第66話 秘密の場所で子供達と
「おーいカコー!」
人魚の郷でノンビリしていたら、トルク達郷の子供が集まって来た。
海に広まった毒液の所為で具合を悪くしていた彼等だったけれど、私の合成した解毒ポーションを飲んでからはすっかり元気になったみたいだ。
「どうしたの皆?」
「おう、遊びに行こうぜ!」
「遊びに?」
近所の子を遊びに誘うノリで私を誘ってくるトルク。
病み上がりで遊びに行っても大丈夫な訳?
「うん、カコちゃんの薬のお陰で元気になったから、外に出ても良くなったんだ」
控えめだけど嬉しそうにティナが微笑む。
成程、親御さんの許可が出たのか。
でも残念ながらそのお誘いに乗る訳にはいかないのだ。
「えっと、ゴメンね。私はオババさんから人魚のポーションを受け取らないといけないから……」
そうなのだ。実はさっきからずっと、郷の薬師のオババさんが人魚のポーションを持ってくるのを待っているのである。
それを放って遊びに行くわけにはいかないのだ。
「行ってこい」
そう言ったのはロアンさんだった。
「ロアンさん? けど遊びに行ったらオババさんを待ちぼうけさせてしまいますし」
「大丈夫だ。あの婆さんは気まぐれだからな。いつまで待ってもなかなかやって来ないなんてザラだ。俺が薬を受け取るからお前は子供達と遊んでくると良い」
おおう、遅刻魔なのかオババさん。
「でもまだ郷には苦しんでいる人達が……」
そうだ。まだこの郷には苦しんでいる人達が居るというのに、彼等を治す事の出来る私が遊び惚けている訳にはいかない。
それこそ遊ぶのは皆を治した後で良い。
「お前の薬のお陰で症状の重い者達は治った。他の者達は今すぐに薬がいるわけではないからな。どのみちオババがこないと薬を作れんのだろう? だったら休憩を兼ねて遊んで来るといい」
「だってよ」
と、ロアンさんの言葉が終わるか終わらないかのうちにトルクが私の腕を掴む。
「うわっ」
「いいからいいから」
そしてつんのめった私の体をラッツが支え……
「行こっ!」
ティアが私の肩を強引に押した。
「わわわっ!?」
「暗くなる前には戻って来るんだぞー」
「「「はーい」」」
「は、はーい、って、そろそろ手を放して!落ちる落ちる―!」
「よーし!このままカコを運ぶぞー!」
「「おおー!」」
トルクの号令と共に私の体が海に押し出されたと思うと、三人が下から私の体を受け止める。
そして凄い勢いで泳ぎ出した。
「ひぇぇぇぇぇぇーっ!」
うぎゃあああああああ!
ウォータースライダーをうつ伏せで落下してる気分んんんんんんっ!!
「いっくぜー!」
「全速力で」
「ごーごー!」
「ひあぁぁぁぁぁぁ!!」
こうして私は子供達によって村から連れ出されたのだった。
たぁーすけてぇー……
◆
「それで、どこで遊ぶつもりなの?」
トルク達に担がれながら、私は島の外周をなぞるように運ばれてゆく。
うん、ぶっちゃけ慣れた。怖いのは変わらないけど……
「へっへー、特別な場所さ」
トルクはニンマリと笑顔を浮かべて私の質問をはぐらかす。
「特別な場所?」
「うん、僕達の秘密の場所だよ」
「カコちゃんは私達の命の恩人だから、特別に秘密の場所を教えてあげるの」
「あっ、それ俺のセリフだぞ!」
「ふふふ、早い者勝ち」
「くっそー!」
どうやら勿体ぶって私を焦らせようとしていたみたいだけど、あっさりティアにバラされて悔しがるトルク。
「あんまり変な所だと困るんだけどね。私は君達みたいに自由に水の中を泳げないし」
このまま海の中が凄く綺麗なんだぜとか言われて水中にダイブされたらどうしよう。
人間である私は水の中じゃ息が出来ないってロアンさんに言われた事覚えてるのかな……
「大丈夫。これから行くのは島の奥だから」
そんな風に不安に思っていたら、ラッツが心配ないよと声をかけてくれる。
「島の奥?」
「あとは着いてからのお楽しみー」
どうやら最悪の事態だけは避けられそうだった。
◆
「到着ーっ!」
「ここが秘密の場所?」
あれから河口を遡って島の川の上流にやって来た私達は、大きく広がった場所にたどり着いた。
どうやら川の途中で小さな池の様な形状の地形が出来ているみたいだね。
「カコ、あそこを見てみろよ」
「あれ?」
私を下したトルクが指差した方向を見るが、何も居ない。
はて、何が居るんだろう?
「おーい! 出てこいよー!」
トルクが大きな声をあげた瞬間、それは水中から勢いよく姿を現した。
「キュキューッ!!」
「え!? イルカ!?」
そう、水の中から現れたのはイルカだ。
イルカは水面から現れた勢いのまま、宙に向かって大きくジャンプをする。
「おおー!」
それはまるで水族館のイルカショーのような光景だ。
けれど私はこの後に驚くべき光景を目にすることになった。
なんとそのイルカは宙に飛び上がると、そのまま池に戻ることなく宙を泳ぎ出したのだ。
「ええーっ!?」
イイイイイイイルカが空を飛んでる!?
それもジャンプなんてレベルじゃない。明らかにスイスイと飛んでいるよ!?
「雲イルカだよ」
サプライズ成功と言わんばかりの満面の笑みを浮かべたラッツがあれを雲イルカだと私に告げる。
「雲イルカ……? 雲イルカって確か……雲の中に住むあの雲イルカ!?」
「正解!」
覚えている。雲イルカと言えば、南都に来る際乗った鳥馬車の中で見た雲の中に住む生き物だ。
「え? でも何で? 雲イルカは空の上で暮らしているんでしょ? それが何で地上に居るの?」
そうだ。雲イルカは名前の通り雲の中で暮らしていた。
それが何でこんな所に? もしかして雲イルカって自由に地上と海を行き来できるの?
でも雲の中で暮らす魔物の素材はめったに手に入らないってティーアが言ってたのに……?
「この雲イルカはね、空から降りて来た子なの」
「空から?」
「うん、雲イルカだけじゃないよ、雲の中で暮らしている生き物は時々地上に降りてくるんだ。アイランドスコールに流されてね」
「アイランドスコールに?」
アイランドスコールと言えば私が船から投げ出されて海に落ちた原因だ。
あれに流されて空の上から? それ普通死なない?
「そうだぜ! アイランドスコールはスゲー勢いで降るからよ、川と間違えた雲イルカ達が地上まで降りてくるんだ」
マジか。そんな理由で気軽に降りてくるんだ……
「で、アイランドスコールが止むと、降りていた雲イルカ達は戻れなくなってそのまま地上に残されちゃうんだ」
そう言えばアイランドスコールを遡って空に上がろうとしている魚が居たなぁ。
途中でスコールが止んで海に落ちたけど。
成程、あんな感じで地上に取り残されてしまったのか。
「キュキュー!」
そんな話をしていたら、突然雲イルカが私達の間に割って入った。
そのまま雲イルカは私の体にスリスリと頬ずりをしてくる。
「わわわっ! なになに!?」
「遊んでって言ってるんだよ」
「あ、遊ぶってどうやって?」
「撫でてあげたり一緒に泳いであげると喜ぶよ」
「う、うん。分かった」
私はティアに言われた通り雲イルカを撫でてみると、雲イルカは目を細めて嬉しそうに体をくねらせる。
「キュキュウン!!」
「はわわ、可愛い」
なんという人懐っこさ! それにこんな風にイルカと戯れるなんてまるでファンシー系のファンタジー世界に来た気分だよ。
あとはこれで雲イルカとお喋り出来たら最こ……
「キュウン!!」
「口の中怖っ!!」
ただし口の中はガッツリ肉食の生き物でした。
三角の短い牙の様な歯が沢山並んでいて、ああ、そういえばイルカの食事って魚でしたねと思い出してしまう。
そんな事を考えていたら、雲イルカが私の横をすり抜けて後ろに回る。
もう撫でるのは良いのかな?
と思ったら突然私の足の間に潜りこむ。
「うわわ!?」
そして雲イルカは浮き上がると私の体を持ち上げたのだ。
「わわわっ、イルカに乗ってる!?」
更に雲イルカは宙に浮きあがると私を乗せたまま泳ぎ出したのだ。
す、凄い! まるで子供向けのアニメみたいなことしてる!
「でも怖い!!」
いやだって車と違ってシートベルトとか無いし、馬と違って手綱や鞍もないんだもん!
唯一掴まれるのは上についてるヒレだけで、でも水に濡れてるから油断すると手が滑る!!
「うひぃぃぃぃっ!!」
「おっ、競争か!? 受けて立つぜ!!」
「わーい、おっかけっこー」
「僕も負けないよ!」
「キュー!」
雲イルカは受けて立つと言わんばかりに水面に着水すると、子供達と競争を始める。
「うわぁーっ! やめれー!」
「キュキューッ!!」
「「「あはははっ!」」」
けれど子供達との競争に夢中になった雲イルカは更にスピードを上げてゆく。
その速度たるや、まるでモーターボートか水上スキーだ。
っつーか私を乗せてるのに全速力出すなぁー!!
◆
「……死ぬかと思った」
雲イルカと人魚の子供達のデッドレースに巻き込まれてぐったりとなった私は池のほとりで横になっていた。
「大げさだなぁカコは」
くっ、私は君達と違って中身は大人なのだよ……
「キュキュー!」
「雲イルカも久しぶりに皆で遊べて楽しかったってさ」
「キュー!」
雲イルカはラッツの体に擦りついて全身で喜びを表現している。
まるで家族か親友の様な懐きっぷりだ。
ああそうか……
「そっか、この子は空に戻れなくなって独りぼっちになっちゃったんだもんね。そりゃ寂しいよね」
「ん? 別にそんな事ねぇんじゃねぇの? またアイランドスコールが降ったら戻ればいいんだしよ」
「え? そんな簡単に戻れるもんなの?」
あ、あれれ? なんか予想よりもえらいあっさりとした返事が返ってきたんですけど?
「戻れるよー」
「次に戻るのは別の群れの雲になるけど、雲イルカは人懐っこいから、どの群れに合流しても仲良くなれるんだ」
「おおう、コミュ強かよ雲イルカ……」
どうやら雲イルカは私が思っていたよりもかなりメンタルが強い生き物らしかった。
彼等にとって、同族=家族という認識なのだとか。
「それじゃあそろそろ帰ろうか。あんまり遅くなると心配するしね」
「えー? もう帰るのかよ。もうちょっと遊んでいこうぜー」
ラッツの言葉にトルクが不満を漏らす。
「うーん、でも治ったばかりだから今日は早めに戻って来いってお母さん達も言ってたし、そろそろ戻った方が良いんじゃない?」
「うぐぐ、母ちゃん怒ると怖ぇからなぁ」
どうやらお母さんが怖いのはどの種族の悪ガキでも一緒らしい。
正直私も(おもにうつ伏せウォータースライダーと手綱無し超高速イルカレースで)疲れたので帰りたい。
「またねー」
「キュキュー!」
雲イルカに手を振って分かれると、私達は帰路につい……
「そんじゃバーッっと帰ろうぜ!」
「そうだね」
と、何故かトルクとラッツが私の腕を掴む。
「んん?」
「えーい!」
更にティアが私の体を川に向かって押しだす。
「ふぇ!?」
「「よっと」」
そして二人が私を下から支えると、ティアもそれに加わる。
「あの、ちょっと、まさか……」
こ、この流れは……!?
「これで帰った方が早いからな!」
「帰りはくだりだしね」
「それじゃあいっくよー!」
そして二度目のうつ伏せウォータースライダーが始まった。
「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
はい、帰りは新記録でした……
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