第29話 試験と屑鉄

「卑怯だぞ!」


 路地で言い争っていたのは、木箱を持った男の子と数人の男達だった。

 

「はっ、気付かない方が悪いんだろ」


 男の人達は男の子を見下すように笑っている。

 うーん、会話の内容から言って男達が悪い奴なのかな? 卑怯って言われてるし。


「お前も職人の端くれなら素材の質は自分の目で確認するのが筋ってもんだろ。それを怠った時点でお前の落ち度なんだよ」


「ふざけんな! 今まで仕入れした時はこんな事一度もなかったぞ! こんな店の評判を落とすような馬鹿な真似は普通しないだろ! おおかたアンタ等が店に手を回してわざと粗悪な品を掴ませたんだろう!」


「ははっ、そりゃつまらねぇ言い掛かりだ。だいたい今の時期はどいつもこいつも良い鉄を探してるんだぜ。俺達じゃなくて別の奴が犯人なんじゃねぇのか?」


「くっ」


 証拠がないから言い返せないのか、男の子が悔しそうに唇を噛む。

 でもそうか、さっき武器屋の店員さんと話をした時にも言っていたけど、職人が鉄を沢山集めてるってのは本当みたいだね。


「良い鉄は良い職人に優先的に回される。屑鉄を回されたのはお前の実力その程度って店に思われてるって事さ。修行が足りないんだよ、お前は」


 腕の良い職人に良い品が回されるかぁ。

 そう言われると反論は難しいよね。


「はんっ! 私よりも出来の悪いモノしか作れない癖によく言うよ! 兄弟子の癖に鍛冶の腕よりつまらない小細工ばっかり上手くなってさ!」


「何だとお前!」


 男の子の挑発に男の人達が激昂する。


「女の癖にちょっと師匠に褒められたからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 ……って、ええ!? あの子女の子だったの!?

 男の子の格好してるから男だと思ってたよ! 

 ってそうじゃない!


「あれヤバいんじゃない!?」


 男達は成人はしてないみたいだけど明らかに女の子よりも年上だ。

 喧嘩になったら勝てる訳がない。

 慌てて止めに入ろうとした私だったけど、それをニャットが止める。


「止めておくニャ。厄介事に首を突っ込んでも損をするだけだニャ」


「そ、それはそうだけど!!」


 ニャットの言いたい事は分かるけど、このままじゃあの子が大変な事になっちゃうよ!

 年上の男と喧嘩なんてしたら大怪我しちゃう!


「ええと、ええと……そうだ!」


 私は一旦女の子達の姿が見えない位置まで下がると、大きく声を上げた。

 

「誰かー! こっちの路地裏で女の子が襲われてますー!」


「「なっ!?」」


 路地裏の方から男の人達の驚く声が聞こえる。


「衛兵さんを呼んでー! 早く来てー!」


 そう、私が関わるのが不味いなら大人を呼べばいいのだ。

 すぐに何だ何だと通行人がざわめき始める。


「お、おい、不味いぞ」


 人を呼ばれた事に動揺したのか男達の不安げな声が聞こえてくる。


「ちっ! 行くぞ!」


「お、おう!」


 そして慌てた様子で走り去っていった。


「ふぅ、これで良しっと。顔も見られてないから大丈夫だよね」


「まぁ、これニャらいいんじゃニャいか?」


 よし、ニャット先生のお咎めも無しっと。


「じゃあいこっか」


「お、おい! 待てよ!」


 さぁ去ろうと思ったら、後ろから待ったがかかった。


「はい?」


 振り返ればさっきの男の子ならぬ女の子だ。

 おお、正面から見るとちゃんと女の子って分かるね。

 ただ化粧っ気がないのと髪の毛がボサボサなのが気になる。

 うむむ、せめて髪の毛の手入れくらいはしてあげたい……


「今人を呼んだのアンタ等だろ?」


「えっと、何の事ですか?」


 ニャットからも首を突っ込むなって言われたからね。

 ここは知らないフリをしてさることにする。


「とぼけんなよ。さっきの声とアンタの声、同じじゃないか」


「誰か他の人と間違えたのでは?」


「とぼけんなよ。この町に子供なんて殆ど居ないんだぜ」


 あ”あ”っ!? 誰が子供かっ!


「子供じゃありません」


「嘘つくなよ」


「子供じゃありません」


「いや別に怒ってる訳じゃなくてな」


「子供じゃありません」


 立派なレディである私を子ども扱いするようなヤツと話をするつもりは無いよ!


「……子供じゃない」


 よし勝った!!


「はい。何でしょう?」


「……あ~~。えっとだな」


 女の子は何故か疲れたような様子でため息を吐く。


「助かったよ、ありがとな」


「いえいえ、どういたしまして」


 そうそう、素直にお礼を言うだけでいいんだよ。

 子ども扱いなんて不必要なのです。


「……助けた事を認めた事に気付いてニャいのかこの馬鹿娘」


 ……あっ、しまった。

 いかーん、関わらない為にシラを切ろうと思ってたのにーっ!

 くっそー、やってしまった。

 けど返事をしてしまった以上は仕方がない。

 どうせバレたのなら詳しい話を聞いてみよう。凄く気になるし。


「私は間山香呼って言います。こっちは護衛のニャット」


「よろしくだニャ」


「私はシェイラだ」


 自己紹介を終えた私は早速事情を聞くことにした。


「それで、何で男の人達相手に言い争いなんてしてたんですか?」


 正直、アレは危なかったと思うよ?

 知り合いだったみたいだけど仲が悪いみたいだし。


「いや喧嘩っていうかアレはさ……」


 女の子はバツが悪そうに視線を逸らすとボリボリと頭をかく。


「どうみても喧嘩してるようにしか見えませんでしたよ。卑怯者ーっ!! って」


「うぐっ、あー……その、だな……私はあいつ等の卑怯なやり口が気に食わなかったんだよ」


「卑怯なやり口? さっき話していた屑鉄がどうとかですか?」


 私は女の子が持っている箱に視線を向ける。

 箱の中には何か黒っぽい石が沢山入っていて多分これがさっきの話に出て来た屑鉄なのかな?


「聞いてたのかよ。ああそうだよ。あいつ等にハメられて鉄の仕入れに失敗したんだ」


「失敗?」


 その石、いや鉄の仕入れってことはアレは鉄鉱石? 私が買えなかったヤツ?


「ああ。あいつ等店の人間に手を回して私が頼んだ鉄を屑鉄にするように仕向けたんだ。見ろよ、上にある鉱石はちゃんとした鉄だけど、下に入ってるのは全部粗悪な鉄だ」


 女の子は箱の上の方にある鉱石をずらしてその下の鉱石を私に見せる。

 うーん正直まったく分からん。


 でも酷いね、表面だけちゃんとした商品を渡して騙すなんて。


「この村の職人見習いは作ったモンを店に預けて売るんだ」


「あっ、それはさっきお店で聞きました」


 作った品には自分と分かるマークをつけるんだよね。


「何だ知ってたのか。それなら話は速い。さっきの連中は私の兄弟子だからさ、私よりも早く作った品を店に卸してるんだ。でも私はつい最近店に作ったモンを預けるようになったから店の信用がたりないんだ。だから貰える鉄の質も低いんだ」


「へぇー、そういうものなんですね」


 良い品は一人前の職人に、見習いは質の低い鉄で十分って訳だね。


「けど今までこんなひどい鉄を寄こされたのは初めてだ! それもこんな姑息なやり方でさ! 魔物討伐で鉄が足りない時でさえここまで酷い鉄が出された事はなかったよ!」


 だからあいつ等が手を回したに決まってると女の子は拳を握りしめる。


「でも証拠はないんですよね?」


 証拠がない以上思い込みって可能性も否定できないんだよね。


「証拠はない。けど鉱石を受け取った時の店員の顔はさ、今思うと私から目を逸らしてたんだよ。で、持ち帰ってみたら箱の中身はこのありさまでさ、文句を言いに行ったらこれしかないの一点張り。胸糞悪い気分で帰ってたら兄弟子達が何もかも知ってる様子で私をからかってきたからこりゃコイツ等が犯人だってすぐわかったのさ。前々から私が女だてらに職人を目指しているのが目障りだからってつまらない嫌がらせをされてたしね」


 あー、普段の行いからして悪いのか。

 それは確かに犯人くさいなぁ。


「まぁどうせ私の方が腕が上なのが目障りだったんだろうけどさ」


 成程、動機は嫉妬かぁ。器の小さい男達だねぇ。


「ところで、何で鉄が要るんですか?」


「は? そりゃ作品を作る為だよ」


 いやそりゃ物を作る為に要るのは分かるって。


「そうじゃなくて、何でこの時期に鉄が沢山いるのかって話です」


「ああ、そういう」


 私の質問の意図を理解した女の子はそりゃそうだと頷きながら事情を説明してくれた。


「この村じゃさ、年に一度師匠が自分の弟子の成長を確かめる為に試験をするのさ」


「試験?」


「そうさ、方法は師匠が指定した物を5つ作る事」


「5つも?」


 ふつうこういうのって最高の出来の品を一品だけとかじゃない?


「私達は職人だからな。安定して同じものを量産できないと意味がないのさ」


 成程、確かに出来にムラがあったら売り物としては難しいもんね。


「屑鉄は使えないんですか? 確か鉄って精製を繰り返せば質の良い鉄だけが残るって聞いた事あるんですけど」


「ああ、スラグを除いて純度の高い鉄だけを取り出す手法だな」


「スラグ?」


「鉄を生成する際に出る不純物さ。だがそれをやってもコレじゃほんの僅かな鉄しか手に入らないんだよ」


 成程、シェイラさんの言う鉱石の質ってのは純粋な質だけじゃなくて取り出せる鉄の量も込みの問題なのか。


「それでどうするつもりなんですか?」


「どうにもならないね。今から他の店に頼むにしても私には伝手が無いからさ」


 シェイラさんは肩を落として大きくため息を吐く。


「今年の試験は諦めて、来年の試験に向けて少しずつ鉄を集めるしかないね」


 そっか、肝心の鉄が手に入らない以上はどうしようもないし、来年も同じことをされないように予め鉄を集めておこうって事かぁ。

 なんだかやりきれないなぁ。

 なのに何でシェイラさんはこんなに落ち着いているんだろう?


「あの、何で怒らないんですか?」


「何が?」


「だって、年に一度の試験を卑怯な方法で邪魔されたのに全然怒ってないです」


 そう、さっき言い争っている時は激しく怒っていたのに、今は全然怒っているようには見えないのが不思議で仕方がなかった。


「いや怒ってるさ。今だってハラワタが煮えくり返りそうにムカついてるよ。でもさ、怒った所であいつ等がやったって言う証拠はないし、店の連中も付き合いが長くて実績のあるあいつ等を優先するだろうから屑鉄をわざと寄こした事を認めないろうしね。だから今は怒りを飲み込んで、今年は鉄をコツコツ集めて来年の試験でギャフンと言わせてやるのさ!」


 その方がスカッとするだろとシェイラさんはニカッと笑う。

 おお、めっちゃ男前だこの人!


 ふむふむ、そうなるとちょっと気になる事が出来た。


「それじゃあその屑鉄はどうするんですか?」


 そう、私が気になったのは屑鉄の処遇だ。


「あー、どうせ使い物にならないし、質の悪い鉄にして細工の練習にでも使おうかねぇ」


 成程、練習用か。それなら交渉出来そうだね。


「ならその屑鉄、私に売ってくれませんか?」


「はぁ!? 屑鉄だぞ!? こんなもん買っても何の意味もないぞ!?」


 突然の申し出にシェイラさんは目を丸くして驚く。


「いいんです、私はその屑鉄が欲しいんです」


「……何考えてんだ?」


 シェイラさんはこちらの意図を理解できず困惑している。

 けれど私が言葉を翻さないでいる事に気が付くと、ふぅと小さくため息を吐く。


「この量なら銅貨二枚って所だな」


「え? こんなに沢山あるのに?」


 正直めっちゃ安くない?


「取れる鉄の量はたかが知れてるし、使う薪やらなんやらの代金も考えるとこれじゃ赤字になるんだよ」


 ああ、炉を熱するための薪の代金もかかるもんね。

 でも、その値段だとシェイラさんは損してない?


「あの、シェイラさんがこれを買った時の値段はいくらだったんですか?」


「……銀貨5枚だよ。まったくボったくられたモンだ」


 銀貨5枚で銅貨2枚の品を掴まされたのかぁ。そりゃあ怒るよね。


「じゃあ銀貨5枚で買いますね」


「は?」


 銀貨5枚で買うと告げると、シェイラさんがポカンと口を開ける。


「はぁ!? 何言ってんだ!? コイツにそんな価値ねーよ! 屑鉄なんだぞ!?」


「ううん、ありますよ」


「どこにだよ!?」


「貴女という兄弟子が嫉妬する程の腕前を持った職人と知り合いになる価値」


 私は自信を持ってこの屑鉄に込められた価値を告げる。


「なっ!?」


 瞬間、シェイラさんの顔が真っ赤に染まる。


「~~っ、な、ななな、何言ってんだ!」


 おー、照れてる照れてる。

 ふふふ、愛いヤツめ。


「未来の一流職人と知り合いになれるのなら銀貨五枚なんて安いでしょ」


「お、お前、マジで言ってんのか」


「うんマジ。だからはい、銀貨5枚」


 私は恥ずかしがるシェイラさんの手に強引に銀貨をねじ込む。


「うわっ、マジで銀貨5枚だ。返せって言っても返さねぇぞ? 良いのか?」


 返さないと言いながら、ホントに良いのかと確認してくるシェイラさん。

 ホントに真面目な人だなぁ。


「うん、返さなくていいよ」


 私も欲しかった鉄が手に入ったしね!

 ついでに未来の一流職人に恩も売れて一石二鳥!!

 さぁこれで鉱石の合成実験が出来るぞー!

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