第30話 屑鉄合成

「さーて、宿についたし、お待ちかねの実験タイムだよー!」


 部屋を借りた私はさっそく鉄鉱石の合成を試すべく部屋に向かおうとした。


「待つニャ、その前にする事があるのニャ」


 けれどその前にニャットが立ちはだかる。


「え? 何かあったっけ?」


 お金はもう支払ったよ?


「飯を作るニャ!」


「はい?」


 え? ご飯?


「そうにゃ! おニャーの飯を食べるのニャ! それが護衛の条件だニャ!」


 いやまぁ確かにそんな契約だけどさ。


「それって旅の間じゃなかったっけ?」


「上手い物が食えそうにない村でもだニャ!」


「えっと実験が終わってからじゃダメ?」


「ダメニャ! ニャーはおニャかが空いたニャ! 早く飯を作るのニャ!」


 正直合成実験をする気満々だったんだけどなぁ。

 でもニャットも梃子でも動かない勢いだし、ここは素直にご飯を作るか。


「分かったよ。それじゃあ厨房を借りて何か作ろうか」


「ニャッフー!」


 女将さんに厨房を使わせてほしいと頼むと、銅貨5枚で使用許可を貰えた。

 

「さーて、何を作ろうかな」


 私は魔法の袋に入っていた食材をチェックする。


「まだお肉が残ってるからメインはそれを使うとして、それだけだと栄養が足りないよね。農家の人にお野菜を分けて貰おうかな」


「野菜なんていらないニャ。肉だけで良いニャ!」


「だーめ、流石に肉だけじゃ栄養が偏るって」


 渋るニャットを黙らせると、私は一旦宿を出て畑を探す。

 そこで農作業をしていた老夫婦に野菜を売って欲しいと頼むと、気前よく受け入れてくれた。


「この村は皆鍛冶の事しか興味のない子ばかりだから、私達の作ってる作物を欲しがってくれるのは嬉しいわぁ」


 どうやら食堂の人以外から自分達の作物を求められたことが嬉しかったみたいなんだけど、老夫婦は明らかに支払った金額以上の量の野菜を差し出してきた。


「い、いえ、こんなにいらないんですけど……」


「いいのよ。たくさん食べて大きくなりなさい」


「いや私子供じゃないんで」


「あらそうなの? でもそれなら尚更たくさん食べないと大きくなれないわよ?」


 あかん、完全に子ども扱い、いや孫扱いされてる。


「そうじゃ、干しておいた野菜もあったな。アレも美味いんじゃ、持っていきなさい」


 やばい、荷物が増える!


「い、いえこれで十分です! お邪魔しました!」


 私は受け取った野菜を魔法の袋に突っ込むと、慌ててその場を後にしたのだった。


「あらまぁ、遠慮しぃな子ねぇ」


「また買いに来るとええぞー」


 し、暫くあの畑には近づかないようにしよう……良い人達だったんだけどね。


 ◆


 宿に戻ってきた私は厨房に行かずまずは部屋に戻り、綺麗な布の上に買ってきた野菜を並べる。


 買ったのは枝豆っぽい豆と人参っぽい根野菜と葉野菜、それに玉ねぎっぽい野菜だ。

 というかこの枝豆、私の知ってる枝豆の三倍くらいの大きさがあって驚いた。

 そういう品種なのかな?


「じゃあ合成するよ!」


 結構な量を貰ったから、一端部屋に戻ると同じ食材同士を合成して品質を上げて美味しくしよう作戦だ。

 そのついでに鑑定の検証もしたかったんだけど、ニャットのお腹がそろそろ我慢の限界みたいだったので野菜の鑑定は次の機会にすることになった。


「じゃあ作ろうか」


「は、はやく作るニャー」


 ニャットは食堂の椅子に座ると、ダラーンとテーブルに突っ伏す。


 さて、食材については先ほどの農家の老夫婦からどんな味がする食べ物なのかを聞いておいたので、おおよその調理法は推測できた。

 まぁ失敗しても最高品質の野菜だからそこまで酷い事にはならないと思う。

 私は水の入った鍋を竈にセットすると、女将さんに頼んで火をつけてもらう。

 そしてお湯が沸くまでの待ち時間を利用して下ごしらえを始める。


「まずは葉野菜を水に漬けて、塩をちょっとかけてアク抜きっと。根野菜は皮を剥いたら一口サイズにカット」


 こっちの世界にはコンロなんてないから火の調整が面倒なんだよね。

 だから小さくカットする事で火を通りやすくする。


「玉ねぎっぽいのは……あっ、切っても目が沁みない」


 おお、見た目は玉ねぎなのに目が沁みないのは嬉しいね!


「次に枝豆を剥いてっと、うわっやっぱ中身も大きい!」


 中の豆も外のサヤと同じで私の知っている枝豆の三倍の大きさだ。

 これはお腹が膨れるなぁ。


 サヤを剥いた枝豆も鍋の中にドボン。


 お肉はトラントの町で買ってきた香草(合成済み)と塩を揉み込んでおく。

 そうこうしている間にお湯が沸いてきたので、根野菜と玉ねぎっぽいのを投入して塩を振りかける。

 そしてトラントの町で買ったハーブやクローブに似た味の香草(こちらも合成済み)で風味を整える。


 あとは塩を入れて火が通るのを待つばかり。

 沸騰してきたら火バサミで薪を少し抜いて、炭を入れる壺に入れる事で火を少し弱くする。


 そして根野菜が菜箸で刺さるくらいに柔らかくなったらお肉と葉野菜を投入。

 葉野菜とお肉からアクが出るので丁寧にアク取りを行っていく。

 そうしてお肉に熱が通った頃を見計らってカサの減った煮汁の味見を行う。


「うわっ、ただ玉ねぎを煮ただけなのにコンソメっぽい味が凄く強い! そして美味い!!」


 おおっ、これが最高品質の玉ねぎっぽい奴の味!!

 香りも合成で品質を上げた香草に負けていないよ!


「よーし出来た!」


 名付けてなんちゃってポトフ異世界風!!


「出来たのニャ!!」


 ニャットがもう待ちきれないとテーブルを叩くんだけど、肉球が衝撃を吸収するからあんまり音はしなかった。


「はいどうぞ!」


 私はなんちゃってポトフを深皿によそうとニャットに差し出す。


「頂くニャー!」


 なんちゃってポトフを受け取ったニャットは真っ先にお肉にかぶりついた。


「~~~っ!! 美味いニャァ―!!」


 ニャットは尻尾をピーンと立てて喉からゴロゴロと嬉しそうな声を上げる。

 ふっふっふ、お気に召したようだねニャット君。


「これは美味いニャ! カコと旅をしてから食べた料理のニャかで一番美味いニャア!!」


「えへへ、それ程でも」


 ふふん、そこまで喜ばれると悪い気はしないね。

 使った調理器具を洗い終えると、私もご飯を食べることにする。


「いっただっきまーす!」


 なんちゃってポトフを口に運ぶ。さて、異世界野菜のお味はどうかな?


「ん~! 美味しい!」


 うん、これは美味しいよ!

 人参っぽい野菜はしっかり熱が通っているから程よい柔らかさで、枝豆っぽいのも芋の代わりに丁度いい。

 葉野菜もしんなりしていてスープの味が染みていてとっても美味しい。


 なにより味の染み込んだお肉の美味しさは暴力的だよ!

 ちゃんとスジ切りをしたから噛み切りやすくなってるしね!

 合成で品質を上げたのは大正解だったよ!


「はー、美味しい」


「おかわりニャ!」


 気が付けばニャットのお皿はもう空っぽだ。


「はいはい」


 私はニャットのお皿におかわりをよそう。

 

「うーん、美味いニャア! 物凄く美味いニャア!」


 へへへ、そこまで喜ばれると照れちゃうぜ。


「……じゅるり」


「ん?」


 ふと視線を感じて顔を上げれば、何故か周囲の人達が涎を垂らしながらこちらを見ていた。


「何だアレ? あんな料理この宿で食えたのか?」


 どうやら他の宿泊客やご飯を食べに来た村の人達みたいだけど……


「おーい女将! 俺もアレと同じものをくれ!」


「俺も!」


「俺も!」


 一人が頼むと、他の人達も次々に頼みだす。

 いやこれは頼んでも出てこないんだけど。


「悪いけどそりゃ無理だよ」


「なんでだよ!?」


 女将さんに断られたお客さん達が殺気ばしる。


「その料理はそっちのお嬢ちゃんが自分で作った物なんだ。アタシは作り方を知らないんだよ」


「「「「何だって!?」」」」


 お客さん達の視線が一斉に私に向く。

 あっ、これヤバい。


「き、君! この料理を作っ……」


「ご馳走様でした! 私は疲れたので部屋に戻らせて貰いますね!」


 作ってくれと頼まれる前に私達は自分の部屋へと逃げるのだった。


 ◆


「ふー、大変な目に遭ったよ」


 危うく他の人の分まで料理を作る羽目になるところだったよー。


「うーん、満足だニャア」


 お腹いっぱいになったニャットは、ベッドの上に転がってヘソ天のポーズでだらける。

 うーん、野生はどこに行った。それともネッコ族って皆あんな感じなのかな?


「まぁいいや。それじゃあ今度こそ合成タイムだよ!」


 気を取りなおした私は、魔法の袋から屑鉄の箱を取り出す。


「確か上にあるのはちゃんとした鉄なんだよね。ならまずは下の方にあるのからいこうか。合成!」


 両手に持った鉄鉱石が光を帯びるとひとつの鉄鉱石が残る。


「うーん、やっぱり見た目じゃわかんないね。鑑定!」


『低品質の鉄鉱石:精製しても質の悪い鉄しか取れない鉄鉱石』


 おおう、シェイラさんは本当に質の悪い鉄鉱石をつかまされたんだなぁ。


「それじゃあ次は上の鉄鉱石と下の鉄鉱石をそれぞれ鑑定!」


『鉄鉱石:中に鉄が含まれていて精製すると鉄が抽出できる』


『最低品質鉄鉱石:精製しても最低品質の鉄しかとれない鉄鋼石』


 知ってはいたけど実際に鑑定で確認すると酷さが分かる。

 こんな物を売りつけるなんて完全に詐欺師のやり口だよ!

 いくら付き合いの長い兄弟子に頼まれたからって、こんな詐欺まがいの事をするなんて商人失格だよ!


「これは、目にもの見せてやらないとね!」


 同じ商人としてちょっと許せない事もあって、私は何とかシェイラさんを騙した商人にギャフンと言わせたくなった。


「その為にも合成実験を続けるよ! さぁ全部の鉄鉱石を一括合成!!」


 私は箱の中の屑鉄を纏めて合成する。

 ふふふ、箱一杯の屑鉄を一気に合成できるんだから一括合成は便利だよね!


「そして鑑定!!」


 合成が終わった鉄鉱石をさっそく鑑定する。


『最高品質の鉄鉱石:精製すると最高品質の鉄が抽出できる』


 よっしゃー! 最高品質になった!

 更に一括合成をおこなった事で新しい事実が判明した。


 どうもこの一括合成は、品質が最高品質になると合成が自動的に止まるみたい。

 そして残った素材は最高品質以下の他の素材同士で合成を再開する仕組みになっているようだ。

 一括合成をしたにも関わらず全ての鉄鉱石が合成されず、箱の中には数個の鉄鉱石が転がって居た事からその事が判明したのだ。

 そしてそれらの鉄鉱石を鑑定すると、全ての鉄鉱石が最高品質だった。


「でも最高品質にしたのは良いけど、ちょっと量が足りないかな。短剣の合成が終わったらまた買い足しに行こうかな」


 次は大量購入した見習い製の短剣を魔法の袋から出して並べる。

 そして形の違いがはっきり分かる短剣を二本手に取る。


「さて、それじゃあ短剣の合成を始めるよ。まずはこの短剣にこっちの短剣を合成! そして鑑定だ!」


 ピカッと光って残った短剣に私は鑑定を行う。


『普通の品質の短剣:刀身の短い剣。軽くて取り回しがしやすい。解体などにも使える』


 合成して普通と言う事は元の品質は低品質かな。


「じゃあ次はこの短剣を鑑定だ!」


 私は購入した短剣を端から鑑定していく。


『最低品質の短剣:弟子入りしたばかりの見習いが作った短剣。すぐ刃がかけすぐ折れる。絶対に実戦で使ってはいけない』


 うわぁ、これは酷い。

 私はこの酷い短剣のマークを確認しておく。 

 このマークの短剣は完全に合成用素材だね。


「次はこっちの短剣を鑑定」


『やや高品質な短剣:高弟が作った短剣。普通の短剣より多少切れ味が良い』


 おお、これは当たりだね!

 こちらのマークもチェックしておく。


「次はこれを鑑定っと!」


 次に鑑定したのはお店で唯一私が気になった短剣だ。何故気になったのかが鑑定で分かるかもしれないとちょっと期待したりして。


『高品質な短剣:通常の短剣よりも切れ味も耐久度も良い』


「おおっ! 超当たりだよ!」


 これは文字どおりの掘り出し物だね!

 私が気になったのも他の短剣と比べて明らかに出来が良かったからなのかな?

 マークをチェックチェックと。


「さて残りを全部鑑定していくよ!」


 予想外の掘り出し物に気分を良くした私は残りの短剣も鑑定してゆく。


 全ての短剣を鑑定した結果分かった事は三つ。

 一回鑑定すれば、形が違っても同じ短剣なら鑑定は効果を発揮するという事。

 そして作り手が違う短剣でも鑑定が可能と言う事。

 正直この情報はありがたい。

 一度合成しておけばその後はずっと鑑定が有効なのだから。


「これは他の武器も買い漁って合成した方が良いね」


 荷物になるけど魔法の袋に入れておけば重さは感じないし、合成した武器は品質を上げて他の町で売ればいいからね。


 そして最後に分かった事。

 これは鑑定と言うより合成についてなんだけど。

 形状の違う短剣同士を合成したところ、素材の性質は先に指定した素材が優先されるみたいなのだ。

 最初に合成した短剣は幅広の短剣に細身の短剣だったんだけど、合成後の姿は最初に選んだ幅広の短剣の形状だったのだ。

 そしてそれは他の短剣でも同様だった。


 おそらくは薬草の合成でも同じだったんじゃないかな?

 いままでも漠然とそうなんじゃないかなと思っていたんだけど、今回の合成実験で確信となった感じかな。


「でもこれで安心して強い武器に合成が出来るね」


 メイテナさんから貰った短剣の形が変わったら大変だもんね。


 ただこれは同じ種類の武器だけで確認した事なので、薬草の時みたいに別種の武器同士を合成させると違う種類の武器になるかもしれないという懸念はある。


「さて実験も終わった事だし、残った短剣は全部合成しちゃおう! この短剣に一括合成!」


 私は高品質の短剣に他の短剣を一括合成して最高品質の短剣へと強化する。

 そのついでに高品質の短剣が一本出来たから、こっちは売り物にしちゃおうかな。


「よし、他の武器も確認する為にもまた買い物にいくぞー! ニャット! また買い物に行くから付き合って!」


 合成した鉄鉱石と短剣を魔法の袋にしまうと、私はニャットに出かけようと伝えるんだけど……


「……」


 何故か二ャットは私の言葉に反応しなかった。


「ニャット?」


 おかしいなぁ。お昼ご飯には満足したみたいだから機嫌が悪いわけじゃないと思うんだけど……

 私はベッドの上でヘソ天しているニャットに近づき、彼に再び話しかけようとしたその時だった。


「スピニャ~」


「って寝てるし!!」


 なんという事でしょう。ニャット君はお腹いっぱいになってお昼寝をしていたのです!


「ニャット起きてー! 買い出しに行きたいんだよー!」


 私は何とかニャットを起こそうと色々と試したんだけど、彼はさっぱり起きる気配を見せなかった。

 うむむ、流石にキーマ商店の件があったばかりだから一人で出歩くのは怖いし……

 私はどうすればいいかと頭を悩ませた結果……


「あーもーしょうがない! とうっ!」


 彼が起きない以上どうしようもないと諦めた私は、ニャットのお腹にダイブした。

 そしてニャットのプニプニのお腹を枕にして横になる。

 こうなったらニャットが起きるまで私も昼寝するしかねぇ!


「おおう、このモフモフはなかなか……」


 予想外のモフフワっぷりに心が蕩けるぅ……

 うああ、巨大猫のお腹たまんなぃ……


「はぁ、ふわふわぁ……」


 魅惑のモフモフに包まれていると、次第に眠気が押し寄せてくる。


「こ、これは人をダメにするモフフワだぁ……すぅ」


 こうして、私は人をダメにする猫腹に敗北したのだった……すぅ。

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