第44話 底なし沼の魔剣

「では始めます」


 屋敷の庭で私は一本の剣を構えていた。

 私の前には太く長い丸太が何本も地面に刺さっている。


「沈め!」


 私が剣に念じるとごそっと体の中から魔力が抜けていく感覚に襲われる。

 そして目の前の地面が泡立ち始め、雨も降っていないのにぬかるみ、沼へと変貌してゆく。

 そして次々に丸太が沼の中へと沈んでいき、遂には地面の中に飲み込まれてしまった。


「「「「「おおーっ!!」」」」」


 周囲で見ていた家族や使用人達が歓声を上げる。

 私が剣に止めろと念じると魔力が吸われる感覚が無くなり地面も元に戻る。


「ふわぁ……」


 剣に魔力を吸われ過ぎたせいで体がふらつく。


「カコお嬢様!」


「ニャ」


 傾いた私の体をティーアが支え、ニャットが下からもちあげる。


「ありがとう二人とも」


 私は大きく息を吸って体を整えると、こちらを見ていたお義父様達に向き直る。


「とまぁこんな感じです。いかがでしたか?」


 私が訪ねると、お義父様はううむと唸り声をあげる。


「これは……凄まじいな。敵を底なし沼に沈める魔法の使える魔剣とは……」


「ええ、戦闘の最中に使えばまず回避できる敵は居ませんね」


 お義父様とメイテナお義姉様は剣の性能に感嘆し、どんな場面で使うのが有効かと考え始める。


「あんなに大きな丸太が飲み込んじゃうなんて凄いわねぇ」


「戦うことなく相手を無力化出来る武器というのは素晴らしいですな」


 お義母様とマーキスの反応も上々だ。


「大きな魔剣を両手で頑張って抱えるカコお嬢様は大変愛らしゅうございました」


 なんか私の後ろからおかしな感想が来たけど気にしない事にしよう。


「どうですかお義父様? これならいけますか?」


「あ、ああ、十分過ぎるとも。マジックアイテムとして、何より剣として素晴らしい逸品だからね。本当に……」


 よっし! お義父様の合格出ました!

 今回私が使ったのは、森で合成した風震剣だ。

 ただしその性能はあの時とは大違いである。


『最高品質の深淵泥の剣:素材、製法が最高品質のミスリルの剣。マッドベアー変異種の魔石と最高品質のシトリンが内蔵されていてる。風と土の魔法が封じられており刀身を地面に突き刺すと地面が底なし沼になる。魔法使いでなくても魔力さえあれば使える。ただし術式、込められた魔法が最低品質の為魔力消費が激しい』


 そう、この魔剣はマッドベアー変異種の魔石を合成した事で、込められた魔法効果が変化したのである。

 もともとは地面を震わせる効果だったのが、泥の力を持つマッドベアーの変異種の魔石の影響で地面が液状化して泥に変化するようになったのだ。

 そこに最高品質のシトリンを合成する事で土属性の魔法の威力が増幅され、底なし沼を生み出す恐るべき魔剣になったのである。


 いやー、まさか変異種の魔石がこんな効果を齎すとは思っても居なかったよ。

 変異種の魔石にはまだまだ私の知らない未知の可能性があるのかもしれない。

 まぁ物が物だけに気軽に補充は出来ないけど。


 なお底なし沼は深いだけで実際には底があるので、多分この魔剣もちゃんとそこがあると思う。

 まぁファンタジー世界だから本当に底なしかもしれないけどさすがに実験するのも怖いのでそこは気にしないでおく。

 鑑定先生が底なし沼って言ってるし底なし沼なんだろう。


 なかなか凄まじい物が出来たと自画自賛した私だったけど、そこで終わらせはしなかった。

 お店に行ってまだ魔法を封じていない素のミスリル剣を数本購入しこの剣に合成する事で剣としての品質を最高品質にしたのである!


 いやまぁ、底なし沼を作る剣ってちょっと地味かなーと思ったんで、剣としての質も上げてみた訳である。

 これは大成功でお義父様とメイテナお義姉様に大好評だった。


「あとはこれの情報をどうやって広めるかだね」


 魔剣の事を考えていたら、お義父様がどうやってこれをオグラーン伯爵の耳に入れたものかと考えていたので、私はあらかじめ考えていた作戦を提案する。


「あの、それなんですけど。この魔剣をオークションに出すというのはどうですか?」


「「オークションに!?」」


 私が魔剣をオークションに出品してはどうかと提案すると、それを聞いていたお義父様とお義姉様が驚きの声を上げた。


「はい、この魔剣をクシャク侯爵家名義で出品して名を広めます」


「ま、待ちたまえカコ。これ程の魔剣を相手に名を知らせる為だけに売るというのかい!?」


「そ、そうだぞカコ! こ、この剣は家宝にしてもいいくらい素晴らしい剣なんだぞ! ああいや、額縁に飾る前に一度くらい使わせてほしいのだが……」


 おお、お義父様とメイテナお義姉様が見た事ないくらい動揺している。

 騎士にとってそんなに魅力的に見えるのかな? 正直戦った事もなかった一般庶民の私にはそこら辺よく分からん。

 とはいえ、売り物を額縁に飾るなんて馬鹿な真似をするつもりはない。


「お義父様お忘れですか? 私は商人ですよ。仕入れた商品を高値で売るのがお仕事です。ならオークションは最高の舞台じゃないですか」


「だ、だがそれを手放してしまったらオグラーン伯爵のを誘う餌が無くなってしまう。それでは本末転倒だろう?」


「そうだぞカコ! これは売らずに屋敷に残すべきだ!」


 なんか二人とも面白いくらい剣に執着してる。

 ふっ、これ程までに人を狂わせる魔剣を作ってしまったか。いや合成スキルホント凄いな。

 とはいえ、このままだと話が進まない。


「いいえ、お義父様。その心配はありません」


 そう言って私は魔法の袋から一本の武器を取り出す。


「この魔剣に勝るとも劣らないマジックアイテムがもう一本あります。その魔剣と共にこのマジックアイテムの噂を流せば良いのです」


「「これ程の魔剣が2本……!?」」


 袋から取り出した新たな魔剣にお義父様とお義姉様の目がギラリと輝く。

 二人は私から受け取った新しい魔剣をいろんな角度から眺めては唸り声をあげる。

 そしてようやく満足してのかこちらに振り返った。


「……全く。こんなものをいったいどこから仕入れてくるのやら。分かったよ。でも本当にクシャク侯爵の名前で良いのかい? 君の名前で出品した方が商人として名を売れると思うが?」


「いえ、それは次の機会にしておきます。養女の私の名で出品すると元平民の子と侮られてマジックアイテムの性能が正しく伝わらない可能性があります」


「ああ、だからクシャク侯爵家の箔を使うんだね」


 お義父様が納得がいったと頷く。


「利用するようで申し訳ないですが……」


「なぁに、親として後ろ盾として当然の事さ。それにキマリク盗賊団は領内で少なくない被害を出している。捕えることが出来るのなら喜んで協力させてもらうよ」


 寧ろ願ったりかなったりさとお義父様はウインクをしながら許可をしてくれた。


「ありがとうございますお義父様」


 よーし! これで準備が整った! 待ってろよオグラーン伯爵、キマリク盗賊団!

 私の誘拐の片棒を担いだことを後悔させてやる!


「「ところで、この魔剣を私も試して良いかな?」」


 と思ったら、二人が魔剣を抱えながらそんな事を言ってきた。


「え? あ、はい。どうぞ」


「「よーっし!」」


 二人は嬉しそうに2本の魔剣を構えると庭に向かって魔剣を発動し始める。


「あらあら、二人ともいつまでたっても子供みたいなんだから」


 いやお義母様、そういう問題ではないのでは?

 ともあれ、これでやるべき事はやり尽くした。あとはパーティの日を待つばかり……と思ったその時だった。


「じゃあパーティの為の準備を始めましょうか」


 パン、とお義母様が手を叩きながらそう言った。


「え?」


 いや準備なら今……


「ドレスの仮縫い、礼儀作法、貴族家の情報、そしてダンスの練習、やるべき事は山ほどあります」


「え? え?」


 ドレス? 作法? 何ソレ?


「貴族の娘としてパーティに出るのなら、それ相応の準備は必要だものね」


「い、いえ私はダンスとかしないですし。今回は相手から情報を得る為に行くから……」


「何言ってるの。パーティに行くならダンスは必須。絶対踊る事になるのよ。それに礼儀作法がなっていないと相手に対等な存在と認めてもらえないから、交渉の席にすら立てないわよ」


「そ、そうなんですか!?」


 マジ? 貴族社会面倒過ぎない!?


「そういうこと! さぁカコちゃんの社交界デビューに向けて頑張るわよー!」


 私の両腕をメイド達がガシッと掴む。


「あ、あの、ちょっと?」


 何!? マジでダンスの練習するの?

 私学校の授業の創作ダンスとマイムマイムしかやった事ないんですけどー!?


「はははっ、頑張れカコ。何事も練習だ」


 ちょーっ! 他人事みたいに言わないでくださいよメイテナお義姉様ぁー!


「何を言っているのメイテナ。貴女も参加するのよ?」


「へ?」


 しかしお母様の言葉にメイテナお義姉様の体が固まる。

 そしてその隙を逃すまいとメイド達が流れるようにメイテナお義姉様の身柄を確保する。


「貴女は騎士の訓練とか言ってダンスも淑女の礼儀作法もさぼりっていたじゃない。でも騎士を引退したなら話は別よ。これを機に淑女教育をやり直しましょうか」


「ひっ!!」


 ギラリと輝くお義母様の目にメイテナお義姉様が悲鳴を上げる。


 ふはははっ! 死なばもろともーっ!

 一緒に地獄に堕ちましょーぞーっ!!


「では行きましょうか」


「「ひぃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」


「……頑張るんだよー」


 連行される私達の後ろから、お父様の小さな小さな呟きが聞こえた気がしたのだった。

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