聖樹の村で幸せなスローライフを! ~処刑宣告された少年は辺境の地で村長になる~ 

鈴木竜一

第1話 「日常」の崩壊

 早朝。

 ルフェーブル王国王都。

 その外れにある小さなボロ屋から、俺は仕事へと向かう。


「ゲイルさん、おはようございます!」

「おっ? 待っていたよ、ルディ。この果物を中央通りにある店に運んでくれないか?」

「エドワーズさんの食堂ですね。分かりました」

 

 俺の仕事――それは配達代行だ。

 朝の忙しい時間帯をメインにして、あちこちの店からの依頼を受けてお客さんのところへ荷物を届ける。


「今日は朝市をやっているから中央通りは賑やかだぞ。気をつけてな」

「はい! それじゃあ、いってきます!」


 俺は果物屋の店主から荷物を受け取ると、それを落とさないように注意をしながら王都内を駆けていった。



 この王都で暮らすようになって、ちょうど十年目になる。

 幼い頃に両親を亡くし、途方に暮れていた俺を……この町にある教会の神父様が助けてくれた。教会には俺と同じ境遇の子どもが大勢いて、中には騎士団に入った人もいる。


「あら、ルディじゃない」

「グリニスさん! おはようございます!」

「はい、おはよう。朝から精が出るわね」


 噂をすればなんとやら。

 俺のふたつ年上で、同じく教会で育った女性であり、今では騎士団期待の若手騎士として注目されているグリニスさんだ。

 朝日を浴びて輝く赤いロングヘア―。

 穏やかで優しい性格を表しているような少し垂れた目元。

 それでいて笑顔は小さな子どものような無邪気さを感じさせる。

 実の姉のように育ったという贔屓目を抜きにしても、美人だと思う。貴族から縁談の話が来ているって噂もあるくらいだし。

 それにしても……あれだけのんびりおっとりしたグリニスさんが、騎士団でも屈指の実力者とはねぇ。「人は見かけによらない」とはよく言ったものだ。


「そういえば、今度新しい隊へ配属されたって聞きましたけど」

「えっ? もう知っているの? 耳が早いわねぇ」


 話題を騎士団の方へ持っていくと、グリニスさんの表情が一変する。確か、この隊で行く今度の遠征での働きによっては分団長候補として推薦されるんだったな。そりゃ気合が入るわけだ。


「あんまり力みすぎないようにね」

「分かっているわよ。ルディの方こそ、慌てて転ばないようにね」

「そんなに子どもじゃないですよ」

「ふふふ、私からすれば、ルディはまだまだ可愛い子どもよ。昔のようにお姉ちゃんって呼んでみる?」


 ワシャワシャと乱暴に頭を撫で回される。

 これ、子どもの頃からやられてるんだよなぁ。


 ひとしきりワシャワシャされた後、お互いに仕事があるということで別れた。もう、昔のグリニスさんとは違うんだと実感しつつ、俺は中央通りを目指した。


 これが俺の日常。

 変わることのない毎日の光景。


 ――そうなるはずだったんだ。




 配達が終わると、その報告をするためゲイルさんの店と帰ってくる。


「ただいま戻りました」

「おっ、ご苦労さん。この後は教会かい?」

「そのつもりです」

「なら、こいつを持っていきな」


 ゲイルさんはそう言って、リンゴをふたつ渡してくれた。


「い、いいんですか!?」

「ルディはいつも頑張ってくれているからな。おかげでうちの評判もよくなって売り上げも上がっているんだ。これはそのお礼でもあるし、君を立派に育ててくれた神父様への感謝の気持ちでもある」

「ゲイルさん……」


 俺は深々と頭を下げた。

 きっと、今の話を神父様に話したら喜んでくれるぞ。

 店を出る前にもう一度頭を下げてから、教会へ向かって走りだす。


 王都の中心にある教会。

 そこは、ここに暮らす人々にとって癒しの空間だった。

 シスターたちによって手入れされた庭園はちょっとした名物になっていて、よく王都に住む子どもたちが教会に暮らす子どもたちと一緒に遊んでいる。


 ただ、今は誰もいないようで閑散としていた。


「珍しいな。シスターたちも外にいないなんて」


 いつもなら、ひとりくらいこの庭で草むしりをしていたり、花に水をやったりしているのだが……妙だな。

 ――と、疑問を抱いたのは一瞬。

別にそんな日がないわけじゃないよな。

たまたま今日はタイミングがそうなっただけで、教会のドアを開けたらいつもと同じように神父様やシスターたちが笑顔で迎えてくれる。


 ――はずだった。


「!?」


 教会の中へ入ると、底に広がっていたのは惨劇だった。

 血まみれになって倒れているのはシスターをはじめとする教会関係者の人たち。俺やグリニスさんが小さい頃からお世話になっている人たちだ。

さらに、俺たちと同じ境遇の子どもたちも倒れている。


 目の前の状況が信じられず、しばらくその場に立ち尽くしていると、


「ル、ルディ……か?」


 か細い声で名前を呼ばれた。

 それは、


「し、神父様!?」


 俺からもっとも近い位置にいながらも、声を聞くまで存在に気づかなかった。それくらい気が動転していたのだ。


「ま、待っていてください! すぐに診療所へ行ってお医者さんを――」

「いいんだ……もう間に合わない……」


 弱々しくしゃべる神父様は、懐から何かを取りだして俺に渡そうと腕を伸ばす。俺は咄嗟にそれを受け取った。


「それを……処分……してくれ……」

「しょ、処分!? い、一体これは何なんですか!?」

「頼んだ……ぞ――」

「!?」


 俺にそれだけを伝えると、神父様は息を引き取った。

 直後、


「きゃああああああああああああああああ!!!!」


 背後から女性の悲鳴が聞こえた。

 そこでハッと我に返った俺は、慌てて渡された小さな麻袋をズボンのポケットへとしまう。

 それから、近くを巡回していた騎士たちが教会へと入ってきた。

 きっと、グリニスさんの同僚だろう。

 俺は現状を伝えようとしたが――駆けつけた騎士たちは近づく俺に対し、拘束魔法をかけて動きを封じた。


「ちょ、ちょっと!?」

「君のような評判のいい若者がこんな凄惨な事件を起こすとはな……」

「えっ!?」


 そこで、俺は自分が犯人として疑われているのだと知った。

 いくら違うと叫ぼうが、騎士たちは拘束を解く気配はない。

 やがて、俺は教会に到着した騎士団が所有する護送用の頑丈な馬車へと押し込まれ、どこかへと連行される。


 窓ひとつなく、どこに連れて行かれるのか分からない状況だったが、俺は意外と冷静に状況を見ていた。

 きっと、「やっていないのだから誤解はすぐに解かれる」……その考えが根底にあったのだろう。すぐに真犯人は捕まり、解放されるって割と気楽に構えていた。


 ――だが、その判断は誤りだった。

ここから事態は俺の想像を超えた方向へと展開していくことになるのだが……この時の俺はそんなこと微塵も予想していなかったのである。





※次は本日12:00に投稿予定!





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