第16話 戦士の復帰

 ◆???◆


「鋼の翼のイザックの腕が治った!? それは本当なのか!?」


 このところの魔物の大発生の影響で店の売り上げが下がった事に頭を悩ませていた私は、部下からの驚くべき報告に仰天した。

 高位の魔物の群れに襲われ、二度と戦えなくなった筈の上位冒険者イザックの傷が完治したというではないか。


「はい。冒険者ギルドのみならず、町の住人にも目撃されています」


 部下は間違いではないと断言する。


「信じられん、イザックの腕は魔物に食われて失われた筈。ハイポーションでは治らん筈だぞ!」


 ちぎれた腕が残っていればハイポーションで治療する事は出来る。

 だがイザックの腕が失われた事は間違いなく、それを治す手段は限られている。


「考えられるのは高位の回復魔法を使える大司祭級の司祭だが、それ程の術の使い手がこの町に来たのなら噂にならない筈がない」


 高位の回復魔法を使える司祭は教会としても貴重な信仰を集める餌だ。

 それゆえに地位と名誉を与えて回復魔法の使い手を教会から出さないように囲い込むのが教会の常套手段。

 であれば高位の回復魔法の使い手が偶然やって来たと言うのは考えづらい。


「まさか、ロストポーションだとでも言うのか!? だがアレの材料になるイスカ草は刈り尽くされて久しい。代替素材での再現研究も遅々として進んでいない筈……」


 ロストポーションに関しては高位の回復魔法の使い手よりもあり得ない。

 何しろイスカ草に関しては我々商人が大陸中の隅から隅まで探しまわったからな。

 今では枯れかけのイスカ草一本残ってはいない筈だ。


「もしやどこかの秘境で新たなイスカ草の群生地が発見されたのか!?」


 考えられない話ではない。

 この大陸にもまだ人が入れない危険な場所はある。

 そういった場所は未だ冒険者達が探索を続けており、我々商人の情報網も伸びづらい。


「もしイスカ草の群生地が発見されたのなら一大事だ」


 アレはロストポーションの材料になるだけではなく、毒薬の原料としても非常に有用だ。

 しかしイスカ草の群生地が発見されたという話は欠片も聞いたことがない。

 だがそれも分からんではない。


 もしイスカ草の群生地が発見されたなら、貴重な最後のイスカ草を独占するべく領主、場合によっては国が動く可能性だってありえるのだ。

 そうなれば群生地を封鎖し誰も入れないようにしてしまうだろう。

 それゆえイザックの腕を治療した者はイスカ草が採取されなくなる事を恐れてイスカ草の群生地の情報を秘匿した可能性がある。


「とはいえこれも憶測にすぎんか。だが真相がどうあれ、イザックの腕を治したことは事実。ならばそこには儲け話のネタがあるのは間違いない」


 もし本当にロストポーションで治療したのなら、そこから生まれる金銭的価値は計り知れん。

 他の連中が動く前に何としても我々がイザックの治療をした者を確保する必要がある。


「すぐにイザックの腕を治療した者を探し出せ! そして見つけたら手段は問わん。必ず私の所に連れてこい!」


「はっ!」


 昨今、魔物が急激に増えた所為で旅人や行商人は町を素通りするようになってしまった。

 宿に泊まる者も翌朝にはすぐに町を立ってしまうので、町では買い物をしなくなってしまったのである。

 おかげで店の売り上げは下がる一方だった。

 だが、それがまさか新たな儲け話を持ってきてくれるとは思わなかったぞ!


「くくくっ、金の匂いがしてきたぞ!」


 ◆鋼の翼◆


「はぁっ!!」


 魔物の側面に回り込んだ俺は、魔物の首目掛けて剣を叩き込む。

 マーツの精霊魔法の援護を受けた俺の剣は、ズシャという音と共に大した抵抗もなく魔物の首を叩き斬った。


「せいっ!」


 直ぐに戦況を確認すれば、メイテナが別の魔物に槍を放っていた。

 しかしマーツの魔法援護を受けていないために一撃では倒しきれない。


「グオゥ!!」


「させません!」


 魔物が反撃とばかりにメイテナに長い尻尾を振るうが、それをパルフィの盾がガードする。


「助かる!」


 魔物から槍を引き抜いたメイテナが魔物の喉元を貫くと、苦しみの声をあげた魔物が尻尾を振るってメイテナを再び攻撃する。

 しかしパルフィの盾が再びそれを阻む。

 そしてバンバンと盾を叩く音が幾度か続いたあと、魔物の体から力が失われた。


「こいつで最後か」


 俺は周囲に動く魔物が居ない事を確認すると剣を下ろす。


「イザック、腕の具合はどうだ? 痛みはないか?」


 戦いが終わると、メイテナが不安そうな顔で俺の下にやって来る。


「大丈夫だ。この通りピンピンしてるよ。嬢ちゃんの薬様々だ」


 俺は右腕をブンブンと振って元気いっぱいだとアピールするが、メイテナはまだ不安なのかアワアワとしながら俺の右腕を目で追っていた。


「本当に凄い効き目ですね。副作用の類も全くないようですし」


 ノーツが感心したようにかつて俺の腕が切断された箇所に視線を向ける。


「ああ、痛みも何もない。最初から怪我なんかしてなかったようだぜ」


「本当に凄い偶然でしたね。まさかロストポーションの持ち主がこの町に現れるなんて」


 パルフィはあの嬢ちゃんとの出会いを運が良かったと評する。


「いや、それはどうかな。俺は必然だと思うぜ」


 だが俺はあれをただの運だとは思わなかった。


「え?」


「これまでも似たような事があっただろ? まるで、あらかじめ用意されていたかのように都合よく偶然が重なる時がよ。あの嬢ちゃんとの出会いも、そういう偶然とは思えない人知を超えた必然だったのかもしれないぜ」


「ま、まさかぁ……」


 俺の言葉にパルフィが困惑の表情を見せる。


「寧ろそう言うのはお前さんの方が信じる方じゃないのか? 神の御加護ですとか言ってよ」


「それはまぁそうかもですけど……」


 まぁパルフィの気持ちも分かる。コイツは司祭だが、冒険者として町から町へ渡る事で教会から出た事のない連中よりも現実ってものを知っているからな。

 祈っているだけじゃ何も変わらねぇし、神様は都合良く人間を救っちゃくれないってさ。


「さて、今日の所はこの辺で切り上げるとするか。これなら金貨10枚は堅いだろ」


「流石に金貨10枚は言い過ぎです。金貨7枚と言ったところじゃないかな」


「大差ないだろ」


 俺の概算にマーツが細かく指摘をしてくる

 ったく、エルフはこういうところが神経質なんだよな。

 まぁ、コイツはエルフにしてはだいぶ緩い方なんだけどよ。


 ◆


 冒険者ギルドに戻った俺達は、討伐した魔物素材の解体と査定を頼むと、ギルドの施設内に併設された食堂に向かう。

 ここは査定が終わるのを待つ冒険者向けの店で、収入を得て気が大きくなった冒険者の財布から金を吸い取る嫌らしい店だ。


 まぁその分新人向けの安いメニューもあるから駆け出しの頃は助かるんだがな。

 ちなみに新人向けの安いメニューは値段相応に味も不味い。

 新人はこの飯の不味さに辟易しつつ、たまに仲良くなった先輩冒険者から美味い飯を奢ってもらって、いつか自分達もこれを毎日食べられるようになるんだと奮起するのが新人の通過儀礼だ。


「よう」


 そんな事を思い出しつつ酒を飲んで寛いでいたら、珍しい顔が声をかけて来た。


「副ギルド長がお出ましとは珍しいな」


「ここは冒険者ギルドの運営する食堂だ。俺が居て当然の場所だろう?」


 当然、ね。ギルドの偉いさんがこんな時間から来るようには見えないがなぁ。


「それで、何か用かい?」


「何、鋼の翼の復活を祝おうと思ってな」


 いけしゃあしゃあと心にも思っていない事を副ギルド長は告げる。


「そりゃどうも。で、本音は?」


「裏に来てくれ」


 ほらもう本音が出た。

 俺達は食堂を出ると、ギルドの奥にある商談用の部屋へ入る。

 ここは大口の依頼がある時や、あまり人に聞かれたくない依頼を受ける為の会談場所となっていた。


「こんな所にご招待とは、何か後ろめたい依頼かい?」


「はぐらかすな。何故呼んだかは察しているんだろう?」


 俺の軽口を副ギルド長はあっさり跳ね除ける。


「さぁな」


「その腕だ。どうやって治した?」


 まぁ、それを聞いてくるよな。


「パルフィのところの神様のご加護だよ」


「……」


 冗談に取り合う気はないってか。


「悪いな。言えねぇ。言わない事が条件だったんでな」


 そう、あの嬢ちゃんとの約束だからな。

 俺達は誰に治療して貰ったのか言う訳にはいかねぇんだ。


「そうか」


「何だ、もう諦めんのか?」


 あっさりと副ギルド長が矛を収めた事に俺は拍子抜けする。


「お前達が言わないと約束したのならどうあっても言わんのだろう? こちらとしても無理に聞き出そうとしてお前達がへそを曲げたら困る。よその国に拠点を移しでもされたら大損害だからな」


「はははっ、まぁそういうこった」


 どうやら副ギルド長も本気で聞き出そうとしたわけじゃなかったみたいだな。

 と言う事はつまり……


「分かった。俺はもう聞かん。だが気をつけろよ。お前の腕を治した方法を知ろうと嗅ぎまわっている連中がいる」


 やっぱりそれが本題か。

 話を聞きだす為じゃなく、俺達に警告する為に呼んだって訳だ。


「忠告ありがとよ」


 ◆


「嗅ぎまわっている連中ねぇ」


 査定も終わった事で俺達は冒険者ギルドを後にする。


「ちょっと心配だよね」


「俺がか?」


「馬鹿を言うな、あの子に決まっているだろう」


 マーツの言葉に冗談で返すも、横から出て来たメイテナに切って捨てられた。


「そうですね。私達を嗅ぎまわっていれば、イザックさんの腕が治った前後であの子と接触していた事は容易にバレてしまうでしょうから」


 パルフィの言う通り、狙われるとしたら嬢ちゃんの方だよなぁ。


「腕の立つ護衛が居るみたいだけどちょっと心配だよね」


「……気を配っておいた方がいいかもしれんな」


「だな」


 タダの商人ならともかく、嬢ちゃんは冒険者にとって命に等しい利き腕を治してくれた恩人だ。

 なら、助けられた義理は果たさねぇといけねぇよな。


「さて、どう動いたもんか」


 ◆


 なんて悩んでいたら、意外にも嬢ちゃんの方からこっちに接触してきた。


「私から短剣の扱い方を学びたい?」


 宿に戻った俺達の元に、カコの嬢ちゃんが短剣の使い方を学びたいとやって来たからだ。


「はい! せっかく頂いた短剣ですけど、使い方が分からないので教えてほしいんです!」


「ふむ……」


 修行を付けてほしいと頼まれたメイテナが俺達に視線を向けてきたので、俺はすぐに頷く。

 同様にマーツとパルフィも頷いた。


「良いだろう。では私がカコの師匠になろう」


「はい! よろしくお願いします師匠!」


 よぅし、これで嬢ちゃんを護衛する口実が出来たな。

 それにメイテナが短剣の扱いを教えるとなれば俺達と接触した理由を誤魔化すことが出来て一石二鳥だ。

 あとはその間に裏で嗅ぎまわっている連中を何とかすればいいだろう。


「ふ、ふふ。師匠、私が師匠か」


 ……いやあのなメイテナ、弟子が出来たのが嬉しいのは分からんでもないけど、目的を忘れんなよ?

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