第67話 人魚のポーション

「おお、戻って来たようじゃな」


 郷に戻って来た私達を待っていたのは、ロアンさんと見覚えのないお婆さん人魚だった。

 ……ううむ、人魚のお婆さんって何か脳がバグるなぁ。

 人魚ってずっと若いイメージだったんだけど、目の前のお婆さんはなんというか干物だ。


 そう言えばお父さんの本棚に人魚のミイラについて書かれた漫画があったなぁ。あれは偽物ってオチだったけど……

 って、そうじゃない。今は目の前の本物の人魚のミイラ……じゃなくてお婆さんだ。


「カコ、この方が郷の薬師をしているおばばだ。見ての通り陸に打ち上げられて干からびた魚みたいな見た目だが気にしないでくれ」


「やかましいわい、このクソ餓鬼が!」


「ぐぉぉっ!?」


 おばばを紹介してくれたロアンさんが後頭部を鰹節の様なものでぶん殴られてのたうち回る。

 なかなかアグレッシブなお婆さんだなぁ。


「全く。華も恥じらう乙女に失礼な男じゃて」


「「「「えっ?」」」」


 おばばの言葉に郷の人魚達が目を丸くする。


「なんじゃい!!」


「「「「……」」」」


 ぷいっと目を逸らす人魚達。仲いいなぁこの人達。


「お前さんがカコじゃね。郷のモンを治す為の薬を作ってくれたそうじゃないかい。礼を言うよ」


「い、いえ、そんな大したことは……」


「大した事はあるわい。何しろ儂ではその薬は作れんかったんじゃからな! ヒャヒャヒャヒャ!」


「えっとぉ……」


 滅茶苦茶リアクションに困る自虐をかましてくるおばば。


「薬を作る為のポーションが足りんそうじゃな。ほれ、コレが長に頼まれたモンじゃて」


 そう言っておばばは私に巻貝の殻を渡してきた。

 おお、この中に人魚のポーションが入ってるんだね。

 それにしても入れ物が変わるだけで人魚感が増すなぁ。作ってる人は干物だけど。


「ありがとうございます」


「これを使えば郷のもん達を治すポーションが作れるのかい?」


「それをこれから確認するところです。人族のポーションと人魚のポーションは使っている素材が違うそうですから」


「うむ、その通りじゃな。ふむ、後学の為に調合する所を見せてもらっても良いかい?」


「え!? いや、それはちょっと……」


 さすがにスキルを使っている所を見られるのは困る。


「ひひひっ、冗談じゃて。薬の調合は秘伝じゃからな。この島で手に入る素材を使って治せるのなら、後はそれを再現するだけじゃて」


おおぅ、逞しいお婆さんだ。

 職人の矜持って奴かな?


「あっ、でも解毒ポーションの材料には毒液で汚染されたマイゼンを希釈する必要がありますから、そこは注意してくださいね」


「おや、そんなことを教えて良いのかい?」


「構いません。お婆さんの薬で治せるならそれに越したことはありませんし」


 普通なら汚染された植物なんて薬の材料として使えないけど、今回の解毒剤を作るにあたってはアレが調合のキモだからね。


「アンタは人が良いねぇ。あたしゃアンタが悪い男に騙されないか心配だよ」


 とまるでお人好しな孫を心配するおばあちゃんの様な事を言い出すおばばだった。


 ◆


「よし、それじゃあさっそく実験開始だよ!」


「人魚のポーションに希釈したマイゼンの汚染水を合成! そして鑑定!!」


『失敗作のロストポーションの解毒剤(人魚向け):ロストポーションの失敗作の毒素を中和する薬。人魚が飲むと若干苦さが弱まる。人間が飲んだ場合の苦さは据え置き。耐えろ』


 はやっ!? 速攻で出来ちゃったよ!?

 試行錯誤とか全くなかったんですけど!?

 まぁ元々人魚のポーションが代用品として使えるかどうかだけが問題だっただけだしね。

 けど人魚が飲むと苦さが弱まるのは人魚のポーションを材料に使ったからかな?

 それじゃあおばばに報告に行くとしますか!


「おばばー! 解毒ポーション出来ましたよー!」


「おお、出来たか! って早くないかい!?」


 私はさっそく完成した解毒ポーションをオババの元に持ってゆく。


「はい、人魚のポーションでも解毒ポーションを作れました!」


「そうかそうか、それなら儂でも解毒ポーションを作る事が出来そうじゃな!」


「それじゃ私は解毒ポーションの量産をするので、おばばはポーションをお願いします」


「うむ、任せておけぃ!」


 こうして私とおばばは解毒ポーションの生産を続け、人魚達の治療を再開したのだった。


 ◆


「よし、これで最後の一人ですね」


「うえぇー、ホントに苦い。でも確かに体が楽になってきた……」


 薬を飲んだ人魚の顔色が良くなってゆく。


「なぁ、なんか俺達の時より苦そうな感じがしなくないか?」


「だよな。俺の時なんて思わず声が出る程不味かったぞ?」


「あー、それは多分途中から材料に人魚のポーションを使ったからかもしれませんね。そっちの方が皆さんの味覚に合うんだと思います」


 私は人魚のポーションの方が苦みが薄くなることの理由を適当にでっちあげて説明する。


「何だって!? くそっ、何で俺は薬を飲むのを後回しにしなかったんだ!」


 うん、それは運が悪かったと思って諦めてください。


「カコ」


 不運な人魚達が本気で悔しがっているのを眺めていたら、長とおばばがやってきた。


「長、どうかしましたか?」


「お前さんのお陰で郷の者達が救われた。感謝するぞ」


 そう言って長とおばばが深々と頭を下げて感謝の言葉を告げてくる。


「い、いえ、人族が原因で起きた事件なんですから、寧ろこちらが謝る方ですよ」


 申し訳なさに長達に頭を上げて貰おうとするも、長はいいやと首を横に振る。


「いや、お前さんと毒液を海に撒いた者は別の者じゃ。それはちゃんと分かっておるよ」


 種族こそ同じでも、あくまで違う人間のした事と長はハッキリと言った。


「それにお前さんが来てくれなんだら解毒ポーションを作る事も出来なんだ。無駄に歳ばかり取った自分が情けないよ」


「そんな事ないですよ。おばばのお陰で解毒ポーションの量産が出来たんですから」


「アンタは良い子だねぇ。そう言ってくれると儂としても気が楽になるよ」


「それでじゃな。お主には改めて礼をしたいと思っておるんじゃ。何か欲しいものは無いかの?」


 と、長は私に何かお礼をさせて欲しいと言ってきた。


「欲しいもの……ですか? でも元々海でおぼれ死ぬところを助けて貰ったお礼として作ったようなものですし……」


「いや、アレは我等の落ち度。礼を感じる必要はない」


 私がお礼を辞退しようとしたら、傍に控えていたロアンさんがそれは違うとキッパリ言い放つ。


「と言う事じゃ。儂等に用意できるものなら何でも言うが良い」


「何でもと言われても……」


 うーん、これは何か適当なものでいいから頼まないと堂々巡りになりそうな予感。

 人魚に負担にならない範囲で何か良いものはないかなぁ?

 新鮮なお魚とか? この世界の海の魚が生食可能か分かんないから刺身は怖いけど、普通に調理した海のお魚を心行くまで食べれるのは魅力的だ。

 きっとニャットが悔しがるぞー。


「じゃあ魚が欲しいです。美味しい魚を食べたいです」


「魚? そんなものいくらでも取ってこれるぞ。なんなら夕飯に出すつもりだったんじゃが」


 と言われ、もっと良いものを要求しろとダメ出しを喰らってしまった。

手頃で良いと思ったんだけどなぁ。

もっと良いものかぁ。ダメ元で真珠とか頼んでみる?

いや私そこまで宝石とか興味ないわ。まぁ嫌いじゃないけど。

 うーん、何か良いもの、良いもの……


「あっ」


 と、そこで私はある物を思いついた。


「何か思いついたかの?」


「ええとですね、無理なら別に良いんですが……」


「構わん、言ってみなさい」


「それじゃあ……珍しい魔物の素材は手に入りますか?」


「魔物の?」


「はい。私は商人なので、貴重な魔物素材を新しい装備の素材として集めているんです。だから海で手に入る珍しい素材が手に入るならそれが欲しいなと思いまして」


 そう、私が思いついたのは海の魔物素材だった。

 人間には厄介な海の魔物も、同じ海で暮らす人魚達なら私達よりも楽に倒せると思うんだ。

 それが手に入るなら売って良し、自分で使って良しと十分過ぎる程の利益になる筈。


「成る程のう。珍しい魔物の素材を欲しいと……」


「どうでしょう?」


「ふむ、しかし珍しい魔物の素材か……この辺の海にはそんな特別珍しい魔物なんぞおらんからのう……」


「あっ勿論危険な魔物と戦う必要なんてないですよ。私達にとって海の魔物の素材ってだけで充分貴重ですから」


 さすがに危険な目に遭ってまで素材を持ってきてほしいとは思っていない。

 大怪我なんてされたら大変だからね。


「いや、一つ面白いアテがあるぞ」


 と、そこで長はニヤリと笑みを浮かべる。


「アテですか?」


「うむ、空の魔物じゃ」


「空の魔物!?」


まさかの空の魔物発言である。

海のど真ん中で空の魔物の素材なんて手に入るの!?


「うむ、アイランドスコールの落下に巻き込まれた魔物を狙うのじゃ」


 アイランドスコールの落下!? って何だっけ? 何か聞き覚えがあるんだけど……

 あっ、そうだ。ロアンさんがそんな事言ってたっけ。


「あの、そのアイランドスコールの落下ってどういう意味なんですか? ロアンさんも言ってましたけど」


「何じゃロアン、お主説明しておらんかったのか?」


「あっいや、てっきり知っているものかとばかり」


 突然話を振られて困惑するロアンさん。


「まぁ良い。ついでに教えてやろう。アイランドスコールとは文字通り島が一つ落ちて来たかのような大雨、いや水の塊じゃ。本来雲の中に溜まり過ぎた水は雨となって適度な量で降るが、アイランドスコールは雨とは言えぬほどに貯めてから水を降らすのじゃ」


 うん、それは私も見たから知ってる。

 もうアレは雨とかいうレベルじゃないよね。


「じゃが、極稀に雲の中で溜まりに溜まりきった水の塊が一気に降ってくる事がある」


「それがアイランドスコール『の』落下という事ですか?」


「うむ。巨大な水の塊が空から降ってくる現象じゃ。水とはいえ、遥か空の上から塊で降って来るのじゃから、下におるものにとっては相当な衝撃じゃろうて」


 物凄い勢いで降って来る水の塊かぁ……

 確か一言に水と言っても、それが高速でぶつかってくると結構な衝撃になるんじゃなかったっけ?

 いってみれば真上からやってくる津波みたいなもんだよね。


「……よく生きてたな私」


「我々との戦いの際に船全体に張り巡らされた防壁魔術が運よくアイランドスコールの直撃から船を守ったのだ。あとは当たった箇所が船の端だったのも良かった。防壁があっても船のど真ん中に当たっていたら良くて転覆、最悪船が真っ二つになっていた事だろう」


「ひぇっ」


 二重に運が良くて助かったって訳かぁ。


「話を戻すが、この時に落ちてくるアイランドスコールの塊に巻き込まれて落ちる魔物も居るのじゃよ。そ奴らの素材で良ければ探してみるがどうじゃ?」


「ぜひお願いします!」


「うむ、では頼むぞロアン」


「お任せください長」


 こうして人魚達を治療した謝礼の交渉が完了したのだった。

 よっしゃー! 海に続いて空の魔物素材ゲットだぜー! あとは町に帰るだけだね!

 ニャット達、早く迎えに来てくれると良いなぁ。……迎えに来てくれるよね?

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