。
「ニャット!?」
「「「「「はぁぁっ!!」」」」」
そして、止める間もなく絶望的な戦いが始まった。
「「「「「……」」」」」
「他愛ないのニャ」
と思ったら一瞬で戦いは終わった。
それもニャットの圧勝で。
「うわー、ニャットめっちゃつよー」
えーっと、このニャンコ強すぎない?
「ば、馬鹿な!? 私の部下が一瞬で!?」
「さっさと降伏するのニャ。今ニャら手加減して手足の4,5本折るだけで許してやるのニャ」
それ全部折れてませんかねー?
「ふんっ、部下がこれだけだと思ったか! お前達、こいっ!」
公爵家の使者がドアの向こうに向けて声を上げる。
ってまだ仲間が居たの!?
慌てる私だったけど、何故かいつまで経っても人が入って来る様子はなかった。
「お、おいどうした!? 早く来てコイツ等を捕らえろ!」
そしてようやく人が入ってきたと思ったら、メイドさんがたった一人だった。
っていうか、あれ? この人ってメイテナお義姉様のお付きのメイドだったような?
「お客様のお連れ様ですが、少々物騒な物をお持ちでしたのでお引き取り頂きました」
「はっ!?」
そう言うと部屋に入って来たメイドさん達は使用人室に戻って行く。
えーっと、どういう事?
「な、なな……」
「さーて、残るはおニャーだけのようだニャ?」
「ひっ!?」
頼りにしていた味方が居なくなったと知った公爵家の使者は悲鳴を上げて後ずさる。
そして何とか逆転の機会は無いかと周囲を見回すけれど、頼りの部下が倒れた今、そんな都合よく……
「っ!! ははははっ!!」
突然顔を喜色に歪めた男が飛び出す。
その先に居たのは私の前に出ていたティーア。
「ティーア!?」
しまった! こいつティーアを人質に取るつもりだ!
「この女の命が惜しぐはっ!?」
けれど、ティーアを人質にしようと公爵家の使者が飛び出した瞬間、スパァンという何かが弾ける音と共に突然糸が切れたかのように床に崩れ落ちた。
「え?」
な、何々!? 何が起きたの?
「あら、どうなさったのですか?」
そして狙われた筈のティーアは全く動揺する事無く、地面に倒れた男に声をかける。
「どうやら具合を悪くされていたようですね。いけませんよ、体調はしっかり管理しませんと」
めっ、と子供を叱る様に人差し指を立てて注意するティーア。うん、完全に気を失ってるみたいだから聞こえてないんじゃいかな?
っていうか、どうなってんのコレ?
「えーっと……」
大丈夫だった? と聞くような空気でもなく、私は伸ばした手を所在なさげにそっと戻す。
「カコ、さっさと荷物を纏めて逃げる準備ニャ!」
「え? あ、うん」
呆然としていた私の意識をニャットの声が呼び戻す。
「こちらの準備は既に完了しております」
そしていつの間に準備したのか、ティーアとメイテナお義姉様のメイド達は準備万端と荷物を抱えて傍に待機していた。
「カコはどうニャ?」
「えっと、わたしも魔法の袋に全部入ってる」
幸い私も中身を取り出す前だったので荷物らしい荷物はない。
「それじゃあ増援が来る前に逃げるのニャ!」
「う、うん!」
◆
宿を出て走り出すと、突然私達に並走する様に馬車が姿を現した。
まさか公爵家の援軍!?
「カコちゃん乗って!」
けれど馬車の幌から顔を覗かせたのはイザックさんの仲間のマーツさんだった。
「マーツさん!?」
「早く!」
「は、はい!」
マーツさんに急かされた私が手を伸ばそうとすると、急に私の股下にニャットが入り込んでその背に乗せてくる。
「きゃっ!?」
「よっと」
ニャットは軽くジャンプすると危なげなく馬車の荷台に乗りこんだ。
ただし私の頭頂部がちょっとだけ幌にスレてヒヤッとしたけれど。
私達が乗り込むと、ティーア達メイドも次々と馬車に乗り込んでくる。
えっと、皆スカート丈の長いメイド服で良く走る馬車に飛び乗れるなぁ。
異世界のメイドって凄い。
◆
「ここで降ろしてくれるかい」
そして馬車が町を出て暫く走り、町が見えなくなったところでマーツさんは馬車を停めさせる。
「こんな所で良いのか?」
周りに家もなにも無い道の途中で馬車を止めるように言われ、御者さんが首を傾げる。
「ああ、ウチのお嬢様を狙っている悪党共が居てね、馬車に乗って別の町に逃げたと思わせたいんだよ。その間に私達は別方角にね」
と、マーツさんが私に目線を送ると、御者さんも成程そう言う事かと納得の頷きを返す。
「成る程、急に金を払うから乗せてくれって言われたから何事かと思ったら、そういう事か」
「もし誰かに僕達の事を聞かれたら、別の馬車に乗って違う方向に向かったと言ってほしい」
そう言ってマーツさんは御者さんに何かの入った革袋を差し出す。
ああ、きっと口止め用の黄金色のお菓子なんだろうな。
「へへっ、任せておけよ。貰った金の分は働いてやるさ」
「あの商人、信用できるのかニャ?」
「別に信用できなくても良いですよ。彼には町に戻るとしか言っていませんからね。さ、こっちだよ」
「あれ? 町に戻るんじゃないんですか?」
マ-ツさんが指差したのは、街道を外れた先にある森だった。
「それは彼を騙す為の方便ですよ。イザック達と合流の約束をしたのはあの森の中です。この奥に魔物除けを使ったキャンプ地を作ってあります」
おお、何時の間にそんな準備を!?
「キナ臭い空気になって来たから用意してくれとイザックに頼まれていたんですよ」
森の中を進みながらマーツさんが事情を説明してくれる。
「ニャー達の前に都合よく現れたのもその為ニャ?」
「ええ、いつでもカコちゃん達を避難させられるようにってね」
凄い! この状況を予測して避難場所を準備してたんだ!
流石上級冒険者だよ!!
「ありがとうございますマーツさん」
「ははは、これも仕事の一環さ」
けれどマーツさんは大したことはしてないと朗らかに笑う。
エルフの美貌でこの笑顔は反則だわー。
「それにしても連中、予想通りこっちが揺さぶったらカコを強引に連れ去ろうとしたニャ」
「予想通りだね」
ニャットの言った揺さぶりってのはさっき私に囁いてきた指示の事かな?
メイテナお義姉様に勝手に出歩かないよう言い含められているから、皆が帰って来てから行くと答えろって言われたんだよね。
どうやらニャット達は公爵家が私を強引に連れ出そうとする事を予想していたみたい。
「でも何であんな強引に連れて行こうとしたんだろうね? 私達に何かしても侯爵家とトラブルになるだけなのに」
「多分カコちゃん本人が目当てだからだろうね」
「え?」
私が首を傾げていると、マーツさんは公爵家の狙いは私だと言う。
「カコちゃんは公爵家が開発していなかった解毒ポーションの持ち主だからね」
「で、でもそれは侯爵家を介して売買契約をしてますよ?」
「それだけじゃない。カコちゃんが解毒ポーションを取り扱っている事を調べたのなら、当然それを作っている者を探るうちにイザックの腕を治した件も知ることになるだろう」
「あっ」
そうか、元々公爵家で研究されていたのは解毒ポーションじゃなくてロストポーションの方だもんね。
なら失敗作を治療するための薬よりも完成品を欲しがるのは道理だ。
「イザックの腕が治った事を知れば、何が使われたのかは明白だ。ロストポーションの研究をしていた公爵家としては是非とも製法を手に入れたいだろうね」
「でも公爵様はそんなことする人には見えなかったですけど……」
うん、あの公爵様はそんな悪人には見えなかったんだけどなぁ。
「カコちゃん、貴族はとても利己的な存在だよ。何より自分達の利益の為なら、笑顔で人を騙す事だってある。善人に見えるからって善人とは限らないんだ」
けれどマーツさんは私を嗜めるように貴族を信じてはいけないと忠告してくる。
「それは……そう、ですね」
オグラーン伯爵なんか正にそれだったもんね。
「まぁでも、今回の件は公爵本人というよりは……」
「誰か来たニャ」
マーツさんが何かを言いかけたところでニャットが振り返って後方を見つめる。
もしかして追手がもう来たの!?
けれどそこに現れたのは私達の良く知っている人達だった。
「メイテナお義姉様っ!?」
そう、森の中から姿を現したのは、メイテナお姉様達だった。
「おお、カコ達も無事だったか。ここにいるという事は、お前達も襲われたんだな?」
行きの格好のまま森の中を歩いてきた為、折角の綺麗なドレスは泥だらけになり、そこかしこが藪や枝に引っかかって破れていて痛々しい。
「は、はい。それじゃあメイテナお義姉様も?」
「いや、私達の場合は……」
「この兄ちゃんの巻き添えだな」
そう言ってメイテナお義姉様の後ろから現れたのは、誰かを担いだイザックさんだ。
まさかパルフィさんが!? と一瞬焦ったものの、パルフィさんはイザックさんの後ろに居た。
じゃあ誰がと担がれている人を見た私は驚きに目を見開いた。
「レイカッツ様!?」
そう、抱えられていたのは何故かグッタリとした様子のレイカッツ様だったのだ。
ええ!? 公爵家が襲って来たんじゃなかったの!?
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